『半世界』
監督 阪本順治

 還暦も過ぎているのに幸いなことにこれまで苦労らしい苦労も味わったことがなく、現首相の言う“森羅万象”どころか本作に言う世界の半分さえも、ろくに知らない身の上だから、「甘ったれてんじゃねぇ」が口癖の紘(稲垣吾郎)から一蹴されそうな僕なのだが、何とも言えない情感が沁み渡ってきて心打たれた。39歳の同級生三人が口々に漏らす「いろいろあるんだよ…」の中身や彼らの交す厚情もさることながら、紘と初乃(池脇千鶴)の夫婦の会話が絶妙で、行間のいっぱい詰まった映画だった気がする。

 何か言うべきなのだが気の利いた言葉掛けが思い付かず咄嗟に「靴の踵を踏むんじゃねぇ」と言った紘に「そんなことしか言えねぇのかよ」と痛撃していた息子の明(杉田雷麟)の運動靴も、紘が初乃の父親(小野武彦)と交わして笑ったおかずのサンマや初乃が弁当に仕込んだ二つの桜でんぶも、中古車販売業を営む光彦(渋川清彦)の二等辺三角形も、瑛介(長谷川博己)の自衛隊歴も効いていたし、なかなか見事な脚本だったように思う。そのいずれもが台詞じゃなく映像で示されるものばかりで、実に映画的なのだ。

 紘には不本意な顛末だったかもしれないが、友に恵まれ、妻から求め愛され、息子に遺すべきものを残し得た彼の人生は、確かな甲斐のあるものだったと思う。明の打ち出す拳の力強さとキレが鮮やかに映ってきて美しかった。日誌を綴っている作品だけでも亡国のイージス['05]魂萌え!['07]エルネスト['17]とあるが、これまで観て来た十本を超える阪本順治作品のなかで僕がイチバン好きなのは、この作品のような気がする。




推薦テクスト:「チネチッタ高知」より
https://cc-kochi.xii.jp/hotondo_ke/19033101/
推薦テクスト:夫馬信一ネット映画館「DAY FOR NIGHT」より
http://dfn2011tyo.soragoto.net/dfn2005/Review/2019/2019_04_01.html
by ヤマ

'19. 2.23. TOHOシネマズ8



ご意見ご感想お待ちしています。 ― ヤマ ―

<<< インデックスへ戻る >>>