臨床余録
2025年8月10日
『私はがんで死にたい』(小野寺時夫)を読んで

 元消化器外科医から緩和ケア医に転じた医師による一冊。心臓病や脳卒中のように突然発症する病気、あるいは認知症のように生活能力が落ちてから長い間不自由が続く病気、これらの病気と違いがんは発症してから死ぬまで準備の期間がある。その間に死後の整理をしたり周囲のひとに別れの挨拶するなどができる。従って「がん死は心、魂、感情をもつ人間に最も相応しい死に方」と述べる。

 安らかな死を迎えるために必要なことは、

   高度進行がん*になったら手術は受けないこと、
 抗がん剤治療も受けないこと、
 体力のある間に自分のやりたいことをする、
 在宅看取り不可能ならホスピス、
 痛みなど苦痛は極力なくしてもらう、
 食べられなくても点滴は受けない、
 認知症になる前に事を済ませる、
 臨終に近づいたらそっとしておいてほしい、
 安らかな死を妨げるのは最終的には心の痛み。


 がんの本態をよく考えると、がんは人があまり長生きしないための自然の摂理の一現象とも考えられるとする考えは興味深いが、これは超高齢者の場合に限るのではないか。

 ホスピスは死ぬための施設と考える誤解があるという。確かにホスピスを苦痛を和らげ善く死ぬため(good death)の施設と考えがちである。ホスピスでの著者の経験からそうではなくホスピスは終末期を善く生きるための施設と考えるべきであるという。なるほどそうなのだろう。

 担当医から抗ガン剤をすすめられたら自分のがんの状態で何人に1人の割合で効果があるのか、効果があれば治療しないよりもどれくらい長生きできるのかと訊くべきであるという。このアドバイスは役に立つと思う。また思い切って「先生ご自身あるいはご家族だったら抗ガン剤を選択しますか」ときいてもよいかもしれない。

認知症になったときの小野寺医師の3つの希望。
①食事を低カロリー低たんぱくにする、
②不眠、不穏のときは薬を十分だしてほしい
③寝たきりになったら「鎮静」をしてほしい。
この提案も面白い、わかるような気がする。


 がんの治療に関しては 近藤誠の『患者よ、がんと闘うな』の考え(抗がん剤は固形がんには効かないなど)とほゞ同じのように思った。

附記
*高度進行がんとは、がんが周囲の臓器組織に浸潤していたり、他の臓器に転移したりしている状態を指す。

*僕の訪問診療中の患者さんで高度進行がんで手術せず、抗がん剤も投与せず10年以上(近藤誠のいう放置療法で)比較的元気に生活している方がいる。





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