『泣いた赤鬼』(三)浜田 廣介
鬼は、たいそうがっかりしました。気がつくと、鬼は、はだしでとびだして、あつい地めんに立っているのでありました。
鬼は、じぶんの立て札に、うらめしそうに目をむけました。板きれをじぶんでけずって、じぶんで、切って、くぎづけをして、じぶんで書いて、にこにこしながら、じぶんで立てた立て札なのでありました。それでしたのに、なんのききめもありません。
「こんなもの、立てておいても、いみがない。毎日、おかしをこしらえて、毎日、おちゃをわかしていても、だれも遊びにきはしない。ばかばかしいな。いまいましいな。」
気もちのやっさしい、まじめな鬼でも、気みじか者でありました。
「ええ、こんなもの、こわしてしまえ。」
うでをのばして、立て札をひきぬいたかと思うまに、地めんにばさりとなげすてて、力まかせに、ふみつけました。板は、ばらっとわれました。鬼は、むしゃくしゃしていました。まるで、はしでもおるかのように、立て札の足もぽきんとへしおりました。
すると、そのとき、ひょっこりと、ひとりのお客が、戸口のまえにやってきました。お客といっても、人間のお客さまではありません。なかまの鬼でありました。なかまの鬼でも、赤い鬼ではありません。青いとなると、つめのさき、足のうえらまで青いという、青鬼なのでありました。その青鬼は、その日の朝に、遠い、遠い山おくの、岩の家からぬけだして、とちゅうの山まで、雨雲にのってきたのでありました。
「どうしたんだい。ばかに手あらいことをして、きみらしくもないじゃないか。」
青鬼は、えんりょしないで、ちかよりながらいいました。
赤鬼は、いっとき、きまりがわるそうな、はずかしそうな顔をしました。けれども、すぐに、きげんをなおして、青鬼に、どうしてじぶんがそんなにはらをたてているのか、わけは、これこれ、しかじかと、話をしました。
「そんなことかい。たまに遊びにきてみると、そんな苦労で、きみは、くよくよしているよ。そんなことなら、わけなく、らちがあくんだよ。ねえきみ、こうすりゃ、かんたんさ。ぼくが、これから、ふもとの村におりていく。そこで、うんとこ、あばれよう。」
「じょうだんいうな。」と、赤鬼は、すこしあわてていいました。
「まあ、聞けよ。うんとこ、あばれているさいちゅうに、ひょっこり、きみがやってくる。ぼくをおさえて、ぼくの頭をぽかぽかなぐる。そうすれば、人間たちは、はじめて、きみをほめたてる。ねえ、きっと、そうなるだろう。そうなれば、しめたものだよ。安心をして遊びにやってくるんだよ。」
「ふーん。うまいやりかただ。しかし、それでは、きみにたいして、すまないよ。」
「なあに、ちっとも。みずくさいこというなよ。なにか、ひとつのめぼしいことをやりとげるには、どこかで、いたい思いか、そんをしなくちゃならないさ。だれかが、ぎせいに――身がわりになるのでなくちゃ、できないさ。」
なんとなく、ものかなしげな目つきを見せて、青鬼は、でも、あっさりといいました。
「ねえ、そう、しよう。」
赤鬼は、考えこんでしまいました。
「また、しあんかい。だめだよ、それじゃ。さあ、いこう。さっさとやろう。」
青鬼は、立とうとしない赤鬼の手をひっぱって、せきたてました。