『弁護人』(The Attorney)
監督 ヤン・ウソク

 政争の果てに親族の不祥事も加わって退任した翌年の2009年に自殺した元大統領ノ・ムヒョンをモデルにした作品とされながらも、高卒弁護士たる人物の名はソン・ウソクとなっていて、まさに演じたソン・ガンホと監督脚本のヤン・ウソクを合わせた役名にしてあるのだから、女将が感涙と共に「古い借金は顔と足で払うものだよ」と持参した金封を固辞していた汁飯屋母子というのは、作り手の創作による人物で実在してはいないのだろう。売り出し価格の四分の一に当たる500万ウォンも余分に出し入居者を階下に引越しさせてまで購入していた、建設現場労働者時分のソン・ウソクが「諦めるな」と壁に彫り込んだマンションというのも、おそらく実在しない建物だという気がする。

 そうであっても、2013年の公開時に韓国で1,100万人を超える観客動員を果たしたのは、そこに元大統領の人物的な魅力と弱みのエッセンスが活写されていたからなのだろう。ソン・ガンホは改めて言うまでもないことながら、汁飯屋の女将パク・スネを演じたキム・ヨンエが実によかった。高卒の苦学生から身を起こし成功した税務弁護士から転身し、共同経営者の弁護士に「今日から、楽な生き方はできなくなるぞ」と釘を刺された人権派弁護士になることから逃れるわけにはいかない“行き掛り”として、汁飯屋の母子は実に上手い造形だったように思う。

 ソン弁護士が「いくらデモをしたって、卵で岩は割れないんだ」と言ったことに対して汁飯屋の息子パク・ジヌ(イム・シワン)が「卵は岩と違って生きているから、いつか鳥になって岩を越えていく」と言っていた“卵”が利いていて、金満弁護士であることを冷笑していた高校の同窓生の新聞記者から、入廷前の洗面所で上着のみならずシャツまで差し出される場面に繋がってもいた。もっとも、その卵は権力に楯突くアカ弁護人だと非難されて投げつけられたものだったが、そのことは重要ではなく、卵であることに意味がある。

 なんだか25歳のときに観た『ガンジー』['82]を想起させられた。かの作品も、僕のなかでは“行き掛り映画”だ。当のノ・ムヒョンは、生前、大統領になったのは失敗だったと己が来し方を悔いていたらしいが、死して十年後にかような作品で追悼される部分を持った人物をも翻弄し、変質させ損なわせる権力機構というものは、まさに人の手に余る恐ろしいもののようだ。

 それはともかく、オフシアター上映に相応しく、鑑賞のしおりとしてリーフレットが配布されていたことに感心した。なかでも「韓国略年表と映画」と題するページがあって、先ごろ観たばかりの密偵1987、ある闘いの真実のみならず、僕が観ている分でもブラザーフッド『戦火の中へ』トンマッコルへようこそJSA大統領の理髪師シルミド『KT』タクシ―運転手ペパーミントキャンディ『ハナ~奇跡の46日間』といった映画が、いつのどういう事件を取り上げている作品なのかを一覧できて、ありがたかった。
by ヤマ

'19. 2. 3. 黒潮町上林あかつき館



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