アンクルKの他愛もない話

人形劇・影絵劇の台本 BGMを操作しながらナレーター気分になってお楽しみ下さい。

『泣いた赤鬼』(一)浜田 廣介

 

どこの(やま)か、わかりません。その山のかげのところに、(いえ)が、一けんたっていました。

きこりが、()んでいたのでしょうか。

いいえ、そうではありません。

そんなら、くまが、そこに()まっていたのでしょうか。

いいえ、そうでもありません。

そこには、(わか)(あか)(おに)が、たったひとりで住まっていました。その赤鬼は、絵本(えほん)にえがいてあるような鬼とは、かたち、(かお)つきが、たいへんにちがっていました。けれども、やっぱり、()(おお)きくて、きょろきょろしていて、(あたま)には、どうやら(つの)のあとらしい、とがったものが、ついていました。

それでは、やっぱり、ゆだんのできない、あやしいやつだと、だれもが(おも)うことでしょう。ところが、そうではありません。むしろ、やさしい、すなおな(おに)でありました。若者(わかもの)の鬼でしたから、うでには(ちから)がありました。けれども、なかまの鬼どもをいじめたことはありません。鬼の()どもが、いたずらをして、()のまえに小石(こいし)をぽんとなげつけようとも、赤鬼はにっこりわらって()ていました。

ほんとうに、その赤鬼は、ほかの鬼とは、ちがう気もちをもっていました。

「わたしは、鬼に生まれてきたが、鬼どものためになるなら、できるだけ、よいことばかりをしてみたい。いや、そのうえに、できることなら、人間(にんげん)たちのなかまになって、なかよくくらしていきたいな。」

赤鬼は、いつも、そう(おも)っていました。そして、それを、じぶんひとりの心のなかに、そっと、そのまま、しまっておけなくなりました。

そこで、ある日、じぶんの(いえ)戸口(とぐち)のまえに、()()(ふだ)を立てました。

ココロノ ヤサシイ オニノ イエデス。

ドナタデモ オイデ クダサイ。

オイシイ オカシガ ゴザイマス。

オチャモ ワカシテ ゴザイマス。

そう、立て札にかかれました。やさしいかなの文字(もじ)をつかって、赤鬼は、ことばみじかく、()きしるしたのでありました。

▲一番上に

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