『名もなく貧しく美しく』('61)
『おとうと』
監督 松山善三
監督 山田洋次

 連日で新旧の至って日本的な感動作の王道と言えるような作り立ての映画を観る機会を得て、今やそういった作品が少々新鮮に映るくらい少なくなってきていることに改めて気づかされ、ある種の感慨を覚えたのは、先ごろラブリーボーンを観て思うところがあったからなのかもしれない。


『名もなく貧しく美しく』
 主演女優高峰秀子の夫君たる松山善三の第1回監督作品『名もなく貧しく美しく』は、脚本も監督自身が書いている映画だが、まさに感動作の王道のど真ん中を歩んでいるようなクラシック作品だった。

 聾唖者であるがゆえの蔑視や苦難に見舞われながらも、前向きに誠実に人生を歩む主人公が“名もなく貧しく美しく”生きるなかで、ささやかながらも掛け替えのない喜びを得る姿に心打たれた。描かれた様々な苦難のなかでも、迷いながらも勇気をもって母親(原泉)の反対を押し切って産んだ息子から、物心つき始めた小学低学年のときに、母親が聾唖者であることを嫌がられ、息子が赤ん坊であった時分を偲んで泣く秋子(高峰秀子)の姿が沁みた。誰に疎まれるよりも一番つらく情けないことだったはずで、申し分ない人格者とも言うべき夫の道夫(小林桂樹)に「あなたが甘やかして育てるからです」と当たるのも無理ないことのように思った。

 そして、連結列車の二つの車両を繋ぐ最後部と最前部のガラス窓を挟んで、手話で交わす秋子と道夫の夫婦の会話の美しさは、名場面として記憶されるに足るものだと感じた。

 姉や弟の人生との対比は、いささか図式的にすぎる気がしなくもなかったが、それこそかような感動作の王道とも言える構成であり、演じた草笛光子と沼田曜一の好演もあって対照が効いていたように思う。


『おとうと』
 当年七十九歳になる山田洋次監督の『おとうと』は、まさしく車寅次郎を人情コメディとして作品化すると『男はつらいよ』になり、シリアスドラマとして描けば、本作になるという趣を持った映画だった。また、夜間学校の代わりにNPO事業者の運営によるホスピス施設に焦点を当ててもいて、言うなれば、山田監督の代表作『男はつらいよ』と『学校』を足し合わせたような作品だ。チラシを見て、吉永小百合=笑福亭鶴瓶の姉弟の若い時分が蒼井優=加瀬亮かと思っていたのだが、全く違っていて意表を突かれた。

 些かの気後れも見せず、相手に了解されるのが当然の自分の個性として、妻に対してさえ「箇条書きにした質問に対してなら完璧な説明ができるけれど、話し合うコミュニケーションは出来ない」と話す医師による高度な技術と設備の整ったなかでテクニカルに延命される医療よりも、医療体制が脆弱で入床環境も狭隘劣悪ながら末期のときには、もう休んでいいよと声を掛けてもらえるようなNPO事業体によるホスピスのほうがいいに決まっているのだけれども、現在の医療の全てが前者であって、NPOホスピスの全てが後者のようなものであるかのごとき錯覚を与えかねないところは、少々気になった。また、小春の舌出しの癖など、時代錯誤もはなはだしい気がして仕方がなかった。

 だが、伝統的な日本映画の良心を、いかにも日本映画的な社会性とともに描いたこのような作品を観ると、前日に観た『名もなく貧しく美しく』('61)を継いでいるかのような気がしてくる。王道の感動作品として、堂々たるものだと感じ入った。流石だ。「君も義兄さん(小林稔侍)も鉄郎くん(笑福亭鶴瓶)を踏み台にして生きてきたんだと思うよ。この子の名付けくらい、鉄郎くんに花を持たせてやろうよ。」という亡き夫の言葉が吟子(吉永小百合)に与えた気づきと、ホスピス施設で鉄郎の存在が果たしていた役割の描き方には、山田洋次が寅さんに託していたものが、シリアスドラマの形で明確に表れていたような気がする。

 特別視や特別扱いすることは、時には優越感を与えもするものの、本質的には“疎外”であることに気づいている人は、意外と少ないもので、脚本・監督を担った山田洋次には、その意識が強くあるからこそ、“踏み台”などという強い言葉を使ったのだろうし、姑の絹代(加藤治子)への吟子の向かい方に対して、除け者扱いされることへの不満を訴える姿を繰り返し描いていたのだろう。そこには、常に強く正しい「ねえちゃん」に対して「おとうと」が慕い頼りつつも感じていたであろうことが投影されていたような気がする。

 些か驚いたのは、山田作品の撮影が長沼六男ではなく、近森眞史になっていて、しかもピンでクレジットされていたことだ。彼は、僕の高校の同窓生。とうとうここにまで来たかとの感慨を覚えた。



参照テクスト市川崑監督特集(平成27年度優秀映画観賞推進事業)『おとうと』(拙日誌

推薦テクスト:「シューテツさんmixi」より
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1410226174&owner_id=425206
推薦テクスト:「とめの気ままなお部屋」より
http://blog.goo.ne.jp/tome-pko/e/a389dce64f569a07c4d048cd40c1d622
by ヤマ

'10. 2.27. 美術館ホール
'10. 2.28. TOHOシネマズ3



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