『赤いろうそくと人魚』(二)小川未明
海岸に、小さな町がありました。町には、いろいろな店がありましたが、お宮のある山の下に、貧しげなろうそくをあきなっている店がありました。その家には、年寄りの夫婦がすんでいました。おじいさんがろうそくをつくって、おばあさんが店で売っていたのであります。この町の人や、また付近の漁師がお宮へおまいりするときに、この店にたちよって、ろうそくを買って山へあがりました。
山の上には松の木がはえていました。その中にお宮がありました。海のほうからふいてくる風が松のこずえにあたって、昼も、夜も、ごーごーとなっています。そして毎晩のように、そのお宮にあがったろうそくのほかげが、ちらちらとゆらめいているのが、遠い海の上からのぞまれたのであります。
ある夜のことでありました。おばあさんは、おじいさんにむかって、
「わたしたちが、こうしてくらしているのも、みんな神さまのおかげだ。この山にお宮がなかったらろうそくは売れない。ありがたいと思わなければなりません。そう思ったついでに、わたしは、これからお山にのぼっておまいりをしてきましょう。」といいました。
ほんとうに、おまえのいうとおりだ。わたしも毎日、神さまをありがたいと心ではお礼をもうさない日はないが、つい用事にかまけて、たびたびお宮へおまいりにいきもしない。いいところへ気がつきなされた。わたしのぶんもよくお礼をもうしてきておくれ。」と、おじいさんはこたえました。
おばあさんは、とぼとぼ家をでかけました。月のいい晩で、昼間のように外は明るかったのであります。お宮へおまいりをして、おばあさんは山をおりていきますと、石段の下に、赤ん坊が泣いていました。
「かわいそうに、すてごだが、だれがこんなところにすてたんのだろう。それにしてもふしぎなことは、おまいりの帰りに、わたしの目にとまるというのはなにかの縁だろう。このままいっては、神さまのばちがあたる。きっと神さまが、わたしたち夫婦に子どものないのを知って、おさずけになったのだから、帰っておじいさんと相談をしてそだてましょう。」と、おばあさんは心の中でいって、あかんぼうをとりあげながら、
「おお、かわいそうに、かわいそうに。」といって、家にだいて帰りました。
おじいさんは、おばあさんの帰るのをまっていますと、おばあさんが、あかんぼうをだいて帰ってきました。そして、いちぶしじゅうを、おばあさんは、おじいさんに話しますと、
「それは、まさしく神さまのおさずけ子だから、だいじにそだてなければばちがあたる。」と、おじいさんももうしました。
ふたりは、そのあかんぼうをそだてることにしました。その子は女の子であったのです。そして胴から下のほうは、人間のすがたでなく、さかなの形をしていましたので、おじいさんも、おばあさんも、話に聞いている人魚にちがいないと思いました。
「これは、人間の子じゃあないが……。」と、おじいさんはあかんぼうを見て頭をかたむけました。
「わたしも、そう思います。しかし人間の子でなくとも、なんと、やさしい、かわいらしい顔の女の子ではありませんか。」と、おばあさんはいいました。
「いいとも、なんでもかまわない。神さまのおさずけなさった子どもだから、だいじにしてそだてよう。きっと大きくなったら、りこうな、いい子になるにちがいない。」と、おじいさんももうしました。
その日から、ふたりは、その女の子をだいじにそだてました。大きくなるにつれて、黒目がちで、美しい髪の、はだの色のうす紅をした、おとなしいりこうな子となりました。
挿絵:市川 禎男