日本からアメリカの大学に留学し資格を得、子ども2人を育てながらシアトルのホームレスや貧しい母親たちを支援する仕事をしている女性からメールがきた。ICEの荒波で移住民はたとえグリーンカードをもっていても逮捕・勾留される恐れがある。
最近のこと、グリーンカードを持っているアジア系医学研究者が逮捕・勾留された。
彼女が仕事にでたまま家に帰ってこられなくなることが現実的可能性としてでてきた。そのときどういう風に動いたらよいか真剣に親子3人で話しあったという。子どもはまだ小学生である。どんなに不安であろうか。幸い彼女には良い友達がいるのでいざというときには頼めるようではあるが。
メールのおわりに1篇の詩が紹介されていた。ARBERTO RIOSによる“We Are of a Tribe”という詩、以下拙訳である。
“われら大部族” アルベルト・リオス
われわれは大地に種を蒔く
そして空に夢を植える
いつか 根がのびてまだ伸び切らない
もうひとつの根に出会うことを願う
それはまだ起らない
われわれは空を分かち合う われわれすべて すべての世界を
ともに 上を見上げる眼の部族
不確かな大地に立つときでさえも
われわれの下の地球は動き、静かに荒々しく
その境界は移りその筋肉はうごめく
空の夢はこれに全く無関心で
境界や囲いや保護地に浸透することなく
空はわれわれ共通の家 われわれが住む場所
そこがわれわれ皆の世界
空の夢にはパスポートは要らない
青空はフェンスで囲まれることはない 青空は罪ではない
見上げよ しばらくそのまま ゆっくりと呼吸せよ
知るだろう いつも変わらずここにホームがあることを
*ICE : Immigration Customs Enforcement: 移民税関捜査局
*グリーンカード:アメリカへの合法的永住資格証明書
近所に独りで暮らす95歳女性Aさんのことである。地域の生活支援課から電話があった。ケアマネージャーと話し合いを持ち、彼女を精神病院に入院させ専門医に診てもらうことになったという。その病院の医師から受け入れはオーケーという返事。そこでかかりつけ医である僕に診療情報を送ってほしいという。
驚いた。彼女が何故精神病院に入らなければならないのか。かかりつけ医である僕には何の連絡もなしに精神病院入院の手続きが進められている。もちろん本人に説明もしていない。そんなことが許されるのだろうか。彼女が頻回に119コールをし、救急隊が病院搬送を繰り返してきたことは事実である。ヘルパーさんを怒って追い出すこともよくあるらしい。僕のクリニックでも色々あった。一時期、暴言や乱暴するなら来院禁止としたこともあった。そのことを本人は忘れてまた当院にやってくる。今回は救急病院からの手紙(慢性腎臓病末期G5という診断と頻回の救急受診への対応困難という現状が書かれている)も持参。
ふりかえってみると、トラブルのひとつはコミュニケーションの問題があるのではないか。殆ど耳が聞こえないのだがそれを自覚できていない。それで一方的に話し続ける。返事をしても聞こえないので被害的になる。それでも繰り返し電話してくる。この1週間でも頻回のコールがあった。あるいは救急隊が困って(搬送するほどの異常がないので)僕に電話してくる。
電話で会話はできないので、僕は白板を持って往診する。「まあ!先生が来てくれたの!」と大声で喜ぶ。字は読める、文字の理解もできる。白板をみて「こんないい物があるのね」と言ったりする。先日の酷暑の日の往診ではエアコンがオフのままの暑い部屋で37.4℃の発熱で頭痛を訴えていた。エアコンをオンにし、持参のカロナールをのませ、水分を与えた。それで彼女は薬まで持ってきてくれたと僕に「どうもありがとうございます、先生」と感謝の言葉をかけてくれる。次の日の電話は「薬をのみ忘れたけどこれからのんだほうがいいですか」という穏当なコールだ。
一緒に暮らしていた姉を心筋梗塞で亡くし独居となったのが2002年。それから僕の醫院に来るようになった。以後何回もの空白の年月(心筋梗塞や大腸癌罹患)を生き延び、不規則ながら20年間彼女をみてきたことになる。しかし、Aさんの背景にある心の不安に僕は丁寧に対応してきただろうか。僕にも責任がある。反省すべき点が多々ある。
95歳の慢性腎臓病末期の、“じぶん勝手”な、それゆえなかなかへこたれない、この一人暮らしの超高齢女性Aさん。迷惑対策の対象ではなく、どうやったらこのAさんという“大変なおばあちゃん”とうまくつきあっていけるか、みんなで知恵をしぼらなければならない。
当サイトに掲載されている文章等は著作権法により保護されています
権利者の許可なく転載することを禁じます