4月23日朝日新聞に、在宅医療・介護「訪問看護師の良さを知って」という記事が載った。
超高齢社会の実態と対策について神奈川版に「迫る2025ショック」と題する記事が長く連載され、
そこに訪問看護師の仕事ぶりが取り上げられていたが、そのまとめともいうべき記事である。
医療の中心となる医師と介護の中心となるケアマネジャーの間にあってそのどちらとも手をつなげる職種として訪問看護師がある。
病院から医療依存度の高い患者(中心静脈栄養、人工呼吸器、褥創処置その他)
が退院した際には訪問看護師がいなければ在宅療養は不可能である。
さらに家族に医療的介護のアドバイスをするだけでなく、
家族の話を聴くこころのケア的な役割からケースワーカー的な仕事までこなすこともある。
現在、横浜市各区で進行中の在宅医療モデル事業も訪問看護師の役割が大きい。記事はその「人間力」のすごさに触れていた。
ただ、僕は在宅療養を考える際に、このような新聞記事にはまず載らないであろう、ヘルパーさんたちの、
目立たないけれども大切な働きに触れないわけにはいかない。
昨年、生活保護を受けていた独り暮らしの男性がアパートの一室でひっそりと息を引き取った。
その日は休日だった。役所の担当に電話し葬儀屋さんが来るまで僕と共に彼のそばにいたのは担当のヘルパーさんだった。
食事に文句をつけたり徘徊して帰れなくなったり、介護に苦労したひとだった。
遺体を車に乗せ見送るときにはヘルパーさんの仲間数名がアパート前の空き地に集まってきていた。
薄暗いなか円陣を組むように立ち、丁度月が照っていて、僕には何故か宮沢賢治の童話の1シーンのようにみえたのだ。
もうひとりは、介護を導入するのに大変な苦労をしたやはり独居の老人。今年のはじめ在宅で亡くなった。
凍えるように寒い夜で僕が看取ったときケアマネジャーと一緒にずっと世話してきたヘルパーさんもきていた。
遺体を囲み皆でそれまでをふりかえり話をしながら彼女は涙を流していた。
他にもたくさんあるがここには書ききれない。
これらの人たちの仕事は看護師とは異なる。ささやかで地味である。
しかし、どのヘルパーさんにも僕はそのささやかさゆえの「人間的な暖かさ」を感じる。
雨の日も雪の日も必ず担当のひとを訪ねる。じぶんのしなければならない仕事を静かにもくもくとこなしている。
とりわけ孤り暮らしの老いの苦しみを同じ目線で聴くことができるのは医者でもなく看護師でもなくヘルパーさんたちかもしれない。
ひそかに僕はソルジェニーツインの『マトリョーナの家』のマトリョーナを思い出す。
「そのひとのそばにいながら皆知らないのだ。そのひとが敬虔の人だということを。
そのような人がいなければ村も町もそしてこの地球全体も立ち行かないということを。」
4月18日、横浜市西区に初めて認知症カフェがオープンした。 西区在宅介護者のつどい「あけぼの会」の代表竹下さんが中心になって立ち上げた。 戸部本町地域ケアプラザが後援。わたぼうしカフェ。ふわふわと包み込まれるイメージ。いい名前だ。 物忘れが出始め、毎日の生活に少し不都合がみられるようになる、とても不安である、 しかし、介護サービスを利用するには至ってない、このようなステージのひとや家族にカフェは拠りどころのひとつになるだろう。 当面毎月第3土曜日、午後1時から4時まで開く。介護保険サービスと違い本人、家族その他誰でも立ち寄り、 1杯50円のコーヒーあるいは紅茶を飲みながら認知症について相談することができる。午後の往診を終え、閉店間際のカフェを訪ねた。 竹下さんの静かな情熱が伝わってくる。彼女の在宅介護者のつどいの代表としての活躍ぶりはよく知られている。 多くの困難な在宅患者や家族を支えてきた。そして現在も。さらにここにわたぼうしカフェが加わる。 認知症になっても住み慣れた場所で生きてゆくことができる、そのひとつの礎石がここに置かれた、その意味は小さくないだろう。
心臓病で大学病院(総合医療センター)の循環器内科に通っている男性。もとヘビースモーカー。
認知症になりかかりつけ医を希望し僕の外来へ通うようになった。
認知症のひととのコミュニケーションのために血圧、聴診、酸素飽和度などは必ず診るようにしている。
彼はいつも飽和度が90%を少し越えるくらいだが呼吸苦を訴えない。しかしやがて歩行に支障が出るようになった。
大学の心臓専門医に彼からそのことを話すのだがいつも「心臓は落ち着いています」という話なのでそのまま帰るという。
運動後は90%を切るようになり付き添いの妻に詳しく訴えるように指示。
その結果、初めて酸素飽和度が測られ心臓専門医はようやく気づいて、在宅酸素療法が開始された。
心臓はくわしく診るが呼吸器には注意が払われない。奇妙なことだが実際の話である。
つぎに、食思不振から総合病院消化器内科に通院している高齢女性。軽い肝機能障害があり定期的にフォローされていた。
かかりつけ医を希望し僕の外来を訪れた。不整脈(心房細動)があり心雑音も目立つ。
抗凝固療法をした方がよさそうだが、念のため同じ総合病院の循環器内科で診てもらった。
その結果重度の弁膜症があり弁形成術の適応が検討されることになった。また抗凝固療法がはじまった。
かかりつけ医を持とうとしなければ不整脈や心弁膜症は放置されたままであった可能性がある。
このふたつの例はたまたま最近遭遇したのだが、ふりかえれば似たようなケースはたくさんあるだろう。
僕が病院勤務医であったころを思っても反省するケースは少なくない。じぶんの専門の領域に関しては最大限の努力をして診る。
専門以外の分野には手を出さない。病院とはそういうところだった。
ただ本多虔夫先生は必ず患者の問題リスト(独居など社会的問題を含む)をカルテのはじめに作成すること、
患者の頭の先から足の先までの問題を含むROS(review of system)を書くことを僕らに教育していたのではあるが。
米国では入院した患者を専門の枠を越えてジェネラルに診るホスピタリストという医師が育ってきているようだ。
日本にも普及させようという動きがある。病院の外来では総合内科医がその役割を担っているのだろうか。
一方、これらの事例はかかりつけ医のジェネラリストとしての役割(患者をトータルに診る)をあらためて浮き彫りにしている。
病院専門医にはできないことがかかりつけ医にはできる。
そして両者が補いあうことで患者のためにより良い医療ができる、そういってよいであろう。
アパートに独り暮らしの高齢の女性。2~3か月前から何らかの精神変調を来していたらしい。 或る晩、錯乱状態となり遠方の兄が呼ばれた。区役所高齢支援課を通して翌日、僕の診療所を訪れた。 錯乱はおさまっていたが、幻覚妄想の存在が示唆され、入院が必要と思われた。某総合病院精神科に診察を電話で依頼した。 担当医は、比較的急速な発症でせん妄が疑われるのでまず内科で診てもらってからでないと診ることはできないと述べた。 しかし今前景にあるのは精神症状であり、 認定内科医である僕がみて意識も明瞭でありバイタルに異常なく内科的精査を優先すべき状態ではない。 どうみても精神科的診断と治療が優先されなければならない状態である。 万が一内科疾患が潜在していたとしても総合病院であり内科に併診してもらうことは可能ではないか。 患者はアパートに帰ることはできずその日をどこで過ごすか困っている。高齢の兄は昨晩寝ずに付き添って体力的に限界である。 何とか診てもらえないかと僕は頼んだのだが、埒があかなかった。せん妄はまさに精神科医の守備範囲。 それを診ることができない。内科との院内連携も困難。それぞれのそのときの事情は色々あるであろう。 だがそれにしても・・、と僕は思う。
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