臨床余録
2022年11月6日
ACPの何が問題なのか

 Advance care planning(ACP)は人生会議とも呼ばれて今や流行語のようになっている。よい終末期を迎えるためには何はともあれ人生会議といった雰囲気の昨今である。そのACPが終末期のケアの質を改善するエビデンスは存在しないという論考がJAMAにWhat’s wrong with advance care planning?というタイトルで掲載された。著者が緩和ケアのオピニオンリーダーであるRSMorrisonであることもあって少なからず衝撃が走っている。例えば週刊医学界新聞は特集で『踊り場に立つACP, いま何が求められるのか』というタイトルで諸氏が論じている。それぞれが当惑のようなものをにじませながら何が問題なのか明らかにしようとしている。日本医師会の図書館から問題の論文を取り寄せ読んでみた。以下抄訳である。

 ACPは価値を貶められてきた終末期ケア(end-of-life care)への応答としてこの30年姿を現してきた。ACPが患者の目標に調和したケアをもたらすという想定はその使用をすすめる広範な公的イニシアティブを導きACPの対話に医師を参加させmedicare medicaidサービスセンターや消費者の評価にも役立つとされた。しかしながら、科学的データはこの想定を支持していない。ACPは終末期ケアを改善しない、ACPの記録は終末期対話の信頼できる価値ある良質な指標の役を果たさない。

What is ACP?
 ACPの目的は意思決定能力を失った患者の終末期にあってゴールに適合したケアを確かにすることである。それは将来の医学的ケアについてその目標、価値、嗜好を理解し共有することを支援するプロセスである。また医学的決定をする信頼できる人間を選び準備すること、将来必要なとき役に立つようにこれらの希望を記録しておくことである。ACPはすべての成人がこのプロセスに参加することを奨励する。ACPは重篤な状態の患者について瞬時に決定することとは異なる。
 もしACPが終末期に高い質のケアをもたらすなら、それを推進することは意味があるし、価値に基づくケアに統合するだろう。しかし、現在存在する高い質の多くのエビデンスは、ACPが終末期ケアを改善しないことを示している。ACPが終末期の医学的決定に影響を与えたというエビデンスはなかった。ACPと救急医療の頻度、入院、などとの関連もなかった。ACPを受けても、通常のケアを受けてもQOLに差はなかった。

Why does ACP not achieve its desired outcome?
 ACPがその期待される結果をもたらさなかったということは、仮説的(hypothetical)シナリオと臨床的場面での意思決定プロセスとの間のギャップを示している。ACPの成功には8つのステップが必要である。

Should efforts to address the problem of ACP continue?    
 これらのデータはACPの有意義な効果を減じるものではないという意見もある。ACPは良い終末期ケアに必要ではあるがそれだけでは十分ではないとする擁護者もいる。その将来の大切な価値と目標、治療選択に関して患者と対話を重ねること、そのことが今必要なことではないだろうか。
 これらの議論を受け入れ今まで通り進んでいくことで思わぬ結末に至ることもある。ACPが良質の終末期ケアに必須のものと奨励していくことはそれ以外の領域を損なうことになるかもしれない。例えば、ヘルスケア組織はリソースをACPにより多くかけることで、その他のより重要かもしれない臨床ケアが後回しにされることもあるだろう。事前指示(advance directives)や延命治療に関して誤って理解している医師や家族、代理人の存在を研究結果は示している。さらに、事前指示があることで現在のケアの目標について話し合うことが妨げられることがある。とくに病院ではコロナ禍にあって患者や代理人との対面での話し合いは困難で治療選択が文書でのやりとりになったことも寄与していた。
 もしACPが上質の終末期ケアに必須のものでないなら、何が必須のものだろう?。ひとつのアプローチは前もって信頼できる意思決定代理人(health care proxy)を選定しておくこと、そして研究と臨床の方向を現在の代理人と臨床医の間で行われている共同意思決定の改善に向けることである。患者の報告する心理学的に価値のあるアウトカム、症状の重症度、健康関連QOLなどがリアルタイムで測定される。他には、臨床医に聴いてもらい理解されている感覚、ペインへの援助を受けている感覚などが検証されるフィールドとなる。患者の死後に行われる代理人のサーベイは今や退役軍人健康局の標準的質評価を表わし、ヘルスケアプロセスとよいつながりを持ち、患者や家族の終末期経験をACPによる対話から得るものに比らべて、より直接的に評価するものとなっている。
 ACPの歴史は動いている科学のストーリーである。ACPが重篤な患者のよりよいケアをもたらすという信念へのロジックがあった。過去25年間様々な方法で多くの大グループの患者を研究しACPを評価してきた。ACP固有の論理にもかかわらず、エビデンスはそれが望ましい効果をあげていないことを示唆している。多くの臨床医は医学的意思決定のために前もって患者との対話を推し進めてきたが、望んだようにケアが改善しなかったことに失望するかもしれない。臨床医の訓練とともに、実際の(not hypothetical)医学的意思決定が必要とされる場面でACPではなしとげられなかったアウトカムをなしとげるために患者と家族が質の高い対話(high-quality discussions)に入れるように準備することにフォーカスをあてた新しいリサーチが必要である。臨床研究コミュニテイは、以前の仮説(prior hypothesis)を支持しないというエビデンスから学ぶべきであり、今までとは異なるアプローチの仕方で重篤な病の人のケアの改善に推進するべきである。


 以上が抄訳である。
 ACPはプロセスであり1回だけの話合いではない、何かしらの結論を出すものではない、ということは理解しているが、どれだけ患者自身の意向を深くとりあげているか、それをエンドオブライフケアに生かしているか。仮説的シナリオと実際の終末期臨床場面でのギャップをふりかえる。ここにあげられたACPに必要な8ステップを中心にこの論考を何度も読みかえし自分の臨床を吟味しようと思う。



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