市民による市民のための裁判制度に向かって 本文へジャンプ
評議の問題
  自己主張が苦手な人も少なからず!! 
   
ゲーテは「正直者がしばしば最も巧妙な食わせ者の手くだを見
抜く」と言う。自由な雰囲気のもとで充実した評議が行われる
ことを期待
   
しかし,
人との議論を好まない人は周りにいませんか


団体,グループで目標に向かって歩く際,道が違うと思いつつ,
「道が違うのではないか」とまで言い出せず,そのまま後をつい
て行ったことはないですか

会議の際,自分の意見がありながらも,言い出し難い雰囲気の
もとでつい言いそびれてしまった経験はないですか

血液型と性格との関連性につき何ら科学的証明がないにもかか
わらず,一般的に云われている血液型性格のパターンに自分の性
格を当てはめ,引きずられたことはないですか
                          
                            
評議で順番に意見を聞かれる際,自分とは反対の意見を複数の人
から連続して言われた場合,自らの意見を言い出せず,その複数
の人の意見に同調することも想定可能
   
多数の人と違う意見を述べることに,負担・苦痛を感じる人も!
                               
自分だけみんなと違う意見を言うことに抵抗感を有し,あるいは
みんなと違う意見を言えば,自分の意見の根拠を的確に述べなく
てはならないと思い,同調してしまうおそれ!
                            
裁判員(CJ)に自らの意見を述べてもらうためには,評議の際に,
一人ずつ紙を配布し,そこに自らの意見(有罪か無罪か,あるい
は量刑について)を
ひとまず記載してもらった上で評議・評決を
行うなどの工夫が必要。評決時も然り
   
   常識とは
 
裁判員裁判(CJC)は,市民の常識で事実を認定することに意義
があると言われる
 
   
筆者(若ベン)が,以前,司法修習生に「常識に基づいた事実
認定が大事」と指導しても,修習生は「常識って何かが自分に
はまだ自信が持てない」旨答えることが度々
                            
20歳の市民も裁判員(CJ)に選任される可能性があり,上記
修習生と同じことも。自らの意見よりも,終始,その他の裁判員
(CJ)や裁判官の意見に同調の可能性も
   
「常識」は,時・場所の如何を問わず普遍的なものがある一方,
価値観の多様化・ライフスタイルの変化などによって変わり得る
ものもあり,その捉え方は人によって相違
                            
「常識」「常識」という言葉をあまり強調しないで,若い感覚,
あるいは,それぞれの感じ方で意見を開陳してもらう方策の必要
   
   量刑資料について
   
素朴な市民感覚も各人によって微妙に異なる以上,同じような事
案であっても,裁判員裁判体によって量刑が異なることは想定の
範囲内
                            
もっとも,類似事案で,その量刑が裁判体によって極端に異なる
のも,平等原則に反しかねない
                            
量刑資料の参考は必要。ただ,当初量刑資料を提示すれば,どう
してもそれに引きずられ,市民感覚を導入した趣旨が半減
                            
ある程度の量刑の評議が進んだ段階で,他の類似事例の量刑と極
端にかけ離れていないかの検証手段として提示


 トップページへ  裁判員制度へ  市民の負担へ  5人制と9人制へ  審理等の問題へ  
 死刑の評決へ   えん罪へ   その他検討課題へ   関係法令へ