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●延享3年(1746)
●延享4年(1747)
●寛延元年(1748)
●寛延3年(1750)
●宝暦元年(1751)
●宝暦5年(1755)
●宝暦10年(1760)
●宝暦12年(1762)
●宝暦13年(1763)
●延享2年(1745)
5月4日−福岡藩が畑年貢をすべて銀納とする。
5月8日−福岡藩が農民に田畑の売買・質入れを許す。
高橋善蔵著『窮民夜光の玉(きゅうみんやこうのたま)』成る。
1月23日−福岡藩が,畑の年貢を米・大豆・銀のいずれで納付してもよいこととする。
二日市・博多間に新川が完成、通船がはじまる。
福岡藩、上座郡に櫨を植えさせ、櫨畑村をつくる。
7月8日−幕府が,追放者や欠落者が長崎に入って悪事を働くとして,彼らの長崎立入禁止を
九州などの諸大名に命じる。
2月24日−福岡藩が,紙すきの者に課す面役(つらやく)について,免除額
を従来の一人役分から半人分に減らす。
8月28日−福岡藩が,免許札のない者の郡中での商いを禁じる。
黒田藩で宝暦2年に取り潰しとなった吉田保年、再び財用方当職に任命され藩政改革に着手。
遠賀川中流の中間村(中間市)から洞海湾にぬける堀川が完成、川船の通船と農業用水の供給が始まる。
3月19日−福岡藩が、農民が課役を逃れようとして武家の家来になるため,その禁令を出す。
9月9日−福岡藩が,年貢上納の時期に限り商人が村内へ立ち入ることを許可する。