桔梗が、このたびの暴挙に出たのはおそらく将門の浮気がばれたのであろう。
小宰相と呼ばれる女房に、ちょっとした好き心から手を出した。
新婚の妻がいるというのに、よその女にかまけるとは、気の強い桔梗には耐えられないことであったのかもしれぬ。
ただ嫉妬のためか、この異様な状況に興奮してか桔梗は、どこか悩ましいような婀娜っぽい微笑を浮かべるのだ。
それが見たいがために将門は、何度も庭の池に飛び込んだり、よその女に手を出したりするのかもしれぬ。
夢のように美しい。牡丹の花弁が零れるようだ。
手足を拘束され、太刀も振るえぬまま、それでも将門は、己が妻にみとれた。
牡丹は、妖艶にして人の心を惑わすというではないか。
「……のわりには、将門さま。女心が判ってませんよね」
ふいに頭の上で声がした。
気がつくと将門は、四肢を拘束されたまま褥の上に押さえこまれていた。
「い、いつの間に!!」
杏珠は、目を細めて将門を見下ろしている。
あいかわらず、手には不気味な蔦の這う瓶子を持っていた。
あの瓶子さえ割ってしまえば……。なおも強く巻きついてくる蔦から逃れるように、握りしめた太刀を動かす。
だがこちらの考えを読み取ったものか、傀儡子はしゃがみこんで太刀を奪おうとする。
片手で瓶子を支え、もう片方の手を太刀へと伸ばす。その隙を狙って、将門は太刀を鞘ごと薙いだ。
こんな小娘の腕の一本や二本など簡単にへし折れる。
柔らかいものに太刀があたる気味の悪い手ごたえがあった。
「本当にもう……乱暴者ですね。将門さまは」
飄々とした女の声。
将門は、瞠目した。
太刀が打ったのは、娘の腕ではなく奇妙な蔦であった。その蔦が先ほどまでの這うようなゆっくりとした動きから、蛇が獲物を狙う勢いで懐へ飛び込んでくる。太刀は奪われ、単衣の衿から蔦が入り込んで、素肌に絡みつく。
「うおっ!」
うねうねと素肌を這いまわる蔦の気味の悪さに、将門が声を上げる。
蔦は数を増し直垂を剥ぎ取られた。単衣が引き裂かれる。もはや上半身はかろうじて袖だけが腕に引っかかった状態だった。
「何をするか。無礼者。止めぬと後悔するぞ」
激憤のあまり、呼吸すらままならぬ状態で将門は怒鳴った。
その間も、蔦は身体中を這いまわっている。次第に上半身から下へ下へと動く。
何をしようというのか。
むき出しにした背中を、うねるように這い、腰紐を引き千切られる。将門がもがくと袴まではぎとろうとする。そこだけは、必死に阻止した。なんで着衣の女たち(一人は奇天烈な異国の衣装だが)の前で男ひとりが脱がねばならんのか。立場としては逆だろう。
いったい、この女たちは何をしようとしているのか。
拷問のために着物を脱がすのはよくやることだ。しかし、この外道つかいが、次に何をするのか将門には予想もつかない。
「大丈夫です。将門さまのお肌に傷をつけるなんてことしたりしませんから」
杏珠は、目を細くして微笑んだ。
そうやって笑っていると人のよさそうな小娘以外には見えないのだが、その手は妖怪変化をまさに傀儡(操り人形)のごとく操っている。
「あら。でも、すでに傷だらけですね。これは戦の傷かな」
女の言葉に反応するごとく蔦は、将門の脇腹の古い刀傷を撫でた。
「初陣の傷であろう」
そう言ったのは桔梗だ。
近づいて、傷に触れる。蝦夷が叛乱を起こした際に鎮圧した時の戦傷だ。桔梗の冷たい指先が長い傷痕をたどるように撫でる。
さらに袴の下まで手を伸ばそうとするが、それは許さん。
お前が裸なら触らせてやってもよいが、この状況では、まるきり俺が一方的に嬲られているではないか。
諦めた桔梗が手を引くと、代りに蔦は下へと降り袴の脇から入り込んできた。裂かれた単衣は、もはや襤褸同然だ。素肌に冷たい蔦の感触。濁り酒の臭いがまつわりつく。
「でも、嬲るって漢字に書くと男の間に女がくるんですよね。今の状況は逆じゃないですか」
澄ました顔で、傀儡子が言った。
いちいち、こちらの考えを先読みする小娘が、殺してやりたいほど腹がたつ。
「それは申し訳ありません。それじゃ、話題を変えましょうか。えっとね。これはエデンの園から持ってきた植物です。エデンには、神様がこの世のありとあらゆる生き物と植物を集めたっていうから、こんな変なのもあったりするわけで……」
「そんな話、どうでもよいわ!!! このクソ女が!!!」
「ク……って、そっち系のプレイをご所望されても、あたしがついていけないので止めてくださいね。はい。ちょっと失礼しますよ」
蔦が将門の足を払う。重心を失いよろけたところを新たな蔦が絡みつき前倒しになった。
「何をするか!」
将門の声など、気にする様子もない。杏珠は、背後から魚を捌く料理人のごとく袴を引きずり下ろす。
うつぶせにされた状態で、尻が丸出しになる。
正面を向けられるよりは、まだましなのだろうか。あまりにバカバカしい恰好に我ながら情けなくなってきた。
――これはなんの嫌がらせなのか。浮気ともいえぬ。ちょっとしたつまみ食いがそれほど、業腹だったのか。桔梗よ。
将門は、もはや怒りではなく後悔の念を起していた。