『JSA』(Joint Security Area)
監督 パク・チャヌク


 緊張感に満ちた見事な作品だった。同じ民族でありながら38度線を挟んで敵対し合わなければならない朝鮮民族の人々の思いや緊迫した国境線で警備に当たる兵士の心の内など僕には及びもつかないものながら、例えば、議場で保守と革新に分かれて対立する政治家たちが、その一方で、同じ政治家同士として一般庶民に対するよりも遥かに親近感を抱き合っているように見えたりすることが、丸暴の刑事とヤクザの間などにも感じられるように、敵対するとは言え、特殊な状況に身を置く人々の間に敵対を越えた親近感が芽生えることは、人間の心性から言って大いにあり得ることだ。しかし、心理的な準備はあっても実際にそれを確かめ合うきっかけは、簡単には生まれない。殊に南北を分断する国境線を監視する兵士にあっては、ほとんど奇跡に近いことかもしれない。

 国境警備兵の実態をその程度の想像以上には知らない観客に、そういうことの起こりにくさと起こりうることの両方を説得力のある形で描き得たのは、きっかけの設定の巧さと何にもまして四人の兵士たちの人物造形の見事さにある。人が何を信じ、何に基づいて自らの行動を選択するのかは千差万別であるが、でき得れば、自らが感じ、自らの血を通わせた想像力とともに身を以て知ったことに支えられていたいものだと思う。教育や帰属集団の常識といった、権力やマスの力で刷り込まれたものではなく、自身の実感に根ざしたものでありたいものだ。だが、それに耐え得るだけのものを獲得するには、絶えず自己が問われ、鍛え上げられてこなければならない。

 外国での実戦体験をも経て、自問自答を重ね、鍛え上げられた自己を持つに到っていることが推察される北朝鮮側のオ・ギョンピル士官(ソン・ガンホ)が魅力的で説得力を備えているのは、それゆえだ。一方、韓国側のイ・スヒョク兵長(イ・ビョンホン) には、そこまで鍛え上げられた自己はないが、潜在的な自己の力があるために、与えられた教育や常識よりも自身の経験に基づく感覚に身を委ねる柔軟さとも軽薄さとも言うべきものが備わっている。命を助けてもらった恩義によって生まれた感謝を信頼関係へと育てていくだけのものに発展させていくようなオプティミズムや目の前にいても言葉掛けすら禁じられている北と南の兵士なのに、事の重大さにとらわれず、投げ文を仕掛けたり、ひょいと国境線を越えて訪ねていく軽やかさは、ギョンピル士官にはないものだ。しかし、だからこそギョンピル士官は、借り物ではない自己感覚に根ざしたスヒョク兵長の行動に応えていったのだろう。けれども、絵の巧いウジン兵士(シン・ハギュン) や美人の妹を持つソンシク一等兵(キム・テウ) には、それだけの自己感覚がないから、アクシデントによって発生した極限状況のなかで真っ先に信頼感が揺らぎ、不安や恐怖に変わってしまう。

 結局のところ、他者への信頼とは、信じるに足ると判断した自身の感覚への信頼感に支えられるものに他ならないことを痛切に描いていたように思う。中立国監督委員会の女性将校ソフィー・チャン(イ・ヨンエ) の立会のもと、事件後初めてギョンピル士官と再会した場面で、ギョンピルほどに鍛え上げられた自己ではないゆえに、スヒョク兵長が涙を流し、秘密を守り続けられなくなる弱さを露呈することや、それに対して、自分たち四人以外にはけっして本当のところは理解してもらえるはずのないことだから喋るなということをスヒョク兵長に伝えるための覚醒行動としか思えないようなギョンピル士官のふるまいなど、人物造形の確かさが窺われ、真に迫っていた。

 そして、職務遂行という免罪符を解かれてなお、自身の欲求として真相に迫ることを禁じ得なかったソフィーが、それにより、自分の予想を超えた強烈なしっぺ返しをスヒョク兵長から負わされるという、厳しい顛末が効いている。こういう体験の積み重ねによって、人は自問自答を繰り返し、自己が鍛えられていくものなのだろう。ギョンピル士官もまた、そうであったに違いない。そういう形で苛酷な状況や体験を自らの糧となし得た人たちは、それゆえに魅力的になるのだが、万人が万人とも糧となし得るほどに人間は、上等な生き物ではないのが哀しいところだ。総体としての人間は、事態をいっこうに解決できずに愚行を重ねていたり、ギョンピルが得たような自己を社会として生かすことができないでいる。主題歌として流れたキム・グァンソクの歌声の哀調は、そのような感慨を呼び起こしてくれた。



推薦テクスト:夫馬信一ネット映画館「DAY FOR NIGHT」より
http://dfn2011tyo.soragoto.net/dayfornight/Review/2001/2001_06_11.html
推薦テクスト:「神宮寺表参道映画館」より
http://www.j-kinema.com/rs200106.htm#JSA
by ヤマ

'01. 6.25. 東宝2



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