独断的JAZZ批評 386.

本田 竹曠
ここにはジャズの魂を揺さぶるエモーションが凝縮されている
"THIS IS HONDA"
本田 竹曠(p ), 鈴木 良雄(b), 渡辺 文夫(ds)
1972年3月 スタジオ録音 (ART.UNION ABCJ-272)

本田竹曠が急逝したのは昨年、2006年の1月12日のことだ。一度は脳卒中で倒れ、それから奇跡の回復をし、もう一度ピアノを弾くべくツアーなどを練っていた矢先だったという。本当に惜しまれる死であった。
年末から追悼アルバムが出始めていた。これを契機として、一番のお気に入りのこのアルバムを再度購入した。35年前に何回も繰り返して聴いたアルバムであったが、その後、アナログLPを全て処分したので今回の再購入となった。このアルバムは
真摯な制作態度と録音の良さで、何回も何回も大音量で聴いたアルバムである。本田竹曠、27歳の時の録音である。
久しぶりにこのアルバムを聴き直して、
35年の歳月を忘れて感動した。過去に、日本にはこんなにも素晴らしいアルバムがあったのだ。このアルバムは今はなきトリオレコードで制作され発売されていた。かつて紹介した1976年録音の福井良"SCENERY"(JAZZ批評 288.)や1978年録音のトミフラの"PLAYS THE MUSIC OF HAROLD ARLEN"(JAZZ批評 280.)も同じトリオレコードの制作だったという。しかし、こういう真面目なものづくりを目指したレコード会社がなくなってしまうのはジャズ・ファンとしては本当に哀しい限りだ。機会があれば、是非、併せて聴いてもらいたいアルバムだ。
僕は、今この精神を引き継いでいるのがデンマークのSTUNT RECORDSだと思っている。CARSTEN DAHL, STEFANO BOLLANI, KASPER VILLAUME等(JAZZ批評 246.と 264.と 243.)のアルバムはプロデュースする側と演奏する側が一体となって真剣で真面目なアルバム作りを行っている。目指すところは「売れるアルバム」ではなくて、「いいアルバム」なのだ。

僕は声を大にして言いたいのであるが、若い人、そして、ジャズをかじり始めた人にこのアルバムを是非とも聴いてい欲しいと思う。ここにはジャズの魂を揺さぶるエモーションが凝縮されている。願わくば、大音量で聴いて欲しい。良いなと思ったら何回も何回も繰り返し聴いて欲しい。繰り返し聴いているうちにジャズとは何かということが少しずつ分かってくると思うのだ。

演奏曲目は全てスタンダード。聞き古されたスタンダード・ナンバーであっても、ミュージシャンが本気になって演奏すれば、これほどの刺激的で素晴らしい演奏になるのだということを教えてくれる。

@"YOU DON'T KNOW WHAT LOVE IS" スロー・バラードでスタートするが徐々にテンションが高まっていく。その様がいい。初めてこのアルバムを聴いた時、この唸り声は何なんだ!と思ったものだ。本田のピアノにしっかりと連れ添う鈴木のベースがいいねえ。
A"BYE BYE BLACKBIRD" 古くはRED GARLAND(p)の名演があるので紹介しておこう。MILES DAVIS "'ROUND ABOUT MIDNIGHT"(JAZZ批評 149.
B"ROUND ABOUT MIDNIGHT" T.MONKの書いたスロー・バラードの名曲。ここではピアノ・ソロで熱演。
C"SOFTLY AS IN MORNING SUNRISE" 2ビートでスタートし、サビの8小節が4ビート。以降、アドリブはスインギーな4-ビートを刻んでいく。
D"WHEN SUNNY GETS BLUE" 僕の大好きな曲のひとつ。と言うよりもこの演奏を通して好きになったといってもいいかも知れない。テーマのサビの8小節を「チン」さんこと、鈴木のベースが歌う。
E"SECRET LOVE" アップ・テンポでグイグイ突き進む。

ここにあるジャズは、お手軽、気軽に昔の名前で出ているようなピアニストを呼んで耳当たりの良いスタンダード・ナンバーを数曲入れて安直に作ったアルバムとはわけが違う。
ミュージシャンの「本気」が音となって聞こえてくるのだ。
自戒の念をこめて言うと、海外の二流、三流のピアニストのアルバムを10枚買い漁るよりは、こういう真摯なアルバムを10回聴く方がジャズの楽しみやエッセンスを思う存分に満喫できるだろう。今年は日本のジャズにも今まで以上に焦点を当てていきたいと思った。
一点、苦言を呈すれば、このCDのライナーノーツはイソノテルヲ氏が書いていると思うのだが、何のクレジットもないのは如何したものか。因みに、録音エンジニアは菅野沖彦氏である。

このアルバムに再会できたのは正月早々縁起がいい。迷わず「manaの厳選"PIANO & α"」に追加した。そして、合掌。   (2007.01.08)



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