山陰 境港・隠岐・松江・出雲・石見 りふれっしゅ旅


2007年6月28日



隠岐〜境港=松江〜一畑電車〜出雲大社

6月25・26日 サンライズ出雲〜境港 水木しげるロード 隠岐西郷

6月27日 隠岐卯敷 隠岐卯敷〜隠岐布施 隠岐布施〜中村 しらしま観光船

6月28日 境港〜松江 一畑電車 出雲大社

6月29日 石見銀山1 石見銀山2 琴ヶ浜



出雲大社

やって来ました、神々の国。
といっても、6月じゃあね・・・

平日の昼間とあって人少ない少ない。。    


大鳥居と宇迦橋(うが橋、うか橋、うけ橋)なんて読むのかな?

大正4年寄進。高さ23メートル柱の周囲6メートル。当時日本一の大鳥居だったそうです。
現在は、熊野本宮大社の33.9メートルが最大のようです。
どちらも、コンクリート製


宇迦橋の下を流れる堀川

ここから、1キロも流れると日本海だなんて、、、
今これ書いていて初めて知った。


出雲蕎麦 とにかく腹が減った

高そうな蕎麦屋はあったが、時間掛かりそうな気がしたので、
大衆食堂っぽいところで。美味しかったよ。注:大梶さんじゃないよ

     


勢溜(せいだまり)

木の鳥居が重々しくてよろしい
出雲大社と書いた石碑も良い。
しかし、人がいない。寂しい。


下り坂

参道、最初は下り坂なのです。
平らなところではないようです。


途中に橋がありました。祓橋「はらいのはし」

反りの浅い太鼓橋
きっと、この橋を渡ることで身を清めるのかな?


黒鳥居(勝手に付けた)と松並木

錆びてるよ。なぜ、鉄の鳥居?
昔は中央の道は天皇家のひとたちしか歩けなかったとか・・・


銅鳥居

1666年、毛利綱広が寄進
でも、さっきの鉄の鳥居の存在感が・・・
 


拝殿

昭和28年焼失
昭和34年竣功

ここで、例の四拍手の参拝をする。


八足門

八足門の後に楼門
楼門の左右には神饌所があります。


御本殿と御向社、天前社

東廻廊から見た御本殿
全体は見えない


東の廻廊

ずいぶん長い廻廊だ
中は十分な広さがあるのだろう


北東側から見た御本殿

ここからが一番見やすかった
青い袴のひとと比べると、屋根でかい!!
   


素鵞社(そがのやしろ)

出雲大社の裏側にひっそりと小さなお社がありました
スサノオのイメージとはちょと違うなあ


彰古館

宝物殿のようなものか
ちょっと中を見なかったのが残念


氏社(うじのやしろ)

御祭神 天穂日命(あめのほひのみこと)宮向宿祢(みやむきのすくね)
天照大神の子供とその17代先の神様って・・・


神楽殿

昭和56年に新築・・・私の入社年だね。
しめ縄はまじでかい。長さ13メートル重さ5トン
 


出雲大社前駅

なんとも、神社に似つかわしくないモダンな駅舎
ステンドグラスが、セロハンぽく見える

近くにJR大社駅も保存されているようですが、出雲市に宿を探しに行かないといけないので (つか、歩くの疲れたかも)


出雲大社前駅ホーム

線路の上にも屋根があるやさしい作りです
そういえば、終点駅らしくここも階段無し駅


ステンドグラスから差し込む午後の日差し

日差しは西に傾いてきたが、まだまだ昼間のそれっぽい
午後4時過ぎても明るいのは夏と西日本のせい
 


光の影

子供の頃の記憶
病院へ行く階段のことや、文化会館の大ホールへ向かう途中の廊下でもこんな光を見た記憶があるような?

幻想的というより、ちょっとだけ懐かしい光の感触でした


また、ラムサール号

もしかして、ここと川跡間を行ったり来たりしているのか?
かもの絵が可愛らしいです。


16時30分の電車で、出雲市へ向かいます

明日の活動しやすいように、JR出雲市駅近くに宿をとりたい
今日もいろんな所行ったなあ・・・。




突然降って湧いたような石見銀山に予定変更です

6月25・26日 サンライズ出雲〜境港 水木しげるロード 隠岐西郷

6月27日 隠岐卯敷 隠岐卯敷〜隠岐布施 隠岐布施〜中村 しらしま観光船

6月28日 境港〜松江 一畑電車 出雲大社

6月29日 石見銀山1 石見銀山2 琴ヶ浜



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