飲みやすい端麗辛口ブームや香り高い吟醸酒ブームの陰で、良い酒は冷酒で飲むという困った迷信がはびこっておりましたが、
近年世間でも酒に対する知識が徐々に広まり、食中酒として、燗酒の良さが理解されはじめてきました。
重要な研究課題として燗酒を取り上げてきた当研究所としても、この傾向はうれしい限りです。
さあ当研究所が勧めるお燗酒、是非皆さんも晩酌に取り入れてみてください。
◆現代の家庭料理にピッタリ
日本酒が食中酒であるというスタンスからすると、お燗酒という飲み方はとても優れています。
白身魚のお造りに端麗辛口のお酒や、さっぱり系の肴に綺麗めの冷酒を併せるというやり方はとても美味しいですし、
否定するつもりは全くありません、事実私も良くやります。
でも普段我々が食べている家庭料理に平目の刺身が並ぶのはごく稀なことです。生姜焼きやコロッケ、唐揚げ、鯖味噌、
肉じゃが、皆さんの食卓もこんな感じじゃないですか。
ご飯のおかずとしていけるような濃い味付けのものや、脂っこい洋食、中華料理などに綺麗な冷酒を併せると、
どうしても力負けして酒の味が分からなくなることが多いのですが、そんなとき頼りになるのが燗酒。
味に厚みのある純米燗は現代の家庭料理にピッタリなのです。
◆燗上がり2つのタイプ
私、独自の考えかもしれませんが、燗上がりする酒というのは大きくいうと2つのタイプに分かれると思います。
1つは温めると酸味の働きによって味の輪郭がはっきりするタイプ、
乳酸のミルキーさが魅力の「大七純米生もと」などが代表選手と言えるでしょう。
もう一つは温めることによってタッチが柔らかくなり膨らみが出てくるタイプ「奥播磨山廃純米」などを代表としてあげられます。
このことを念頭に置くと、料理との併せが分かりやすくなります。
◆燗ならやはり純米酒
綺麗な味に仕上げようと思った時、発酵の終盤で醸造アルコールを添加する手法、通称アル添がよく使われます。
これは薬物の添加でも何でも無く、名称からイメージされるような怪しい手口ではありません。
ただ、一般に吟香が強調され、乳酸やアミノ酸が抑えられる傾向にあり、
我々燗酒ファンが好む旨味やコクという点で純米に劣るものが多いようです。
もちろん例外はありますが私の経験から言っても、燗向きの酒は純米酒から選ぶのが無難と言えるでしょう。
◆生もと、山廃はお燗向き
酒の発酵過程では乳酸が雑菌の繁殖を抑えてくれます。現代の酒造りにおいては、
酵母と一緒に乳酸菌を添加することによって安定して乳酸を発生させる、速醸という製法が一般的です。
それに対し生もと、山廃という製法は自然界に存在する乳酸菌を取り込んで行う昔ながら醸造法で、力強い酸味が特徴です。
一般に燗をすると甘味を強く感じるようになりますが、甘味だけが勝つとどうしても味の輪郭がぼやけ、
メリハリのない味に感じられます。低酸系の香り吟醸なんかを燗して飲むと、何じゃこりゃということがありますけど、
この作用によるものです。その点、力強い酸味が感じられる酒は燗しても味に崩れがなく、
山廃、生もと系がお燗向きと言われる理由もここにあります。
◆燗酒上級者への道、熟成とは
ワインや蒸留酒が熟成によって品質を向上させることは、多くの人が知っていますが、
日本酒にも熟成によっていい変化を遂げるものがあることはあまり知られていないようです。
熟成向きの酒というのは絞ったばかりの時は硬いというか渋いという感じで、
時間がたつにつれ、徐々に味がのってきて、まろやかになってきます。
これはアミノ酸やコハク酸の働きからくるもので、燗向きの酒の特徴と共通している点です。
神亀、日置桜等が飲み頃を見極め熟成させる出荷管理において代表的な蔵でしょう。
また、このタイプの多くは開栓しても、まだ味に硬さが残ってるものが多く、
本来の味を出すには栓を開けてから更に熟成をすすめ、自分で飲み頃を見極める必要があるため、
初心者にはやや難しいところがあるかもしれません。
前述の日置桜、竹鶴、鷹勇、羽前白梅等が開栓してからの熟成を経て実力を発揮するタイプにあげられ、
お燗を得意とする蔵という点でも共通しています。
酒は栓を開けたら劣化していくだけとの、誤った常識にとらわれている方々も少なくありませんが、
この辺が分かって、自分で調熟をできるようになると、実に楽しくなってきますよ。
◆間違いの無い燗のつけ方
お燗の方法として、直火、湯煎、レンジとありますが、一部分だけが熱くなるレンジや直火燗は、
酒の組織を壊すことにもなりあまりお勧めできません。やはり王道は湯煎です。
鍋に水を張り、徳利やちろりを入れ火にかけるのが最もいい方法ですが、私は湯燗徳利をお勧めします。
火を使わずポットのお湯で簡単にできますし、過熱しすぎとかの失敗もあまりありません。
私も普段は湯燗徳利を使用しています。ちろりもいいのですが、熱伝導が良すぎて急激に温度が上がるので、
飲み頃温度を見過ごしてしまう危険性が大きいのです。自分以外に真剣に燗を付けてくれる人間がいる、
恵まれた方にのみお勧めします。それと、温度計は必須です。
和服美人が、徳利の首をつまみ底に手を当てる姿は確かに絵になりますが、おやじがやっても何の風情もありません。
現実味のない妄想を追い求めるより、素直に科学の力を借りるほうが、はるかに賢明です。
◆お燗の温度
一口にお燗と言っても、その温度は30℃から60℃くらいまでとかなり幅広く、
どのくらいの熱さでつけるのかによって味わいは大きく変わってきます。
50℃付近を得意とする日置桜やぬる燗向きのものが多い奥播磨など、蔵ごとに一定の傾向もありますが、
経験上で言うと、45℃付近で実力を発揮するものが多いようです。
予備知識が無い場合はまず45℃で試し、そのあと40℃、50度も試してみるのが良いかと思います。
「迷った時の45℃」は当研究所の行動指針なのです。
また、世間では熱燗とかぬる燗など、言葉でその温度帯を表すことが多いのですが、その表記は必ずしも一致しておりません。
当研究所としては、正確に温度を伝えるため、標準的な表記方法について下記のとおり定めました。
【燗酒温度帯標準表記方法】
・30℃−35℃ 日向燗 ・45℃−50℃ 上燗
・35℃−40℃ 人肌燗 ・50℃−55℃ 熱燗
・40℃−45℃ ぬる燗 ・55℃以上 飛切燗
※熱燗、飛切燗で実力を発揮する酒を当研究所では“高温度帯適応酒”としています。
◆お勧めの酒は
燗上がり酒のとして当研究所がお勧めする酒です
・純米燗の伝導者、神亀(ひこ孫)より “手作り純米酒”
・生もとづくりのパイオニア、大七より “純米生もと”
・ワイルドだろうー、竹鶴だぜー “雄町純米 酸味一体”
・飲む秋田美人、雪の茅舎より “山廃純米”
・燗酒の教科書、奥播磨より “山廃純米酒”
・孤高の燗酒職人、日置桜より “鍛造生もと強力”
◆晩酌シュミュレーション
それでは実際にどんな晩酌がいいのか?料理に対しての併せ方を研究所が提案します。
【鮪、戻り鰹などの赤身の刺身】
生ものはあまり温度の高い酒より、ぬる燗、人肌燗が良く合います。
ズバリ「神亀 小鳥のさえずり」を40℃、優しく脂を溶かしてみてください。
【鰈の煮つけ】
鰈の旨味と調和するよう、柔らかなタッチで旨味のあるぬる燗を併せます。
「奥播磨 山廃純米」の44℃で1ランク上の晩酌を楽しんでください。
【地鶏の炙り、秋刀魚の塩焼き】
脂がじゅわっとくるこの手の肴には脂ギレが大事です。キレ味重視でしっかりした酒質のものをチョイスしましょう。
抜群のキレが冴えわたる「日置桜の穿」を52℃で併せれば、料理もぐっと引立つこと間違ありません。
【牡蠣のグラタン】
ペシャメルソースなどクリーム系料理に、乳酸を活かした生もと・山廃系は当研究所お勧めの組み合わせ。
大御所「大七 純米生もと」は43℃でやってみてください。
【酢豚、豚の角煮】
従来から併せが難しいと言われてきた、こってり系中華は重量感のある酒を併せましょう。
神亀、京の春、菊姫など頭に浮かびますが、この分野の第一人者はやはり竹鶴。
「雄町純米 酸味一体」なら期待を裏切ることは絶対ありません。
ぬるいのはダメ、一旦60℃くらいまで上げ、50℃くらいまで下げたものが最高です。
【コロッケ、ハンバーグ】
現代家庭料理では定番中の定番。中濃ソース、デミソース使う料理には厚みのある山廃でいってみましょう。
「菊姫 山廃純米」を45℃にすれば、料理のインパクトに負けることはありません。
【おでん】
おでんに燗酒は日本の冬の風物詩。出汁のしみた大根は国民的な人気食です。いったい何を併せるのか、
大いに迷うところですが、私なら諏訪泉の純米吟醸「満天星」、温度は50℃で、きゅっとやってください。
【お浸し】
味の濃いものに燗酒というのが併せとしてはスタンダードなのですが、
上級者を目指すなら、お浸しに代表されるさっぱり系の肴にも挑戦しましょう。
料理の風味を壊さない上品な香りと軽快な酸味「雪の茅舎 山廃純米」を42℃でお勧めします。