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美術館 冬の定期上映会 “撮影監督 近森眞史 特集”
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絵画のジャンルに言う「風俗画」に相当する良質の作品を観たような気がした。時代をよく映し出す映画という表現作品を観る楽しみには、同時代ならではの愉しみがあると同時に、時を経ていればこそのものがあるのは、旧作映画の観賞ではよく味わうことだけれども、クラシックというほどの旧作ではなく同時代を自分が過ごしている作品の場合、自身の当時の記憶を改めて呼び起こされたり、再確認したりする“もう一つの同時代性”とも言うべきものを愉しむ側面があって、大いに楽しんだ。 先に観た「単身赴任」では、そう言えば「東男に京女」という言葉があったが、もうサッパリ耳にすることがなくなったなぁと思うとともに、携帯電話が目に付いた。普及し始めたはしりがこの時分で、まだ各人が持つには至っていないからこそ、石橋万作(三宅裕司)が赴任先で営業部の課長になったことで社から貸与を受け、少々物珍し気に手に取るわけだが、翌年制作の「新」では既に、若者が自身の目印ストラップを付けた携帯電話を持つようになっていた。確かに、物凄い勢いで普及して行った記憶が僕のなかでもあるが、もう四半世紀も前のことになるのかと感慨深く、ホームビデオカメラが既に軽量化を果たしていることに少々驚いた。 僕の記憶以上に、技術革新は早く訪れていたわけだが、その時分でも企業文化のほうは僕の印象のなかにある高度成長期時代とさして変わり映えがしない感じが興味深いとともに、いまの映画には、こういう人情噺を健全作品として作り出せる土壌がなくなっている気がした。「新」のほうで練達の味を滲ませていた森繁久彌の演じていた義父や「単身赴任」での本多興産社長(藤岡琢也)にまつわるネタを映画で笑話にできる昭和の名残りは、両作の製作された平成一桁の時代までだったような気がした。 「新」を銘打つ前と後での大きな違いは何と言っても、妻がふみ子(田中好子)から、たか子(岸本加世子)に変わっていることだが、配役が違ったことで人物像にも大きな変化が加えられていた。ふみ子のままであったら、シリーズ作品は、もっと続いていたように思う。 いわゆる会社のサラリーマンではなかった僕は、「単身赴任」で万作が直面したような社運の掛かった取引競争や「新」での取引競争に絡む接待や賄賂といった問題に直面することなく、また、いわゆる組織内ヒエラルキーといった問題に悩まされることもないまま定年退職を迎えることができたし、単身赴任を経験したこともない。それでも、風俗映画としての本作を大いに楽しむことができ、改めて松竹的な健全さを本流として全うしている両作に感心した。 午後からは、今回の企画上映のタイトルになっている本県出身の撮影監督のトークというか、ステージ・インタビューがあった。彼は、高校の同窓生でもあり、会場には久しぶりに会う同窓生の面々がコロナ禍のなか参集して束の間の旧交を温めることができた。入館時に配布された資料「▲ 近森眞史 フィルモグラフィー」に沿って足跡を尋ねていたなかで面白かったのが、カメラマンの道へ進んだ動機について、映画撮影に限らず、人付き合いの少ない仕事がいいという思いが元々あって、映画のほうでも映像民俗学のようなものをやってみたかったという話だった。 たまたま人との出会いに恵まれ、折しも斜陽化のなかで若い人手の少なさがあって、今に至っているというような話をしていたが、日本アカデミー賞の優秀撮影賞を2010年の『おとうと』で初受賞して以来、2013年から五年連続での受賞を『東京家族』、『小さいおうち』、『母と暮せば』、『家族はつらいよ』、『家族はつらいよ2』によって果たし、2020年『男はつらいよ お帰り 寅さん』に続いて『キネマの神様』で連年の受賞を再開しているようだから、まさに「日本を代表する撮影監督」だ。 午前の上映会場で、二席空けて並んで観ていた上映前に、この機会に上映される作品を全部観直していると話していたので感心したが、「スクリーン観賞で観直す機会は、なかなかないんやろ?」と問うと「ない」と言った後、「勉強になる」と言っていた。彼が勉強になると感じた、いま観直してみての気づきや思いを聞いてみたかったが、インタビュートークでは、そのあたりに全く触れないままだったのが残念だった。 インタビューの最後に、撮影監督として心掛けていることは?と問われて「とにかくお客さんの観やすい画を造ること」だと応えていた彼のモットーは、カメラが奇を衒わない、出しゃばらない、ということなのだろう。これだけ多くの優秀撮影賞受賞回数を誇りながら最優秀賞の受賞のないことが、まさに彼が自身のモットーを誠実に貫いていることの証のように思えた。 また、影響を受けた映画作品は?との問いに対して、大学の映画学科に二浪で入学するまだ前、一観客として観ていた時分に強く印象に残っている作品として挙げていた『ソルジャー・ブルー』、『デルス・ウザーラ』、『青春の蹉跌』は、未見の宿題映画の『デルス・ウザーラ』は別にして、いずれも同じ時代に同じ年ごろで映画を観て来たことを感じさせてくれるセレクトで、思わずニンマリした。 公式サイト:高知県立美術館 | ||||||||||
by ヤマ '22. 1.23. 美術館ホール | ||||||||||
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