『王手』['91]
『ガキ帝国』['81]
監督・脚本 阪本順治
監督 井筒和幸

 これが阪本順治の『王手』か。長らく気になりながら未見だったものをようやく片付ける機会を得た。定例の合評会の課題作としてカップリングされている『ガキ帝国』のほうが先に撮られた映画なのだが、既見作なのでこちらから観賞することにしたものだ。原作及び共同脚本に空中庭園['05]が印象深い豊田利晃の名があって驚いた。エンドロールを眺めていると、監督助手も務めていた。

 平成の世になっても昭和色満載の新世界を舞台にしている作品ながら、既にこの時点で、めくら将棋とは言わずに“目隠し将棋”と言っていることに吃驚した。観たこともない大盤を通天閣の展望台に広げて、数百にのぼる駒を並べ、幾日もほぼ不眠不休で飛田歩(赤井英和)と師匠の老真剣師三田村(若山富三郎)が対決する場面に瞠目し、その通天閣の窓外に日本海と思しき海が広がるショットには感心したが、全体的にロケーションは好いものの、妙に間延びした緩さを感じて、作品的には少々物足りなかった。

 将棋の平均手数と思しき百十手と床技の四十八手を掛けた冗句を交わす日本海のストリッパーこと照美【てれび】を演じた広田玲央名が思いのほか好くて驚いた。また、飛田に敗れて引退に追い込まれる桂八段を演じた伊武雅刀や、まだ青年の矢倉名人(坂東玉基)を飛田が倒したことで全ての借金が棒引きになる金貸しヤクザを演じていた國村隼の若さにも驚いた。

 阪本監督作品は、これまでに『傷だらけの天使』『顔』『KT』『ぼくんち』亡国のイージス魂萌え!『闇の子供たち』『行きずりの街』『大鹿村騒動記』『北のカナリアたち』『人類資金』『団地』エルネスト半世界せかいのおきくと観てきているが、やはり『魂萌え!』と『半世界』がいい。

 言わずと知れた坂田三吉の『王将』に着想を得ていると思われるが、原作は未読で映画化作品も伊藤大輔監督・脚本作品しか観ていないものの、本作では『王将』にはない浪速の笑いと猥雑を盛り込みつつ、日陰者の反骨と気概を描こうとしているように思った。だが、それだけに阪妻の『王将』とつい比べてしまい、やはり観劣りが否めないように感じた。


 翌日観た『ガキ帝国』は、実行委で井筒監督を招聘して上映した四半世紀前以来となる再見だ。前日に観た『王手』のちょうど十年前の作品で、同じ大阪でも新世界ではなく、1967~8年の難波のほうを舞台にしていた。僕が九歳の時分のミナミの不良高校生の世界を描いた作品に共感を覚える部分はまるでなく、わずかに音楽として流れるグループサウンズに同時代的記憶を誘われるだけだったように感じるのは、二十五年前と同じだった。同じように裏社会との境界域に生息するはぐれ者の若者たちを描きつつも、無軌道が過ぎているように感じるからだろう。

 かねてより徒党を組んで威勢を張る輩が苦手というか嫌いだから、そちら側にどっぷりと嵌まり込んでいくコウ(升毅)やら、請われてとはいえ次第に染まっていくリュウ(島田紳助)よりも、そういうツレに馴染めず疎外感を覚えて離れていくケンこと金田健一(趙方豪)が好いのだけれど、ケンをも含め、喧嘩とイキガリやスゴミに明け暮れる、所謂不良というかチンピラの姿に、観ていて食傷を覚えずにいられなかった。

 作中に出てくる内藤洋子と舟木一夫が共演した映画は何だったのだろうとふと思ったら、チャプターリストに『君に幸福を/センチメンタル・ボーイ』とあった。'67年の丸山誠治監督作のようだ。また、リュウたちのマドンナだったものがケンのほうへとなびいていった京子(紗貴めぐみ)だったが、彼女が成人映画に出演しているのをリュウが見つけた映画館でのポスターは、『私は見られた』『夜ひらく花』だった。劇中に映っていたのは前者だったような気がしたが、ともに'66年作品らしい。

 井筒作品は『晴れときどき殺人』『二代目はクリスチャン』『さすらいのトラブルバスター』『のど自慢』ビッグショー! ハワイに唄えば『ガキ帝国』『ゲロッパ!』パッチギ!パッチギ! LOVE & PEACE『黄金を抱いて翔べ』ヒーローショー『パッチギ!』足乃裏から冥王までと観て来ているが、好きなのは『パッチギ!』『のど自慢』くらいのような気がする。


 合評会では、両作ともに通じる“ガサツで小汚い浪速の世界”が性に合わないという意見から、『王手』は生涯ベストテンに入るくらい好きで繰り返し観ているし、『ガキ帝国』も気に入っているという者、『ガキ帝国』は全くダメで観るのを止めたけれども、『王手』はユーモアが効いていて爆笑箇所が至るところにあり、通天閣界隈の下町情緒と人情も炸裂していて好ましかったので、圧倒的な差で断然『王手』に軍配上がるという者まで、かなり意見が分かれたのが面白かった。

 『ガキ帝国』を途中で断念というのは、わかる気がした。最後まで観ると、多少持ち直してくるとは思うのだが、まさに嫌気がさしてくる臭みが井筒色なのだろう。それに対して『王手』は、緩さが目に付くくらいだから、中断させるほどの嫌気やら臭気のようなどぎついものは湧いてこないように思う。笑いの取りに来方は、わりと似ているような気がしたけれど、ユーモアにはかなり差があったように思う。どちらを支持作とするかの評決は採らなかったが、感じとしてはメンバー四人とも『王手』のほうだったような気がする。

 そして『王手』について、笑い処を列挙(①加藤雅也が薬局屋で「こん、こん、こん…」とどもっていたら、客のようなその辺のおっちゃんが「お姉ちゃん、コンドームやて」と言うところ。「こんにちは」やわ、と言うと、おっちゃんが「なんや、こんにちは、かいな」で爆笑した。あんなおっちゃん、いるわ、と。 ②将棋道場で、子どもに対して「こども!」と呼ぶところ。 ③一本締めで手打ちをする時、相手に平手打ちするところ。 ④アマプロ戦の観客が対戦者の一手に一斉に揃って身を乗り出すところ。 ⑤赤井が「まいど」と言うと全員が手を挙げて「おいど」と答えるところ。)して、間がよく、キレのある関西のおとぼけノリが懐かしく面白かったと絶賛する意見に対して、まさに大阪的な猥雑で押込み感の強い対人感覚が苦手な者には、少しも可笑しみが湧かなかったという好みの違いの歴然とした差が面白い。

 僕には笑いの取り方自体が相通じる関西ノリのように映るのに、『王手』を絶賛させ『ガキ帝国』を中断させた理由がえらそーなんといきがりとどつきや誹謗の漫才やコントは見ていて笑えないという“毒気”にあるというのは、大いに納得のいくものだった。僕は『王手』に間延びを感じていたのだが、一方でテンポがいいという意見もあった。これについては、個々の場面での笑いのテンポと映画全体でのエピソードを運ぶテンポという着眼の違いによるものであって、『王手』の作中に設えられたギャグやボケツッコミのテンポがいいことへの異議は僕にもない。

 また、『ガキ帝国』のどこに観るべきところがあるのか教えてほしいと問われ、僕もあまり好きではない作品なので少し躊躇うところもあったのだが、ツレ(仲間)に対しては強いコミットを保ちながらも群れたりせず、また齟齬を感じても背は向けない“健一のブレのない立ち位置の貫き方”ではないかと応えた。

 同じ在日のゼニ(名村昌晃)が改造銃で殺害されたことに対してホープ会に殴り込みに行く一方で、同じ在日だからといってコウに与するところはなく、自分と同じように群れで威勢を張ることを見下していたはずのリュウがホープ会の残党から請われて頭に就きピース会に名を変えて、和子(森下裕巳子)からも非難されるような阿漕な集団に変貌しても、静かに離れていくだけで決別まではせずに、逃げてきたリュウは受け入れるけれども、ホープ会で散々非行を重ね、理不尽な社会に盾突いていながら卒業後はちゃっかり機動隊員になって公権力を盾に凄んできたポパイ(上野淳)には敢然と殴り掛かる気概を見せる男だった。
by ヤマ

'25. 3. 2. DVD観賞
'25. 3. 3. DVD観賞



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