『カランコエの花』
監督 中川駿

 映画のチラシには「いくつもの思いやりが、ひとりの心に傷をつけた」との惹句が記されていたけれども、小牧桜(有佐)を傷つけることになった顛末に、直截的に関与した者の誰にも悪意がなかっただけに、傷ついたのは桜ひとりではないことがよく浮かび上がってきていたところに感心した。

 加藤先生(イワゴウサトシ)の不在で出来た自習時間を使ってLGBTについての授業を行った保健の小嶋先生(山上綾加)は、良かれと思って説いたことが引き起こした事態にダメージを受けているはずだし、板書された「小牧桜はレズビアン」を急いで消した月乃(今田美桜)にしても、自身の発した言葉とは裏腹に、クラスにLGBTが本当にいるとは思っていなかったであろうことの窺われた新木裕也(笠松将)にしても、それぞれが思わぬ事態を引き起こしたことに傷ついているように映ってきた。

 実は、その無自覚こそが当事者を苦しめているのだけれども、そこには誰の悪意も介在していない。そのことが、時に自責を促すことすら招く形で、当事者を深く傷つけていることが、とてもよく描かれていたように思う。悪魔よりタチが悪いのは善魔だというようなことを記していたのは、遠藤周作だったような覚えがあるが、怒りの矛先の向けようのない失意は、確かに尾を引く形で効いてくる。

 どうして月乃は板書を消したのか、具体の名指しがあったことにいち早く反応していた佐伯洋太(須藤誠)に食って掛かっていた裕也は、どうして 「うちのクラスにLGBTの人がいるんじゃないか?」と言い出し得たのか、そして、板書をした者は何故そんなことをしたのか、を問い掛け考えさせる教材として、大いに使える作品になっていたような気がする。時間の短さからも、実にうってつけと言える出来栄えだと思った。

 僕の記憶にある遠い日の教室での「やぁい、レズだ!」といった囃し立ては小学時分にまで遡るが、発している言葉の本当の意味合いなど承知もせずに上っ面で使う“囃子言葉”として流通していたものだ。ある意味、さればこそ公言できるのであって、その意味するところを知るようになると、逆に憚られて使えなくなるとしたものだが、そのときに知っている意味とは、真の意味合いではなく、マイノリティなり異端として疎外される性向であることを知るようになっているに過ぎない。カミングアウトできずに秘している存在への想像など及ばないままに、現に自分が身近には出会ったことがないという実に素朴な身体感覚で特異な存在だと思っているからこそ、裕也のような囃し立てができるわけだが、まさしく彼がそうだったように、いないはずの者がいた、しかも引き出した契機は自分にあるかもしれないとなると、その板書が事実かどうかの確証の無いものであっても、激しい動揺と後悔が湧いてくるわけだ。おそらくは板書を観て思い当る節があったからこそ慌てて消した月乃には、悪意どころかむしろ護る気持ちのほうが強かったはずだから、消すという行為が“存在自体の否定”を意味する抹消のように受け止められる可能性に想いが及ぶ暇はなかったろうが、“消す”という行為そのものを目の当たりにした桜が衝撃を受けるのも、月乃には「思い当る節があってのもの」であることが明白なれば、かような顛末に至るのは当然のことのような気がする。

 だが、板書をした者は何故そんなことをしたのかについては、自分なりに解せる答えが見つからなかった。遠い日にその言葉の本当の意味合いを知らなかったのと同じく、この歳になってもその真の意味合いなど解せていないからだろうなどと思ったときにふと、本作で“レズビアン”を前に立てて展開されたドラマは、同性愛であろうが異性愛であろうが、こと恋愛というプライヴァシーにまつわることなら、異性愛においても同じ出来事が起こるものであることに気が付いた。自習時間を使って男女交際についての授業が行われた後、「ラブホに行ってることがバレた奴がいるんじゃないの?」と騒ぎ立てる者がいて…と展開して、板書とその板書を消す行為というものは、決して起こり得ないものではない。その際の板書者の思いということで言えば、むしろ僕としては汲み取りやすいものがあるような気がする。そして、その場合は、裕也が洋太に食って掛かることの意味合いの映り方が変わってくるとともに、本作で桜が衝撃を受けていた“存在自体の否定”という形にはならないように思った。

 ことが“レズビアン”に置き換えられたとき、同じようなドラマから浮かび上がってくるものの色合いが大きく変わってしまう状況こそが、マイノリティ(だと思われている)問題の要点だという気がする。なかなか意味深長で、含蓄に富んだ作品だった。




参照テクスト:Saito Tsutomuさん(「アーツカウンシル高知」)とのfacebook メッセージ編集採録

推薦テクスト:「シネマ・サンライズ」より
http://blog.livedoor.jp/cinemasunrise/archives/1073969529.html
by ヤマ

'19. 2. 2. 喫茶メフィストフェレス2Fホール



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