定本 中学生句集






      あらかわよしひろ
 
 

絵・よしひろ
 
   


 
 
昭和三十九年

          浅草に人通り多し更衣

          アパートに越して七夕忘れけり

 
   絵・よしひろ  
 

昭和四十年

          牡丹花をスケッチするや筆赤し      
                   
(父と西新井大師)

          鯖売りの大男声はりあげて

          初蝶や日向に弱く二つ飛ぶ

          うず高く古新聞をつみて五月

          長瀞や石に刻むる高浜虚子

          春日傘ひらいて顔を隠しおり

          春火鉢しずかに友と話しおり

          スゲガサや四五六人の田植えかな

          祭音やみ仕舞い支度の露店かな

          カレンダーやぶりて六月なりにけり

          雨や新聞今日もぬれて来し

          六中の生徒や白き更衣

          黴パンの積みて捨てらる台所

          いつ降るかわからぬ空や更衣

          五六匹たらいの中の目高かな

          麦秋となりて畑のにおいかな

          遠足の前日や今日の梅雨かな

          秋高し形悪いリュック帰途へ

          裂け目よりつぶ取りて喰う石榴かな
                     
(筑波山二句)

          陰に咲く鶏頭の紅失わず     

          葉枯れして竜胆(りんどう)二つ咲いており

          夕焼けのうすき空なり冬はじめ

          教室にストーヴの準備ととのえり

 
    絵・よしひろ  
  昭和四十一年

 

          騒音の工事現場に凍解くる

          風溢る新樹に皆と合唱す

          汽笛消え山あきらかに夕焼ける

          エープリルフールや馬が道をゆく

          掌に初蝶とまりたる黄粉かな

          (かな)でる(がく)熱帯魚に愛称あり

          眉濃き人熱帯魚に見入るかな

          金魚売マーケットの前に来て止まる

 
    絵・よしひろ  
 

          
          乞食寝る枕辺落ちたる椿かな

          サボテンが紅く咲く日の朝餉なり

          梅雨の木々ピアノの音の隔たりぬ

          蟹出でて砂に記憶を埋めけり

          小児マヒの少年蟹を愛すかな

          回転椅子に明日手術の子薄暑かな

          あさあさの()るトマト喰う日の射す部屋

          斜陽ただ新樹の声のあるばかり

          今やかの新緑濃く暮るるらん

          百合挿して静かに暮るる何もかも

          藁束に藁束重ね農夫移る

          朝な朝な万緑を抜け海を見に

          浜昼顔海よりの足海に向け

          闘うかぶと虫へ声援弟ら

          われ臥してかぶと虫相闘わせ

          アロハシャツ着替えいよよ陽盛ん

          青畳に揺るる一枝の西日かな

          つづく藁屋根向日葵の垣向日葵の道

          炎昼や青嶺迫りてかかと直す

          トマト熟すいまや日盛りに雲まぶし

          夏草に鞄放るや廃工場

          夏草や工員服何枚も干す

          除草機はたそがれてなお響きけり

          白き夏日浴ぶスラム街やなつかしき

          君に手紙書いている間も遠花火

          夏燕よぎるや夕焼けの窓硝子

 

 
    絵・よしひろ  
 

   修学旅行

 

          塔に来る夕焼けにして濃すぎる     (薬師寺) 

          夕焼けて塔にも樹にも風溢れ

          「金色譜奏でる」ような夕焼けの塔
        
          

          夏木立ここから京も眺められ    
  (京都)

          京去るやプラットフォームの夏夕焼

          濃い青の間にちらほらと夏の(うみ)    (琵琶湖)



          修学旅行()られ小鹿を見て通る   (奈良公園)

          若葉に鹿に僕らにも風来る

 
    絵・よしひろ  
     
   九十九里浜三句

          
          火を囲む顔あかあかに浜キャンプ    

          夏雲を背にして浜の昼餉なり

          焚火爆ぜるや浪の音ばかり九十九里



          熟れて麦夕日束ねて揺らしけり

          秋晴れや十五の齢となりにけり

          カンナあかき家に朝の牛乳来る

          花あやめ郵便切手買いにゆく

          十五夜の水田()いて灯のともる

 
    絵・よしひろ  
   

          向日葵やサイクリングの憩う場所

          青蜜柑学生服のポケットに

          秋夕焼覆う柳の影揺れり

          鰯雲が描く空なり体育祭

          鰯雲ポプラの校庭体育祭

          床に臥せば鰯雲なる午後の窓

          梨を剥く母の齢またひとつふえ

          朝に採むそらまめ青し夕餉にと

          りんどうのその押し花は色失せて

          露草のことに咲く朝露光る

 
    絵・よしひろ  
 

          
          教室の澄みたる窓に三日の月

          秋はここ夕焼けの雲のあかさにも

          弟のグローブ匂うや鰯雲

          無花果(いちじく)の大きひとつを母と分け


          ヘリコプター秋晴れに校長の声消す

          たますだれ嵐のあとの朝に咲き

          蝉なくや樹下のベンチの日ぐれの子

          夕餉すみことに照りつつ屋根の月

          まんじゅさげ遊びの子らの過ぎにけり

          夕焼の柿のあかさを見て通る

          栗を剥くことに夕日のあかさかな

          あかあかと風の日ぐれに咲くカンナ

          息深い炬燵寝の弟よ

          蜜柑二つ机上にありて葉の青し

          繭ふたつ風呂桶の上に置かれけり

          虹ふたつ朝の瑚畔の父とぼく

          朝の公園落ち葉掃く手を子燕へ

          映画帰りの路地裏や猫の恋

          躑躅(つつじ)くるくる咲いてけんぽーのひ暮る   (憲法記念日)

          灯る寮へ蚊ばしら田上を走り去る

          聖五月吃音の子がシャッポ脱ぐ

          梯子降りれば春泥(しゅんでい)靴よごす

          ガリ切る間も教室に春移りゆく

 


   自由律俳句六句

          変声期や久しぶりに田螺(たにし)取る       

          洗面器に田螺が騒いでいるばぁすでい

          セーター嫌がる僕に朝の風冷たい

          着ぶくれて父会社より帰る

          囚人車僕等のバスの前走る

          硝子戸冷たくて今夜はクリスマス

 
 
    絵・よしひろ  
   


昭和四十二年

 

          元日のこのまま暮るゝ惜しさあり

          われ嫌う雑煮餅だが食べにけり

          初春の陽のあざやかに児のあそぶ

          冬はじめ机上の黄菊溢れおり

          山道の椿の下を通りけり

          陽をすかし窓につららの垂れにけり

          白毛糸編む母の膝春きざす

          新緑の錆たる線路つづきゆく

          湖に低き緑の浸りけり

          湖の面もまわりの樹々もうすみどり

          蝶とぶや作業の音のやみしのち

          新緑をくぐりぬければ湖近し

          わが(ぬか)を冷やし光る風渓谷へ

          若葉より光斜めに窓に射す

          つげること若葉のひびき風に失す

          ひまわりの()()れし児に贈る歌    (山貝トキ先生に)

 
    絵・よしひろ  
            
          炎天の弟ら学帽白覆い

          競技終えプール夕日を閉じこめる

          機械音止みて西日の空仰ぐ

          浜豌豆朝の浜辺の冷砂踏む

          新樹照る君車椅子を脚として

          蝉突如声突きだして鳴きにけり

          蝉の声林に入りてはねかえる

          そらまめの青き莢つみ夕餉あと

          どの田にもはちすまぶしきさかりかな

          とどまりてまたすすみゆくひるのへび

          童去り蛇のうのうと径をゆく

          とらわるる蛇の眸もまた青きかな

          やわらかにあかきそうびのくずれおつ

          駈けてきて手のたんぽぽを見せにけり     

          薔薇置くや古びし字引のその上に

          薔薇を剪る音歯切れよくつづきたり

          薔薇あふるあふるるほどに陽もあふる

          白き薔薇背にカラーフィルムのシャッター切る

          つぎつぎと咲きそろいたる薔薇なじむ

          門飾るばらはあかくてバスを待つ

          朝顔の長き短き蔓ゆるる

          雨すずし誰彼も言うさようなら

 
    絵・よしひろ  
 

 

うしろがき

 

この句集は、私の十四歳から十六歳頃までの俳句作品をまとめた。
 原稿用紙六七十枚におびただしい俳句が書き付けられてあり、ほとんどの俳句が制作年月日を明らかにできるのに驚いた。(まるで日記を読むようだった。)他に句稿ノートが四冊ある。おそらく六、七百句はあると思われる。
 そのうち、足立区立第六中学校の文芸部誌『運河』二号(四十一年)、三号(四十二年)、『橋』(四十年~四十二年 三号まで発行)、足立高校定時制の文芸部誌『あおいめ』六号(四十一年)、商業誌では『計画学習』(四十一年十二月 新学社)『学生交通新聞』(四十一年十二月 交通協力会)、『高一時代』(四十二年 旺文社)、他に生徒会新聞、足立区炎天寺主催の一茶まつり入選句など、かなりの量の俳句が発表されており、今回、何とかなっていそうなもののみ選んで、まとめてみた。
 三年間ののちしばらく俳句から遠ざかり、二十代後半に入って友人たちと深夜酒を呑みながら句会や連句会を開いて遊びだした。一晩に百句を詠む会もやった。俳句はそういう言葉遊びの文芸なのである。今も、おりにふれ、俳句ができあがるが、かつての十代三年間に作ったものの中に入れても同じような出来である。感受性は衰えることはあっても齢重ねて豊かになることはないのだろう。
 今回、十代俳句の選句作業は、見知らぬ少年俳人と対しているようで、新鮮であった。愛読した正岡子規、中村草田男、石田波郷、山口誓子、わずかな縁をもった古沢太穂など、今の私は誰に影響された句かを言い当てることができるが、それも微笑ましい。


 四十数年前、中学生の私は、いきなり俳人の故古沢太穂に弟子入りを申し込んだ。筑摩書房の昭和文学全集で、作家紹介の写真を見て、単に優しそうだという印象だけでそんな手紙を書いたのである。すでに文学全集入りする大家であったにも関わらず、古沢先生は、中学生のそんな行為を笑うことなく、丁寧に一句一句について感想をしたためてくれた。人柄というものであろう。その手紙を私はいまも大切にとってある。ここには古沢先生に褒められた数句や添削していただいた数句も含めた。古沢太穂がプロレタリア文学系の俳句作家であることを知ったのは、ずっと後年のことである。
 句集『煙突』の俳人で早世した岩間清志さんに批評をいただいた俳句も収めた。岩間さんは古沢先生に紹介されたのである。(私は岩間さんの死を、たまたま手にした一九七三年六月の新聞「赤旗」で知って驚いたのである。)
 最近、中学時代からの友人の川柳作家江畑哲男氏が句文集出版記念の講演で、「洗面器に田螺が騒いでいるばぁすでい」を取り上げてくれ、中学の文芸部の部会に提出したこの句が「俳句を真剣になって勉強し始めた」契機になったと語ってくれたのはうれしかった。(川柳誌『ぬかる道』平成十二年十月号「川柳とその周辺」)
 いまさら句集を持つ気などないのだが、中学生俳人の句だけは形にしておきたかった。こういう我が儘なことが出来るのも同人雑誌の良さである。前にも私家版として編んだことがあるので、今回たわむれに「定本」として五十句ほど増やした。
 挿絵は、やはり中学生のとき作った『足立植物目録』という冊子を二冊編集したおりの自筆スケッチである。

 
 
 荒川佳洋の作品

 線を刻む長い紙

 旗を揚げる

 K湊

 もし耳ありなば/墓参


 掌編三つ(蚕/春の幽霊/跛行)

 ナイトハイスクール1970❶ 

 ナイトハイスクール1970❷

 蹠の春(あしうらのはる)

 伺候(しこう)

 (連詩)あにのくに、まぼろしのくに

 定本 中学生句集

 
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