聞法山頂妙寺本堂扁額※

頂妙寺略暦

「都名所圖會」

天明年間刊「都名所圖會」巻1の伽藍図

 聞法山頂妙寺:左図拡大図

川東移転後の伽藍。
恐らく天明の大火で焼失前の伽藍と推定され、現在の堂宇が相対的に簡素であるのに比べ、往時の伽藍 は概ね重厚な造りであったことが推測される。堂宇の配置は仁王門拝殿が退転するなどはあるが、基本的に現在まで維持されている様子が覗える。

略  歴

聞法山と号する。現在日蓮宗一致派本山。本尊:十界曼荼羅。
中山門流妙國院日祝上人を開山とする。日祝上人は下総の出で、中山第6世日薩上人弟子と云う。
 ※日祝上人は本寺のほか土佐妙国寺(土佐の日蓮宗諸寺中 )を開山する。
文明初年(1469)日祝上人、上洛し、細川勝益の帰依を受け、四条・錦/万里小路・富小路の寺地を得て、文明5年開山する。
 ※寺号は勝益の頂妙院殿によるものという。
 ※細川勝益:
 応仁元年(1467)父細川持益が逝去、土佐守護代(守護は細川本家の細川勝元)を継承、守護細川勝元の代官として
 土佐に入国する。しかし、同年応仁の乱が始まり、東軍として参戦するため、上洛する。
 文明3年(1471)上洛してきた下総国出身の僧日祝上人に帰依し、南/四条通、北/錦小路通、
 西/万里小路(現在の柳馬場通)、東/富小路通に至る寺地(40町余)を寄進する。
 文明5年この地に頂妙寺が開山する。
 明応4年(1495)勝益はさらに頂妙寺に土地寄進し、寺域は拡大する。
 その後、土佐に帰国し、文亀元年(1501)には土佐田村荘(居城である田村城の南西)に曾祖父細川頼益追善のため
 桂昌寺を建立する。
 文亀2年逝去。
永正6年(1509)に新町・長者町、大永4年(1523)に高倉中御門に移転。
洛中21本山に列する。
天文法華の法難(天文5年<1536>)で京を追われる。
天文11年(1542)帰洛が勅許され、高倉中御門の旧地に再興。
天正元年(1573)信長の焼討ちに会い、鷹司新町に移転、
さらに秀吉の命で三度高倉中御門の地に復帰する。
これらの造営は町衆の多大な援助によってなされたと伝えられる。
天正7年(1580)の安土宗論には頂妙寺佛心院日b(第三世)が臨む。
文禄3年(1594)堺妙国寺日bは中山法華経寺住持を兼帯し、以降京頂妙寺・京本法寺・堺妙国寺による中山法華経寺輪番制が始まる。(京両本山住持は日b弟子に由来する。)
寛文13年(1673)禁裏の整備が行われ、禁裏に隣接している理由(防火)で現在地に移転。
 ※門前の仁王門通の名称は当寺の仁王門が南接するためとされる。
現伽藍は天明8年(1788)の類焼(天明の大火)後の再建。
昭和9年台風で客殿傾斜、二天王拝殿と鬼子母神堂が倒壊、翌10年鬼子母神堂は山口源三氏の寄進で再建。

2010/12/19追加:
「花洛羽津根」清水換書堂、文久3年(1863) より
聞法山頂妙寺塔中:
妙雲院、成就院、本立院、善立院、瑞泉院、真淨院、真如院、慈雲院、運乗院、興林院、輪蔵院、善性院、養泉院、法音院、通明院、大乗院、霊雲院、法輪院、石塔院 19ヶ院

大正5年「京都坊目誌」碓井小三郎編記事より(上京第ニ十八學區之部)
旧境内7,970坪、今5,500余坪。
本堂 ・・・南面す。天明に火し、天保7年に再建す。・・・
祖師堂西面。・・・
現塔頭:善性院・大乗院・法輪院・妙雲院・本立院・善立院・真浄院・真如院
慈雲院・瑞泉院・輪蔵院・養泉院・霊雲院・常住院ありしが、明治2年以来、或は統合し或は転地せり。

頂妙寺現況

・現伽藍:
 概    要  図目測をメモしたもので必ずしも正確ではない。
 頂妙寺伽藍配置:Google地図から転載
・本堂・祖師堂・仁王門・大黒天・鬼子母神・妙見・庫裏・客殿・表門等典型的な日蓮宗の堂宇をよく残す。
しかし、境内は駐車場化し、かつ庫裏裏に立体駐車場が建設される。
要するに、京都の諸本山伽藍と同様に、荒廃が進むような印象があるのは残念である。
なお俵屋宗達の墓を有する。<未見>

・無印は2001年5月25日撮影、※印は2001年6月10日撮影、○印は2009/10/27撮影、◇印は2014/05/01撮影、
 □印は2016/03/01撮影

・頂妙寺伽藍:
 本堂・大黒天・祖師堂:左から並立      ※鬼子母神・妙見等:右鬼子母神、左妙見
 ◇頂妙寺山内1:左から妙見、鬼子母神、鐘楼、本堂      ◇頂妙寺山内2:左から本堂、大黒天、祖師堂
・表門:天保7年(183637)建立
 ○頂妙寺表門及び両門番
 ◇頂妙寺表門1      ◇頂妙寺表門2     ◇頂妙寺表門3:左右には門番を置く
 □頂妙寺表門4
・仁王門:享和元年(1801)建立、近世には多くの信仰を集めた仁王門も、今は某運送の中継場所に賃貸(?)しているとも思われ、寺院の矜持というものなどはどこかに忘れたのであろうか。(某運送の境内・仁王門の無断使用であれば、上記の言は撤回する。)
 頂妙寺仁王門:1972年撮影画像
 
仁王門
 ○頂妙寺仁王門1     ○頂妙寺仁王門2     ○頂妙寺仁王門3
 ◇頂妙寺仁王門4     ◇頂妙寺仁王門5     ◇頂妙寺仁王門6     ◇頂妙寺仁王門7
 □頂妙寺仁王門8     □頂妙寺仁王門9
仁王門には安土法難の後に、豊臣秀吉による宗門布教の許状の扁額(前田玄以署名)を掲げる。
 「天正十二年七月依 豊臣太閤秀吉公台命
【先年安土に於ける法問以来、逼塞の由侯、早々の上洛尤候、諸事前々如く、与に仰出され候間、其の意を得らる可く候。此旨法花宗中へ申渡候、猶諸事自り申し入れられるべく候、恐々謹言 民部卿法印 玄以(花押) 七月廿日 日b上人 玉床下】
 賜當山僧正日b御免状 洛陽頂妙寺蔵板」
 ◇頂妙寺仁王門扁額
・本堂(桁行5間梁間4間、入母屋造、本瓦葺):天保11年(1840)建立、・祖師堂:享和元年(1801)建立
 本  堂          ○頂妙寺本堂1     ○頂妙寺本堂2
 ◇頂妙寺本堂3     ◇頂妙寺本堂4     ◇頂妙寺本堂5
 □頂妙寺本堂6     □頂妙寺本堂7     □頂妙寺本堂8
 ○頂妙寺祖師堂     ◇頂妙寺祖師堂2     ◇頂妙寺祖師堂3     □頂妙寺祖師堂4     □頂妙寺祖師堂5
 ○頂妙寺大黒天     ◇頂妙寺大黒天2     ◇頂妙寺大黒天3:文政年中建立
 □頂妙寺大黒天4     □頂妙寺大黒天5
 □頂妙寺鬼子母神・鐘楼
 ○頂妙寺鐘楼       ◇頂妙寺鐘楼2:文政年中建立
 ※鬼子母神         ○頂妙寺鬼子母神    ◇頂妙寺鬼子母神2     ◇頂妙寺鬼子母神3
 ○頂妙寺妙見大菩薩    ○頂妙寺妙見堂     ◇頂妙寺妙見大菩薩2     ◇頂妙寺妙見堂2:文政年中建立
 □頂妙寺妙見堂3     □頂妙寺妙見堂4     □頂妙寺妙見宮扁額
 ○頂妙寺秋山自雲      ◇頂妙寺秋山自雲堂   ◇頂妙寺秋山自雲2
 □頂妙寺秋山自雲3     □頂妙寺秋山自雲4
 宝蔵:◇頂妙寺仁王門6の右に写るのが宝蔵であり、宝蔵は延宝年中の建立。
 □頂妙寺宝蔵2
・庫裏・客殿は近年改築(新築)されたと思われる。
(客殿は寛政年中、玄関・庫裡は文化年中の建立。)
 ※庫裏・客殿     ○頂妙寺客殿      ○頂妙寺庫裏     ◇頂妙寺客殿2     ◇頂妙寺庫裡2
 □頂妙寺客殿3     □頂妙寺庫裡3     □頂妙寺庫裡4
・歴代墓碑
 □頂妙寺歴代墓碑:最後列中央が日蓮(推定)、日祝、日b各上人墓碑
 □頂妙寺日蓮(推定)・日祝、日b各上人墓碑:一番高い墓碑は推定日蓮上人墓碑、順次右に日祝、日b上人
・頂妙寺檀越細川家累代墓碑
 □頂妙寺細川氏累代墓碑1     □頂妙寺細川氏累代墓碑2
・旧敷地寄進碑:天文5年(1536)天文法華の法難で洛中を追われ、天文11年(1542)帰洛が勅許され、天文15年(1546)高倉中御門の旧地に再興されるが、この時には蓮池平右衛門尉秀明が旧地を買戻し寄進したという。
 ※記念碑     □頂妙寺旧敷地寄進碑2

・寺中:
2017/07/25追加:
「花洛羽津根」元弘元年(1864)刊
 妙雲院、成就院、本立院、善立院、瑞泉院、真浄院、真如院、慈運院、運乗院、興林院、輪蔵院、善性院、養泉院、
 法音院、通明院、大乗院、霊運院、法輪院、石塔院
現在塔頭は善性院・大乗院・法論院・真如院・妙雲院・本立院・善立院・真浄院の8院を残す。
 ○頂妙寺妙雲院     ◇寺中妙雲院2:向かって右は菊神稲荷大明神
 ◇妙雲院菊神稲荷大明神
 菊神稲荷大明神:寺中妙雲院に接してあり、妙雲院に属する。
 天明の大火後、伽藍再興にあたって、地域/寺院の守護神/鎮守として祀られる。火除として信仰される。
 (妙雲院11代日敬上人は天明の大火の復興に奔走するが、奔走中に菊神稲荷が吾を守護神として祀れとの夢告を受け、
 菊間稲荷を祀る。)
 ○頂妙寺本立院     ◇寺中本立院2     ◇寺中本立院3     ◇寺中本立院4
 ○頂妙寺善立院     ◇寺中善立院2     ◇寺中善立院3
 ○頂妙寺真浄院     ◇寺中真浄院2     ◇寺中真浄院3     □頂妙寺真浄院4
 ○頂妙寺真如院     ◇寺中真如院2     ◇寺中真如院3
 ○頂妙寺法輪院     ◇寺中法輪院2     ◇寺中法輪院3
 ○頂妙寺廃坊舎(坊名不明)
 ○頂妙寺大乗院     ◇寺中大乗院2     ◇寺中大乗院3
 ○頂妙寺善性院     ◇寺中善性院2

◆頂妙寺末寺

一樹山宗柏寺(新宿区榎町)
○仏坐山玉渕寺(京都市上京区姥ケ北町) → 山城の日蓮宗諸寺
  :平成25年建物(山門・本堂・庫裡)は破却され、境内地は貸駐車場となる。
  しかし駐車場の隅に「日蓮宗玉渕寺」の扁額を掲げる小宇が建立され、門前の題目碑はそのまま残る。
  蓋し、実質は廃寺であろう。
○放光山瑞芳寺(京都市北区鷹峰南鷹峰町) → 山城の日蓮宗諸寺
実相山妙行寺(京都府船井郡京丹波町井尻コハケ谷)
妙法山蓮城寺(東大阪市若江南町)
○法性山常徳寺(奈良市北向町) → 大和の日蓮宗諸寺
 常徳寺末:長久山妙福寺(宇陀市大宇陀区平尾)
 常徳寺末:寂而山常照寺(奈良県高市郡高取町大字清水谷)
 ○常徳寺末:頭塔寺(奈良頭塔にあった。明治初頭に廃寺) → 大和の日蓮宗諸寺
妙光山法蓮寺(神戸市兵庫区神明町)
日出山本妙寺(丹波市春日町東中)
一龍山妙長寺(福山市駅家町万能倉)
橋照山慈運院(倉吉市関金町安歩)
 2017/07/25追加:
 明治13年、京都本山頂妙寺塔頭・役者・役宅 慈運院の寺號を伯耆国東伯郡南谷村安歩 題目講に移転す。
  明治13年、京都本山頂妙寺塔頭・役者・役宅 慈運院の寺號を伯耆国東伯郡南谷村安歩 題目講に移転す。→伯耆具足山妙本寺>寺跡移転と設立認可
彼岸山積善寺(松山市鹿峰)
○天高山妙国寺(高知市塩屋崎町) → 土佐の日蓮宗諸寺
 妙国寺末:宮地山中道寺(室戸市浮津)
 妙国寺末:天高山細勝寺(南国市田村乙)
 妙国寺末:若一山本正寺(南国市田村甲)
 妙国寺末:天王山蔵福寺(南国市田村乙)
金銀山大願寺(香南市香我美町徳王子)
荘厳山妙正寺(久留米市寺町)
 妙正寺末:霊亀山寂光寺(北九州市戸畑区沢見)
 妙正寺末:長久山常清寺(大川市大字酒見中原)
大雲山妙善寺(久留米市寺町)
金納山瑞泉院(柳川市大字金納)
長寿山福王寺(筑後市溝口)
本宮山常妙寺(大分市大字葛木)
○竹林山法音寺(臼杵市二王座)  → 西国諸国の日蓮宗寺院中の豊後臼杵法音寺を参照
円明山妙光寺(大分県速見郡日出町)


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