NEJM 9.24. 2020
“A Farewell Gift from My Mother”と題するエッセイを読む。
神経科医師である娘の診察でわずかな腱反射の異常からMRIをとり脳腫瘍と診断された母親。病院に見舞いに行くと、昔からの眼をぱっちりと開けた情熱的な笑顔で迎えてくれた。右の軽い顔面麻痺がある。車で3時間かかる脳外科病院受診を待つことになった。しかし受診まで数日かかるといわれたがそんなに待っていられない。母のパートナーを乗せて病院の救急外来に来る。途中の車中で母は興奮し「まるで最後は死で終る映画テルマとルイーズの逃避行みたい」と叫ぶ。入院後脳の生検までの8日間に多くの友人が面会にきた。皆希望的にパートナーとの結婚を楽しみにしてると話す一方で葬式の段取りについても話す。アジア式の通夜について話しあったりする。
私の家族は病気や死について話すことを避けるということは一切なかった。母が28歳で未亡人となり30歳で乳癌の診断を受けて以後数回、判断を迫られる(what if)機会を経てきた。従って、母にこういう時はどうするのと問うことで彼女が何を一番大事にしているかを知ることができた。いくつかのシナリオを経験した中で行きついたのはこうだった。“もし私が床に坐ることができず、孫と遊ぶことができないなら生きていたくない”母は動けること、ゴルフすること、喋れることを重視していた。もし治療法がないならすぐに痛みのない状態で死ぬことを許可してほしいと述べた。
母は脳生検のためのマーカーを頭部に「フランケンシュタインみたい」とジョークを言いながらつけてもらった。手術室から脳外科医が出てきて言ったのは最悪、神経グリア腫瘍だった。
母が麻酔から覚めたとき失語症を伴う片麻痺を認めた。生検に伴う出血の影響もあるだろうから少し改善するかもしれないが、大事な一線を越えたことは間違いなく、彼女の望みどおりの最期を受け容れるのが医師でもある私の義務だった。
今後は緩和ケア一本にしてほしいと要望したが様々な抵抗にぶつかった。看護師、レジデント、主治医からは放射線治療専門医に診てもらうことをすすめられた。私は自分の過去に似た状況で何度も無駄な検査などをしてきたことを振り返った。もし私が母と病気の予後について話し合ってこなかったら決めることはできなかったに違いない。そして恐らくICUでリハビリしながら検査を続けることに同意したであろう。しかし母と私はまさにこのシナリオを何度も話しあっていた。ICUにいる時間は母の残された平和な時間を奪っていることになるのだ。
バーモント州のホスピスに着き彼女は医師に自分の希望を知ってもらうように努めた。その医師は彼女のストーリーに耳を傾け、彼女の最も大切にしていることを知り、そして言った。彼女は自殺幇助を受けることはできない、しかし尊厳死(death with dignity)を可能にする選択肢はある。例えば、食べる事、飲むことを止めるなどである。しばらく間をおいて彼女は無表情(dead-panned)で「ほかになにがあるの」と反応した。
以後彼女は笑わなくなり、ナースを楽しませることもなくなり苦悩の表情を見せるようになった。医師は鎮静剤を投与、そして5日後永眠した。
医学的介入がなされれば、彼女は経済的、感情的負担の上で数ヶ月生きたかもしれない。彼女がここまで自分の病気の予後を曖昧さを持たず知り、自分の希望を貫いたことは私たちには一種のギフトといえる。これはいつもあることではない。私は医師として多くの長引くだけの残念な看取りを見て来た。母の価値観を尊重し望ましい死(good death)を持てたことを嬉しく思う。しかしそのwhole lifeを失うことを怖れた母がそれをどう手放すのかを私に見せてくれたことに何よりも感謝したいと思う。
以上が抄訳である。
附記
*「自分の病気の予後を曖昧さを持たずに知り」というところがポイントのひとつ。いわゆるACP(advanced care planning)で延命処置はしないと決めていても最後の段階で決定が変わることはよくあり、それが自然ともいえる。このエッセイの母、娘の場合、以前(2024年2月)の臨床余録「さいごのナビゲーション」にでてくるprognostic awareness(自分の予後の認識)がしっかりと備わり、それを受け容れるexistential maturation(実存的成熟)も涵養されていたと言える。
*「これはいつもあることではない」とされているように、病院内であればあらゆる検査、延命のための投薬や処置が患者のwhole lifeを考えることなくなされ、「長引くだけの残念な看取り」になることが珍しくないのである。
*妻が重症脳出血で倒れ、回復困難のため人工呼吸器などの救命処置はせずに看取った74歳医師の投稿記事が朝日新聞オピニオン欄に載った。一時的に救命しても残る後遺症を考え、また妻も意識のない状態での延命処置は望まないであろうという推測から、すべての医療行為は行わず苦渋の看取りをした報告である。
*この新聞記事の患者の家族もエッセイの家族も医師であることから予後の認識を患者と共有し適切な判断がしやすかったことはあるだろう。
*僕自身の母親は肝癌となり入退院を繰り返し、さいごは自宅で看取ることになった。もう20年前のことである。手術はできず、抗癌剤、ラジオ波焼却療法を受け、それも限界となり自宅療養していた。苦痛を訴えることはなく、訪ねるといつも食堂の椅子に坐りぼんやりしていた。「どうしてこんなになっちゃったのかしらねえ」が口癖だった。医療的にはすることは限られていることを伝え、予後は長くないとほのめかした時の母の絶句した瞬間の表情(dead-panned)、その場面を痛みを持って思い出す。母の生きることを支えるため何ができるかを考え、それまで好きで作った短歌を歌集にまとめることを提案、ふたりで作品を選び一冊にすることができた。しだいに食事が摂れなくなり昼間でもうとうとすることが多くなった。そして寝たきりとなり亡くなった。おだやかな死であったと思う。この僕の経験自体母からのギフトであったと呼べるかもしれない。
The lancet July 12 2025 Editorial :Social prescribing: bringing community back to health を読む。
健康とは身体的、精神的、社会的に満足できる状態(wellbeing)と定義されている。その中でも社会的因子(孤独や負債、様々なストレス)は近代的医学生物システムのなかでは無視されてきた。このアンバランスを是正する試みが要請されている。臨床医やチャリテイ、地域ワーカーによって患者を様々な非医学的地域サポートにつなげる社会的処方は2024年の報告では30の国で利用されるようになり近年盛んになってきた。社会的処方のような方法によって健康に関わる社会的課題に対してより全体的な患者中心のアプローチを提示することは健康の社会的決定要因(social determinants of health)を巡る課題に取り組む助けになるだろうか。
シナリオは、魅力的である。孤独や肥満の問題は満たされないニーズを表現しており巨大な健康負担を生じる。社会的処方により肥満の人は興味があれば地域の運動グループに案内してもらえるだろう、孤独に悩むひとなら友人作りサービスを紹介してもらえるだろう。社会的処方は真新しいコンセプトではない、患者を地域で診る昔ながらの家庭医なら理想的な位置にいる。しかし、社会システムがより複雑になり細分化されそのようなモデルは先細りとなっている。社会的心地よさ(social wellbeing)と身体的、精神的健康のギャップを埋める効果的な介入が必要とされている。
英国は他のヘルスケアシステムにモデルを提供し社会的処方戦略を形式化するリーダーであった。英国はNHS(英国の国民保健サービス)に対して以前の政府の戦略の大部分を形作った、3,500人以上のリンクワーカー、つまり患者を地域の活動につなぐワーカーを雇い、社会的処方のナショナルアカデミーを設立したがそれは英国NHSの10年計画のなかでは比較的小さな目標となった。
社会的処方が効果的であるといういくつかのエビデンスはある。例えばデトロイトの低収入地域での研究ではヘルスワーカーによって地域サービスに結びついている人のERへの救急搬送される率は低かった。・・・しかし社会的処方には限界がある。広くみると、コントロールなしの研究デザインや研究期間やサイズの小ささなどに妨げられ、現在あるエビデンスから強固な結論を引き出すことはむつかしい。
社会的処方は、時に孤立化した介入(standalone intervention)として提示される、しかし複雑化した健康社会システムのなかで考えるとその効果については不確かさがつきまとう。うまくいくかどうかはコミュニティリソースやボランティアグルのダイナミックなネットワークに依るだろう、しかし多くの国で緊縮財政によるこれらの部門でのカットを経験している。貧しい住居や非雇用は経済的に乏しい地域に偏っているがそのような地域でかえって予算は乏しくより多くのコミュニティサービスが必要とされている。だが社会的処方が最も必要とされている人にそれがとどいているのかは不確かである。同様に子どもや若年層にもsocial wellbeingが必要なのだが介入は不十分である。また社会的処方がおおもとの健康の社会的決定要因ではなく個々の症状に対して介入して済ませてしまうというリスクがある。社会的に孤立している人をコミュニティグループに紹介してもそこに行く手立てを彼が持ってなければ努力は無駄になってしまう。
社会的処方は間違いなく健康の社会的決定要因をとりあげるに際しての役割がある。しかし、そこへのアプローチを最適化することが欠かせない。第一に、公平で根拠に基く提案を確実にする標準化された高度の研究を進める努力が特に子どもや若者に対して必須である。第二に、もし社会的処方が社会的ケアの戦略として押し進められるなら、そのサービスを推すボランティアあるいは地域グループに十分な投資がなされるべきである、特に貧しい地域に的を絞って。第三に、どのような社会的処方のモデルが使われようとも、それは健康やwellbeingを形作る広範な経済的社会的状況をとりあげる際の代理物であってはならない。
社会的処方は、健康や社会的wellbeingが概念化される途上にあって、重要な到達点である。しかし、大切なことはいかなるアプローチも統合され全体的な健康社会ケアシステムにつながる努力の一部であるということである。社会的処方を複雑な問題の単純な解決策とすることは誤りにつながるだけでなく、効果もみられない。
以上が抄訳である。
附記
*社会的処方は患者や地域住民の健康を支えるために地域ワーカーが社会的活動や機会を提供し、社会的・心理的課題(ひきこもり、孤立や孤独等)を解決に導く試みである。2006年に英国保健省で推奨され、はじまった。リンクワーカーという訓練を受けたワーカーが中心となる。日本でも特に軽度認知障害や認知症軽度の診断をされたあとのケアの一環として社会的処方が語られるようになったがリンクワーカーの役割を誰が担うのか定まっていない。
*英国でも必ずしもうまくいってるわけではない。特に疫学的にみてエビデンスに乏しいことからさらなる研究が必要な事、社会的処方をおし進めるグループなどへの予算が不十分なこと、より広い健康の社会的決定要因という概念の中に位置づける必要があること、などが上記の論稿の趣旨。
*健康の社会的決定要因(social determinants of health)とは、個人または集団の健康状態に違いをもたらす経済的・社会的(政治的・環境的)条件のことである。個々の人においてこの決定要因を研究することで、どのような社会的処方が必要とされるのかが明らかにされるのではないだろうか。
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