臨床余録
2025年5月11日
認知症とレカネマブ


 アルツハイマー型認知症の新薬として話題のレカネマブについての記事が朝日新聞に載った。以下その概要である。

 80代Aさんは日付や曜日を認識できず、買物や料理ができなくなり食器を仕舞う場所がわからなくなった。かかりつけ医からアルツハイマー型認知症と診断され投薬されたが効き目を実感できずのむのをやめた。K総合病院の物忘れ外来を受診、主治医となったB医師から軽度認知症と診断され、認知機能が回復する可能性は十分あるとされた。Aさんの夫が新薬レカネマブについて知り、B医師がK病院の第一例としてAさんに新薬を使いはじめた。しばらくするとあまり喋らなくなっていたAさんが野球中継をみてコメントするようになった。表情も明るくなり洗濯など簡単な家事ができるようになり、ひとりで散歩にでるようになった。主治医のB医師はレカネマブによって家事の一部ができるようになり、うつ状態も改善されたと考えられると話した。

 この記事を読み驚いた。というのも、レカネマブを投与するときに、その価格の高価なことや副作用のリスクとともに、強調されるのは、この薬が病気の症状を改善することはなく、病気の進行を遅らせるだけであることだ。Aさんご夫妻が生活上でよくなった点をレカネマブの影響と考えたのは無理もないかもしれない。ただ主治医がそれをレカネマブの効果としたこと、それを記事にした朝日新聞には問題があると思う。以下は朝日新聞担当記者への僕のメールである。

朝日新聞 担当記者様
2025年4月25日朝刊、くらし面、患者を生きる欄、「認知症とレカネマブ4」を読みました。
レカネマブは基本的にアルツハイマー型認知症の脳病理の進行を遅らせる薬であり、症状を改善することはないと理解しています。
A様の家事能力の改善、うつの改善、MMSEの点数改善などはレカネマブ投与に際してのケアによるものではないでしょうか。
いわゆるperson-centered careにより症状が改善することは日ごろの臨床で実感しています。
記事はmisleadingな内容でありMCIや軽度認知症の患者さん、ご家族が混乱する懸念があります。

 それに対して、朝日新聞取材班から「メールの内容を取材班で共有し今後の紙面作りに生かしたい」と返事のメールをいただいた。

 レカネマブ投与により脳のアミロイドが取り除かれアルツハイマー型認知症の症状が改善するなら素晴らしいことである。ところが治験での結果は病気の進行を遅らせる点において、統計学的な有意差はあるものの臨床的な有意差があるとは言い難いとされている。レカネマブのグループもプラセーボのグループもどちらも症状が悪化しているのである。レカネマブグループの悪化の度合いが0.45点分小さかったために「改善」とされたのだ。

 カール・へラップは、『アルツハイマー病研究、失敗の構造』(梶山あゆみ訳)でアミロイド・カスケード仮説への疑念とともにアルツハイマー病とは何かという原点に戻ることを提唱している。この本の英語のタイトルは“How Not to Study a Disease The Story of Alzheimer’s”である。




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