『運命は踊る』(Foxtrot)
『七つの会議』
監督 サミュエル・マオズ
監督 福澤克維

 暗示に富んだ風変わりでトリッキーなイメージとドラマ展開のなかに、人の生の哀切に対する真摯なまなざしが宿っていて、なかなか味わい深い作品だった。地雷ではなくラクダか!と、すっかりしてやられてしまったが、検問にも頓着する必要なく悠々と渡り歩くラクダの象徴していたものは、何だったのだろう。無理からぬ面があったにしても些か不用意な機銃掃射をしてしまったことを罰した側面に思いを馳せると、普通に考えれば、神なのかもしれないが、その場合、巻き添えを食らった形になる運転手にも何らかの咎はあったのかもしれない。

 1970年1月号のヌードグラビアが、祖母の大事にしていた聖書との交換に足るだけの価値を持つ年頃だったとすれば、建築家として成功しているらしいミハエル(リオル・アシュケナージ)は、1958年生れの僕よりほんの少しだけ歳の頃合いが上のようだが、セックス・シンボルとしてジェシカ・ラビットやパメラ・アンダーソンの名が挙がるヨナタン(ヨナタン・シレイ)の歳の頃は、僕の息子よりもかなり上のはずだ。けれども、そうは見えなかったから、そのあたりは監督脚本を担ったサミュエル・マオズが同時代なのかもしれない。

 息子ヨナタンの生死がミハエルと妻ダフナ(サラ・アドラー)に与えたものを描いていたが、機銃掃射された若者たちの家でも同じことが起こっているわけだ。

 作中でひときわ目を惹くステップで披露されていた原題のフォックストロットの意味するところは、いかなる悲劇を重ねようとも懲りずに人間が繰り返している武装と戦争のことを指しているのだろう。きっとイスラエルという国は、建国以来、そのフォックストロットを踊り続けている国だから。

 奇しくも本作を観た日の夜、同じように“巨大組織による不始末の隠蔽工作”を描いた日本映画『七つの会議』を観たが、映画の文体はまさしく対照的なものだった。画面に映し出されるイメージそのままの現実がありそうには思えない映画的デフォルメという点では同じなのに、芸術的昇華を感じさせる前者と、ドラマ的には少々安っぽく幼稚に見えてくるところがあった後者を分かつものは、何だったのだろう。

 とりわけ後者では、映画的デフォルメとは言いながらも、既に還暦を迎えている僕の歳にもなると、現内閣首脳の面々を見渡すまでもなく世の中には信じられないようなキャラの人物が実在すると知っているから、映画に続々と登場したような“絵に描いたような人物”たちが実在するはずがないとまでは言えない気がするのに、あまりに戯画的に図式化された人物造形を見せられると、少々萎えてくるようなところがあった。特に序盤の八角(野村萬斎)の露悪的なキャラ造形などに端的に現れていたように、図式的という部分が、想像力の触発とは反対方向に作用したからなのだろう。前者の提起する“暗示と含蓄に富んだイメージ”との落差が、まさに対照的だったように思う。

 隠蔽工作が描かれていた前者にも当然ながら、それを指示した者と直接的に携わった者がいるわけで、日本に限らず組織文化の根っこにこういう部分があることは、僕も知らぬでもない。そして、八角が最後に述べていたように、根絶させることなど絶対にできないことに違いない。ただ『七つの会議』で言えば、出世競争を降りたからといって八角のような人物が、組織内でダメ社員烙印を押されることはあっても、それによって挑発的にぐうたら化するとは思えないし、妙に造りが雑な感じがした。ケチな役処が実に似合っている藤森慎吾と勝村政信の演じていた経理課コンビが八角への意趣返しに得々と役員会に挙げた発注替えによるコストアップは月90万、年で1000万円程度のものだったわけで、その金額で元に戻る程度の発注だったなら、仮に下請け企業の江木社長(立川談春)のほうから持ち掛けられたものであっても、リコールに掛けると二年分で2000億円になるような不適正発注に坂戸課長(片岡愛之助)が切り替えるはずもなく、また、その年額1000万円のコストダウンは原島課長(及川光博)に尻餅をつかせた折り椅子に掛かる部分だけのものであったのなら、坂戸課長の更迭に際して八角が真っ先に取った措置というのが余りにも間の抜けたものだったことになり、いずれにしても腑に落ちない。

 だが、本作に描かれていた「目先の数字に囚われた成果主義なるものが企業文化を壊してきた」ということについては、確かに間違いないと思う。本作でも二十年前の梨田(鹿賀丈史)の親会社からの出向が東京建電を変えたとされていたが、ちょうどその時期と同じ二十年前に書かれた日本型資本主義と市場主義の衝突 日・独 対 アングロサクソン(ロナルド・ムーア 著)がまさしく指摘していた“規制緩和と市場の絶対化、競争と自己責任の強調”のもたらしたものだという気がした。もっとも作中の八角は、そのようには指摘せず、むしろ武士道残酷物語['63]に描かれていたような日本人のメンタリティについて語っていたのだけれども。




推薦テクスト:「シューテツさんmixi」より
https://mixi.jp/view_diary.pl?id=1970342850&owner_id=425206
by ヤマ

'19. 2.10. あたご劇場



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