臨床余録
2023年11月12日
ほんとうに必要なくすり

 90歳のその老婦人は4年前から通いはじめた。それまで行っていたクリニックが少し遠いので歩いて通える僕の医院に来るようになった。70歳で転倒し大腿骨頚部骨折で手術を受けたがその後屋外歩行も可能で独り暮らし。薬手帳をみると骨粗鬆症に2種類、過敏性膀胱に1つ、高血圧に1つ、糖尿病に1つ、睡眠薬1つ、高脂血症に1つ、ビタミン剤1つ、高尿酸血症に1つ、全部で9種類でている。いわゆるポリファーマシーであり、副作用のリスクが高い。検査で異常が出てそれぞれに薬がでたのであろう。ご本人は眠れないのが一番つらい、その他何も困らないという。しかし、それまで服用していた薬は急にかえないのが原則なので、ゆっくり様子をみていくことにした。
 通院2-3年後から睡眠薬以外の薬が時々余るようになる。そのうち「薬は睡眠薬以外は飲んでいません、気にしません、大丈夫です、睡眠薬だけください」というようになった。物忘れがでるようになり、予約を忘れるので電話で呼ぶこともでてきた。それでも身の回り生活動作は自立している。
 血糖は正常、血圧は170/96と高いが94歳の人はこれでよい、無理に下げなくてもよいとお話する。若いころには検査異常に対し神経質に投薬していたようだが、今は少し呆け(よい意味の)が加わり、糖尿もコレステロールも気にせず食べることに楽しみをみいだしている。〈老年性超越〉のひとつの例をみさせてもらっている。

 最近、咳の薬が薬局にもなく困っていることを或る信頼している医師に相談したら、かぜの咳は痰をだしてくれる防御反応だから無理に止める必要はない、アレルギーや喘息が関与する咳ならそれぞれアレルギーや喘息の薬を処方すれば鎮咳剤はなくても咳は止まる筈ということだった。

 AIが医療の様々な場面で利用されるようになってきているが、近い将来AIのアルゴリズムがchoosing wiselyの思想をとりいれて処方をチェックするようになるかもしれない。

《 前の月

当サイトに掲載されている文章等は著作権法により保護されています
権利者の許可なく転載することを禁じます