『泣いた赤鬼』(二)浜田 廣介
つぎの日、がけ下の家のまえをとおりかかって、ひとりのきこりが、立て札に目をとめました。
「こんなところに、立て札が……。」
見れば、だれにも読まれるかなで書かれていました。きこりは、さっそく読んでみて、たいそうふしぎに思いました。わけは、よくわかりましたが、どうも、がってんがいきません。なんども首をまげてみてから、きこりは山の細道をいそいでおりていきました。
ふもとに村がありました。なかまのきこりにであいました。
「おかしなものを見てきたよ。」
「なんだ。きつねのよめいりかい。」
「ちがう、ちがう。もっともっと、めずらしいもの、古くさくない、あたらしいもの。」
「へい、なんだろう。」
「鬼が、立て札立てたのさ。」
「なんだと、鬼の立て札だと。」
「そうだよ、鬼の立て札なんて、いままで、きいたこともない。」
「なんと書いてあるんだい。」
「いってごらんよ。見ないことには、話にならん。」
さきのきこりと、あとのきこりといっしょになって、もういちど、山の小道をめぐりのぼって、がけ下の家のまえまでやってきました。
「ほら、ごらん。こんとおりだよ。」
「なるほど、なるほど。」
あとのきこりは。目をちかづけて読んでみました。
ココロノ ヤサシイ オニノ イエデス。
ドナタデモ オイデ クダサイ。
オイシイ オカシガ ゴザイマス。
オチャモ ワカシテ ゴザイマス。
へえ、どうも、ふしぎなことだな。たしかに、これは、鬼の字だが。」
「むろん、そうとも。ふでに力がはいっているよ。」
「まじめな気持ちで書いたらしい。」
「そうなれば、このもんくにも、うそ、いつわりが、ないということになる。」
「はいってみようか。」
「いや、まず、そっと、のぞいてみよう。」
家の中から、鬼は、だまって、ふたりの話を聞いていました。ちょっとはいれば、ぞうさなくはいれる戸口を、はいろうともせず、ひまどっているのを見ると、はがゆくて、鬼は、ひとりで、いらいらしました。ふたりは、こっそり首をのばして、戸口の中をのぞいたらしく思われました。
「なんだか、ひっそりしているよ。」
「きみがわるいな。」
「さては、だまして、とって食うつもりじゃないかな。」
「なあるほど、あぶない。あぶない。」
ふたりのきこりは、しりごみをはじめたらしくみえました。赤鬼は、耳をすましてました。こういわれると、くやしくなって、むっとしながらいいました。
「とんでもないぞ。だれが、だまして食うものか。ばかにするない。」
しょうじきな鬼は、さっそく、窓のそばからひょっこりと、まっかな顔をつきだしました。
「おい、たいへんだ。」
「でた、でた、鬼が。」
「にげろ。にげろ。」
ふたりのきこりは、鬼が、ちっともおいかけようとはしないのに、いっしょになってにげだしました。
「おーい、ちょっと、まちなさい。だましはしないよ。とまりなさい。。ほんとうなんだよ。おいしいおかし。かおりのいい、おちゃ。」
赤鬼は、窓をはなれて、外にでて、よびとめようとしましたが、おじけがついたか、ふたりのきこりは、かけだして、ふりむくこともしませんでした。つまずいてよろめきながらも走りつづけて、とっとっと、山をくだっていきました。