実際にどのような施術をしているのか、五十肩のフリーライター(渡辺)の話を抜粋します。
診療台に上がって仰向けに寝ながら、1年半程前のある朝、起きてみたら左肩と二の腕辺り
に痛みがあったこと、よくある寝違えだと思ったのにいつまでたっても治らないこと、左腕の痛み
によって肩の可動範囲が狭まったことなどを説明した。
山田 「1年半ですか・・・。それはちょっと、今日だけでは治らないかもしれないね」
渡辺 「今日だけでは治らない?ということは、1回の治療だけで治る場合もあるんですか?」
山田 「よくありますよ。痛み出して間もない症状であれば、その日に完治して2回目はなしと
いうことが多い。何度も通うのは面倒でしょう。私は患者さんに時間的・金銭的浪費
や痛みを強いるのが嫌なんです。」
まず、仰向けに寝た私の両膝下を持ち、ヒザを曲げさせて足の長さを比べる。私は左足の
ほうが長いらしい。左のひざ小僧の位置が右より高い。
次に「うつ伏せになって下さい。」と言われそうすると、山田先生は背骨の位置を確かめる
ように、首の付け根から腰にかけて背骨の突起の両側を軽く触れていった。
山田 「上半身を右に捻った状態でいることが多くないですか?」
渡辺 「はい、原稿書きに使っているパソコンのデスクトップが机の右寄りにあるので、いつ
も身体をそちら側に向けて仕事をしています。
山田 「パソコンを正面に置いた方がいいですよ。背骨が少し歪んでいます。」
身体は正直なものだ日常の生活態度や習慣が直ぐに現れてしまう。そう思いながら「もう
一度あお向けになって」と言われるまま寝返り、両足を再び持ち上げられる。
先生は、持った両足を軽く左右に振る。全身がユラユラ揺れて気持ちがいい。それから腰
を回転させて、ヒザを曲げた右足を左足の外まで持って行き、一度戻して左足を右足の外側に。
腰痛は全く無いので、腰の後ろ側を押されて下半身を目一杯捻ることが出来る。
山田 「これで少しよくなったでしょう。どうですか?」
ヒザを立ててみたら、ひざ小僧の高さが同じになっている。「ウソ!さっきと全然違ってますよ。
両足の長さが合ってる」と編集部のKさん。私はの体験取材に同行し、第三者の立場で観察し
てもらっているのだ。
驚いたKさんには申し訳ないが、心こそかに(まあ、そういうこともあるだろうな)と思った。
骨と骨の間の組織や筋肉がほぐれれば、縮んでいるほうの足が元の状態に伸びることは
十分に考えられる。私は疑り深いのだ。
次はいよいよ左肩に先生の手が触れる。「両腕を挙げて万歳の格好をして下さい。」と言わ
れてやってみたが、左側だけ痛みがあって真上まで挙げられない。右腕は診療台の上部に
ペタンと下ろせるのに、左腕は痛くて宙に浮いたまま止まっている。
両腕を元の状態にさせると先生は、診療台と左肩の間に手を入れて腕の付け根を支えな
がら、もう一方の手で私の左腕をやや伸ばすように持ち上げ、ゆっくりと角度を変えたり回し
たりする。
痛みが不安なところをしっかり支えられているせいか、肩と腕を動かすことに安心感がある。
痛みは全くない。というか、山田先生の手が私の痛みの範囲をちゃんと知っていて、その一歩
手前でセーブしてくれているようだ。
例えば、肩を揉んでもらって、こりがほぐれていく時の心地よさ。痛みはないが、ジン・・・・と
くる感触が効果を実感させる。
山田 「さっきのように、両腕を挙げてみて下さい。ただし無理はしないでね。」
試してくると、左腕がさっきより上がる。つまり「痛い」と感じて動きを止める位置がほんの
1分前より高くなっている。
ふと思い立って自分から症状の検査をしてみた。私は、以前、片腕を下から後ろに、もう
片方を上から後ろに伸ばすと、背中で両手をガッチリつなげられるのが密かな自慢だった。
それが五十肩になってから出来なくなってしまったのだ。そのポーズをしてみて山田先生
に訴える。
渡辺 「腕が痛くてこれが出来ないんです」
山田 「ああ、それですね」
山田 「腕のどの辺がズキズキしますか?」
聞かれて確かめようとしたが、よく考えてみると痛みの場所が正確には判らない。「この
へん・・・・いや、このあたりかな?」と二の腕の外側や内側を押しながら探したのに、自分
でもはっきりとしないのだ。
山田 「その程度判れば結構です。そもそも筋肉痛の原因は、本人が痛いと感じている
ところと別の部分にあることが多いんですよ。75パーセントは別のところに原因
があると思っていい」
先生はそう言うと、私が曖昧に指した部分に片手を当てた。そしてもう一方の手で、私の
手首を持って少しだけ挙げる。腕に当てた手は約10秒ごとに位置をずらし、私が指した部
分の周辺全体に動いた。
当てた手は腕の筋肉を強く揉むでもなく、ギュッと掴むでもない。強いて言えば、手全体で
包むように柔らかく押さえている感じだろうか。山田先生の手は適度な暖かさを持ち、治療
を受けているうちに「手当て」という言葉が自然と思い浮かんできた。
「これで動きますか?」と言われて、左腕を下から背中に伸ばしてみる。「おお、さっきより
上がっていますよ」とKさんが教えてくれる。
先生が「もう少しだね。今はどこが痛いですか?」と言われるので再び腕を動かして痛い
部分を探してみると、さっきとは違うところに痛みが残っている気がした。
痛いところが移動した、というのではない。痛い箇所のベストテンがあったとして、痛みの
第一位がなくなり、第二位の箇所を自覚できるようになった感覚だ。
それを言うと先生は「なるほどね」と笑った。「その表現は的確だと思います。あなたは
先ほど五十肩になって1年半だと言われたでしょう。私が完治までに時間がかかりそうだ
と思ったのは、1年半も痛みを抱えているうちに、その痛みをかばうために別の痛みを増
やしている可能性があるからなんです。日常で『この動きは痛くてできない』となると、身体
はそれを補おうとして別の動きをする。その動きはもともと自然な動きではありませんから、
どうしても体に無理がかかる。疾病期間が長いほど、さまざまな無理が重なって複合的な
痛みになっていることが多いんですよ。」
そう説明されている間にベストテン2位の痛みが治療されたので、もう一度、起き上がって
左腕を背中に伸ばした。「また上がるようになっています!」とKさんから聞くまでもなく、今度
は自分でも自覚があった。左手の指先が肩の上から回した右手の先に触れたのだ。ほんの
5分間の施術で左腕が確実に4センチは高く上がるようになっている。
あっという間に五十肩が改善方向に進んだ不思議を反芻しているまま、残りの施術を受けた。
五十肩になっていない右の肩と腕にも同じ手法が行われ、次いで手指、首、顔の輪郭線、額な
どに移る。どれも無理な力は一切加わらず、自然な動きを助けられているようで心地よい。
「はい、終わりです」と言われるまで、治療にかかったのは計15分。こんな短時間にもかかわ
らず、全身が伸び伸びと軽くなっている。目の前の世界が明るさを増したような爽快感。
ところが、私が「どうして治ってしまうんでしょう。先生がこうやって当てた手に秘密があるんで
しょうかねと言いながら左の二の腕を掴んで揉むと、今までにない慌てた様子で「あっ!揉んじゃ
ダメ!」と山田先生。
えっ、この動作、いけないんですか?
「無造作に揉んだり叩いたりしたら絶対にダメ。試しにさっきの格好をしてごらんなさい」と言われ、
左腕を下から背中に回してみる。
一度は動くようになった腕が痛くて挙がらない!
先生は苦笑交じりに、再び方を治療してくれた。
山田 「家に帰ってからも、痛みを感じる動作をしたり、自分で無造作に触ったりすることはし
ないで下さいね。それだけで身体は『攻撃されている、危ない』と感じて緊張を強めてしまい
ます。私の治療はいわば、身体に『この動きは安全だ。攻撃されているわけではない』とわか
らせて緊張を解くというものなんです。」
渡辺 「身体が危険か、安全かを判断するのですか?」
山田 「はい、正確には『身体の脳』ですね。人間には『身体の脳』と『心の脳』があって、現代医学
の名称に置き換えると身体の脳は生命脳、心の脳は大脳新皮質ということになります。
身体の脳は自律神経など、意識下の生命活動を司っている。これに対して心の脳は、
生命に関わらない思惟活動を担当する。私が自然形体療法で重視しているのは身体の
脳です。人はよく『身体のことは自分が一番よく知っている』などと言いますが、自律神経
の働き方や条件反射の仕組みなどを見れば、心の脳がいちいち判断しなくても、身体が
ひとりでに動くことがあるのは一目瞭然でしょう。」
そして、外部からの接触などに反応するのは、心の脳ではなくて身体の脳。
山田 「そうです。外部環境の変化を五感で察知すると、身体の脳はひとまず、全てを『危険だ、
攻撃されている』と受け止める。動物は全て同じです。そうしなければ、弱肉強食の自然
界で生き残っていけませんからね。身体の脳が『危険だ』と感じることで、筋肉は過度に
緊張してさまざまな痛みを引き起こします。」
この説明のおかげで受けたばかりの山田先生の治療に納得する手かがりを得た。
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