別離
曽良は腹を病みて、伊勢の国長島といふ所にゆかりあれば、先立ちて行くに、
行き行きて倒れ伏すとも萩の原 曽良
と書き置きたり。行くものの悲しみ、残るものの憾み、隻鳧の別れて雲にまよふがごとし。予もまた、
今日よりや書付消さん笠の露
全昌寺
大聖寺の城外、全昌寺といふ寺に泊まる。なほ加賀の地なり。曽良も前の夜この寺に泊まりて、
よもすがら秋風聞くや裏の山
と残す。一夜の隔て、千里に同じ。われも秋風を聞きて衆寮に臥せば、あけぼのの空近う、読経声澄むままに、鐘板鳴りて食堂に入る。今日は越前の国へと、心早卒にして堂下に下るを、若き僧ども紙硯をかかへて、階の下まで追ひ来たる。をりふし庭中の柳散れば、
庭掃きて出でばや寺に散る柳
とりあへぬさまして、草鞋ながら書き捨つ。
汐越の松
越前の境、吉崎の入江を舟に棹して汐越の松を尋ぬ。
よもすがら嵐に波を運ばせて
月を垂れたる汐越の松 西行
この一首にて数景尽きたり。もし一辧を加ふるものは、無用の指を立つるがごとし。
天龍寺・永平寺
丸岡天龍寺の長老、古き因あれば尋ぬ。また、金沢の北枝といふもの、かりそめに見送りて、この所まで慕ひ来る。ところどころの風景過ぐさず思ひ続けて、をりふしあはれなる作意など聞こゆ。今すでに別れに臨みて、
物書きて扇引きさくなごりかな
五十町山に入りて永平寺を礼す。道元禅師の御寺なり。邦機千里を避けて、かかる山陰に跡を残したまふも、貴きゆゑありとかや。