神亀蔵見学

雪が降りしきる中、朝5時から集まっている物好きたち

 2010年2月18日、私にとって記念すべき日になりました。 今宮酒店のご主人となんとあの「神亀酒造へ蔵見学に行ってきたのです。 朝4時半に起床し、カミさんを車の隣に乗せ家を出ると外は雪景色、風情もたっぷりで 蔵見学のシュチュエーションとしては最高、気分は俄然盛り上がってきました。 (何故カミさんを乗せたのかと言うと、見学中に試飲を勧められたとき飲めなかったら困るので 私が蔵まで着いたら車を家まで回送してもらうためです。帰りは何とかなりますから)
蔵に着くともう先客が30名弱、雪が降ってる中、朝の5時から集まっている世間的に言えば 物好きとしか言いようのない連中です(もちろん私も含め)。 意外なのは若い方が多いこと、この中では私などは後期高齢者とまでは 言いませんが前期高齢者ぐらいの感じです。中には普段とてもお目にかかれないような かわいらしいお嬢さんたちもおりました。 「日本酒なんて所詮オヤジカルチャーだろ」と思っている方々には、この状況をみて 是非認識を改めていただきたいと思います。

温度と時間

 まず最初に見たのは蒸米の放冷。蒸し上がった米を屈強な若者たちが冷却する機械へスコップ にて素早くおろしていきます。あのくらい早くスコップが動かせれば自衛隊でも通用する 気がします。被災地で瓦礫を取り払い人命救助するくらいの勢いは確実にあるとみました。 蒸し上がった米は通常我々が食べているものとは全くの別物です。小河原専務が板の上でこねた ものを食べさせてくれましたが、すごい弾力で固めの餅状になっています。 所定の温度まで冷ました米はこれまた大急ぎでタンクへと運ばれていきます。 小河原専務の話では「時間がかかっても、蒸しあがってから30分以内にタンクへ投入 しなければならない、それ以上たったら使い物にならないのだ」ということでした。 何故こんなに朝早く寒い時間帯に作業を行はなければならないということも、 これで納得がいきますね。 皆さん温度計を使うのと同時に自分たちの触感でも盛んに温度を確認しています。 若い人たちもこうやって自分の感覚に染込ませていくのでしょう。

全国の蔵元から勉強に集まる後継者たち

 2階に上がると麹を寝かせてある部屋を過ぎ、ステンレスのタンクがある部屋へ到着。 いやー、いい香りです。若者2人が柄のついた木製の板でタンクの中をすばやく攪拌している のは「櫂入れ」という作業、そのうちの1人は今宮酒店でも取り扱っている「京の春」という 銘柄で知られる向井酒造の倅さんだそうです。 今宮の旦那に「キレイなおねーちゃんたちが見てるといつもより力が入ってんじゃねーの」と 気合をかけられ「エヘヘ」って照れくさそうにしてました。結構わかりやすいタイプのようですね。 跡継ぎの育成を任されるというのは何の世界でも一流の証、全国の蔵から勉強にくる若者が 後を絶たない神亀が、日本酒界での一大勢力になっているのは当然というべきでしょう。
櫂入れ  タンクの脇にいると「タンクを触って温度がわかるかい」と小河原専務が私に声をかけてくれました。 タンクを触った感じ、冷蔵庫のビールほどではないけどちょとヒヤッとしたので、「10℃か11℃」 ぐらいかなと思いましたが大はずれ、14.8℃でした。小河原専務曰く「今は温度計で管理 しているが昔は感覚でやっていた、これがわからなければダメ」だそうです。 ご自身も以前は0.1℃単位でわかったといいます。基準となるのは冬でも夏でも 水温が一定している井戸水、その温度を体に覚えこませることよって微妙な温度差がわかるように なるのだとか。水道水で手を洗っている我々凡人には永遠に獲得出来ない職人の繊細な感覚です。

麹室って入っていいんですか?

 続いて見せてもらったのは麹室。普通の見学ではせいぜい外からガラス越しに見るのが関の山のはず ですが、なんとこの日は入室させてもらいました。私の拙い知識ですが、麹室は酒造りの中で もっとも雑菌を嫌う場所であり、どこの馬の骨ともわからない我々のような人間が 立ち入れるわけがないと思っていました。20年以上蔵に通っている今宮の旦那でさえ 本日が初めてだということを考えれば、初めての見学でここに入れるのが恐ろしいほどの幸運 であることがお分かりいただけるでしょう。
麹室 他の部屋と違ってこの中だけははかなりの温度、眼鏡も曇ればカメラのレンズも曇り、 写真の撮影も一苦労です。上半身裸の男が2名で、蒸米を広げたところに目の細かいふるい を細かくゆすり、ゆっくりと横移動しながら麹菌を振りかけていきます。麹菌を鼻息で 飛ばさないよう息を殺しているのでしょう、強い緊張感が漂っています。 端から端まで振り掛ける度にふるいを計量しているのは、振りかけた麹菌の数量を チェックしているからでしょう。この慎重な作業を実際に間近で見れば、「わずかな誤差で 味が変わってしまうのだろうな」ということは容易に想像がつきます。 料理を作るのは絶対に目分量という奥様方には信じがたい光景かも知れませんが、やはり 勘だけではいいものは作れないようです。

さりげなく出した朝ごはんだが、この男やはりただ者ではない

神亀蔵見学  一通り見学が終わると事務所に集合、なんと朝ごはんをご馳走してくれるとのこと。 出されたのは一見何の変哲も無い雑炊でしたが、これがまた美味い。さりげなく百合根なんか が入ってるところは、まるで料亭の賄いみたいです。無造作に置かれたお新香、梅干、佃煮 すべてにこだわりが見えます。梅干は明らかに一流の南高梅ですし、佃煮は椎茸の石づき、 「勿体無いからさ、煮たんだよ」と専務はおっしゃってましたが、噂通りただ者では ありませんね。
 帰りにはお土産をもらってきましたが、これがまたすごい、「小鳥のさえずり」2000BY です。-10℃近い温度で゛10年引張ったレア物ですよ、こんなのもらっていいんでしょうか。 飲んだ感想は後日レポートさせていただきます。 皆さん帰った後、今宮の旦那から小河原専務に紹介してもらいました。 「うちのお得意さんで、料理と日本酒のライターです。」なんて言われ恐縮しきり、 旦那もちょっと大げさですよね。

こりゃ金かかるよ、恐れ入りました

 見学のコースに無かったところは今宮の旦那と2人で見て回りましたが、さすが神亀だなと 思ったのは冷蔵庫です。最低2年は熟成させて出してくる神亀だけにコンテナ風の冷蔵庫が たくさん並んでいます。埼玉の猛暑の中-10℃をキープするんですから電気代も相当かかる はず、そのコストも値段に入っていることを考えれば決して高くないと思いませんか、皆さん。 目先の利益だけ考えている蔵には到底出来ない芸当ですね。こだわりの日本酒が世間に認知 されてきた今ならまだしも、これを20年以上も前からやっているのですからとんでもない 人です。偉人と変人は紙一重、教祖とあがめられるのもわかる気がします。こんな蔵に若者 が集まっているうちは日本酒の未来も明るいでしょう。これからも期待してますよ、 是非がんばってください。