臨床余録
2026年1月18日
横浜大空襲―ある子どもの体験

 88歳の女性Aさんの物語である。
 1945年5月29日横浜大空襲の日、彼女はまだ小学校2年生、8歳だった。下町の自宅は危ないというので山の手の社宅に避難していた。日中防空壕に入っていたが苦しくなって出てきた。そこにB‐29が襲った。母と逃げ歩いた道は火の柱。これで死ぬんだと思った。誰も乗っていない市電が坂をはしりだした。家々はあとかたもなく消えていた。撃たれた弾(たま)が硬い壁にあたって跳ね返ってきた。じっとしていられなかった。低空飛行で近づいてきた戦闘機のパイロットの眼が見えたような気がした。死ぬと思った。あのパイロットに子どもはいるのかしらと思った。「これで死ぬんでしょ」と母に言った。「そんなこというもんでない」と母がかえした。どうせ死ぬんならという思いで母と一緒に火柱の中を思い切って突き抜けた。母に「なんだか歩けなくなった」と告げた。爆風で右脚の骨がやられ曲がったままになった。近くのお寺の神社に寝かされた。疲れて眠ってしまった。翌日目が覚めると右も左も死んだ人だった。お結びが配られた。死んだひとのなかで食べた。次の日の夕かた祖父が来て見つけてくれた。祖父が人力車を取りに行きそれにのって自宅に帰った。荷馬車が坂を往復していたが、車が離れて馬だけが走っていた。しばらくして黒い雨が降った。

附記
*これは訪問診療をしているAさんの最近の或る往診日の記録である。戦争の記憶を語れる人が少なくなる現在、横浜大空襲の記憶を8歳の体験としてしっかり留めている彼女のような人はますます稀れになるだろう。何度も死と向き合いながらの母との痛切なやりとりは心に刺さる。敵のパイロットにも子どもはいるのかしらという撃たれる瞬間のことばは戦争の無慈悲さを幼い心を通して訴えているようだ。
*曲がった右脚はそのままで歩くことはできず大学病院で手術をうけたがうまくいかず。別の病院で再手術を受けた。右脚は成長が止まり短くなった。親戚から身内にそんな状態の子がいると結婚にさしつかえると言われ辛かった。自分の存在が否定され、高校の屋上から飛び降りようとしたこともあった。運動はだめになったが、水泳だけは頑張り人魚姫のように美しく泳げる。しかし、今でも朝目覚めると過去の出来事が浮かび涙が湧くという。


2026年1月4日
新年雑感

 めでたさも中ぐらいなりおらが春 一茶

 昨今の世界のニュースをみると、とても「あけましておめでとう」とは言えない気がします。特にウクライナの人々の置かれている絶望的ともいえる状況を知ると心が苦しくなります。「けだし私は、悪人が善人を害するということが神的世界秩序と両立するとは信じない」と語りつつ毒杯を飲まされたソクラテスを思い、ただ暗澹とするのです。

 「世界がぜんたいに幸福にならないうちは個人の幸福はありえない」と語ったのは宮澤賢治。その童話のなかのグスコーブドリやカンパネルラの生き方に思いを馳せます。自己犠牲の物語ですが、利他の精神の姿とも言えます。

 僕はすでに後期高齢者。どういうわけか自分を楽しませるような、例えば旅行やグルメなどへの興味がゼロというわけではありませんが、薄れてきたのです。冬休みを前にして「先生は外国のどこかに遊びに行くんでしょ?」とかかりつけの患者さんから聞かれることがあります。でもどこにも行きません。偽善的にそうなのではなく、ひとりの医師の生き方として自然にそうなってきたのです。

 Happinessではなく、Wellbeing(*)を目指すといえばいいでしょうか。かかりつけの患者さん一人ひとりが病と向き合いながらも大きな問題なく過ごし、僕自身もこの一日を丁寧に味わって生きることができればいいのかなと思うのです。

 ところで四人の歌人が朝日新聞に新春詠を載せています。川野里子さんの二首に惹かれました。

 疾駆する馬と馬と馬とほりすぎ蹴られて春の大地が匂ふ
 非武装中立地帯のやうに一頭の野生馬はかなた草を食みをり

 二首とも今年の干支である馬を主題にしています。一首目は二句であえて字余りにして馬を重ねることで動きとスピード感が加わり効果的。その馬に蹴られて「春の大地が匂う」という下句で全体が匂いたつような詩的な一首です。二首目は何と言っても「非武装中立地帯」という比喩が卓抜です。日本を含めた現在の武力による対立から戦争が見えている状況へのアンチテーゼとして「非武装中立地帯」で草を食べている「一頭の野生馬」をもってくる。凄い力技と言わざるを得ません。

附記
*「日本型ウェルビーイング」について佐伯啓思氏が朝日新聞「オピニオン&フォオーラム」欄「異論のススメ」に昨年12月20日載せた論稿は多くの学びがあります。

*地方の老人施設に勤めている古い友人からの年賀状にその施設の100歳老人との会話が書かれていました。
 「老いる事って後悔や心残りに向き合う、そういう時期なのかしらねえ・・」
 「全く、そうだに、わしもしょっちゅう育ててくれたおじいさんにもっと感謝して、優しくしとけばよかったと思うに。今、目が見えんだけに、一日中、そんなことばかり、考えとる・・」

*学び直す(unlearn)という言葉があります。老いることは人生を学び直すこと、それは人生を生き直すということかもしれません。上記の葉書のなかの会話を読み、そんな風に思いました。


《 前の月

当サイトに掲載されている文章等は著作権法により保護されています
権利者の許可なく転載することを禁じます