「杏珠。これが、そうか?」
 桔梗は、将門の後ろにひざまずき、覗き込んでいる。
 乙女の好奇心まるだしという様子に杏珠は、苦笑いをした。燈台の明かりが将門の肌を赤く照らしている。
「そうみたいですね。でも、あんまり見て楽しいもんでもないし……」
「何を言うか。小次郎のものは美しかろうが!!」
 杏珠の言葉にすぐさま桔梗は、むきになって反論する。
 確かに将門は、若く見栄えもよかった。坂東武者にありがちなむさ苦しさや、京の公家のようななよなよしたところはない。桓武天皇5代の皇孫に当たるというから、そこはかとない品のようなものがある。
 ただ、むき出しになった一物を見て、美しいかどうかは、判断がつかない。

「いったい、何と比べたらいいんですか」
 姫君だって、ほかの男を知っているわけではないだろうに……そんな気分で杏珠は聞いてみた。
「菊の花のようではないか!!」
「ああ、そっちね……って、なんでそっちに注目するのかな。別にいいんですけどね」
 そう言いながら、桔梗の隣に並んで杏珠は座った。我知らず顔が赤くなる。
 女ふたりが真顔で、男の股間を覗き込むというのは、じつに間の抜けた状況だ。そう思ったが、これからのことを考えるととりあえず杏珠は、桔梗に倣って将門の下半身に注目した。

「菊の花っていうから咲きったお花を連想したけど、なんだか固い蕾みたいですね」
「初々しいではないか。どうじゃ。美しいとは思わんか」
 嫣然と微笑む桔梗に何といってよいか杏珠は、答えあぐねていた。
 初々しいというのは、まだ誰にも摘まれたことのない初花だと言うのか。
 いや、そんなことを姫君が考えるはずもないし……やっぱり、見たままを言ってるのか。




「では、続き。行きましょうか? お口塞ぐのに、轡なんて無粋なものダメですよ」
「ダメか?」
 桔梗は、口をとがらせながら答えた。姫君らしくない幼げなしぐさは、女から見ても可愛いと思うが、意外に腹黒だ。
 好きな相手ほどいたぶりたいと思うのは、やはり、そっち系の資質があるのか。
「あんまりイジメルと“役立たず”になっちゃいますよ」
「杏珠の情人のようにか?」
 将門に似た切れ上がった奇麗な目をくるくるさせながら、面白そうに桔梗が言う。
 深窓の姫君にこんな例えは通じるかどうかと危ぶんだが桔梗は、しっかりと理解したらしい。
「そこは、いちばん触れちゃいけないことです。それ以上言ったら、将門さまのも無事ではすみませんよ?」
 杏珠の言葉に反応するように蔦が動く。しゅるっと音をたてて将門の足の間に入り込むと、しな垂れて小さくなった彼に巻きついた。
「くうっ」
 将門は、喉を鳴らすような苦痛の声を上げる。それを見て桔梗はあわてたらしい。
「わらわが悪かったぞ。もう申さぬから、はよう、杏珠」
 下から覗きこむように訴えられて、すぐさま絞り上げようとする蔦をほどく。それでもまだ将門は、夢うつつのままだ。ぐったりとして、抵抗する気配もない。
 瓶子を抱えたまま杏珠は、少し考え込んでから言った。
「では、キスしてください。接吻です。それも思いっきり濃厚なの」
「そんなことしなくても、今、小次郎の力が抜けているうちに玩具にしてしまえばよいではないのか?」
 可愛らしい顔をしていながら姫君は、鬼畜なことを言いだした。
 先ほど杏珠が軽く締め上げただけで、あわてていたくせに。

「ダメです。それでは浮気のお仕置きになりません。でも、ここで将門さまの身も心も虜にしてしまえば、今後の問題もナシですよ?」
「どうすればよいのじゃ」
「簡単です。将門さまを……いえ、小次郎さまを調教していくんです!!」
「調教か?」
「はい。がんばって!」
「だが、わらわはまだ接吻をしたことがない……」
「大丈夫。あたしが教えます! イリアに仕込まれましたから」
「頼む」
「では、あたしが練習台になりますから、こっち向いてくださいね」
 桔梗は、目を固くつむって杏珠のほうへ唇を突きだしてきた。杏珠もそれに応えるように、首をかたむけてそっと近づいていく。
「桔梗の前……震えてますね。優しくするから大丈夫ですよ」
 もう少しで唇が触れ合いそうになったとき、杏珠が笑いをこらえたように言った。

「く、くるしゅうない。はよう」