臨床余録
2024年2月4日
さいごのナビゲーション

NEJM (Jan 4 2024)clinical practice欄、Navigating and communicating about serious illness and end of lifeと題する論稿を読む。次のような臨床例に対して医師はどう考え、どう向き合うかを考える。

症例
 71歳の男性、ステージ4の肺癌。EGFR陽性であり治療奏功し3年間良好な経過を辿り、認知症の妻のケアもすることができた。ところがその後髄膜への転移が明らかとなり医師は予後が数ヶ月であると告げた。医師との数回の話合いにもかかわらず患者はまだ何年かは生きたいと希望を伝えた。そして自分は医師にあきらめられていると患者は感じた。医師は化学療法、放射線治療、緩和ケアに患者を紹介することに加えて、予後についての情報をどのようにまとめ(integrate)、患者が終末期の治療計画をたてるのをサポートできるであろうか。

臨床的問題 The clinical problem
 疾患の予後に関する会話は医師にとっても患者にとってもむつかしく混乱しがちである。心不全や癌など重篤な疾患を持つ患者は、予後に関する情報が正確に伝えられそれが患者の嗜好に合わせたものであっても、非現実的な希望を主張し続けることは稀ではない。このような反応は患者にとって何が一番大事なのかを理解したいと考える医師を狼狽させる、そして患者はエンドオブライフへの備えができていないのでないかと医師は心配になる。備えがないことで終末期の低いQOLを導くことになるという懸念は、ホスピスへの遅い紹介や望まない病院死を招くというエビデンスによって明らかである。
 予後に関する会話が困難であることにはいくつかの要因がある。死に関する事柄はどの国の医師にとっても患者にとってもむつかしく患者はおのれの病について理解できず、医師は患者が予後に立ち向かうのをどう援助したらよいかわからない。医師の仕事は、患者の人生の最終章の優先事項を見極めることを含め、患者の認識や適応のため立ち向かうプロセスを評価しガイドすることである。考慮すべきは、患者の周囲との関係性、障害に対する感情、痛み、治療の侵襲性、これらすべての出方である。疾患予後は医学的意思決定に関係するので、そのプロセスは医療チーム内で共有されなければならない。
 病に立ち向かう重篤な患者を援助するために必要なコミュニケーションスキルを学ぶ機会を多くの医師は持っていない。これらのスキルには患者が引き続き希望をもちつづけるのは不確かな、あるいは悪い予後と折り合うための正常な反応であることを認識することが含まれる。重篤な病を持つ患者が病の重さに立ち向かう力を得るために、医師は悪いニュースを伝える適切な台本を選ぶこと以上のスキルを必要とする。これらのスキルには患者の病への理解度、そして患者が予後に関する情報に立ち向かう能力の有無を認識することが含まれる。そして医師は患者の中に予後に関する認識(prognostic awareness)と実存的成熟(existential maturation)が醸成される(cultivate)のを助けなければならない。
 Prognostic awarenessとは病が辿るであろう経過(likely illness trajectory)を知的に(cognitively)および感情的に(emotionally)統合(integrate)する患者の能力である。患者がその病を深く理解するために患者のパートナーになること(partnering with patients)で終末期に至る数ヶ月、数年にわたり繰り返し話し合うプロセスを共有することになる。Prognostic awarenessへの介入研究では様々な結果が出ている。ある研究ではprognostic awarenessを増加させようとするとQOLは低下し、心理的苦痛は増える。我々は、結果がよくなかったのは患者が十分な時間とサポートがなく、立ち向かう態勢をつくれなかったためであろうと推測している。Prognostic awarenessを涵養することは、不確かな未来により統合された認識をもたらし予後に向き合う戦略の発生を必然的に伴う。このプロセスが実存的成熟の一部なのである。それは十全に生きることの統合された方途であり、死すべき定めの認識であり、死というものを傷つけられることのない結末として見ることを許容する。患者の実存的成熟の一部としてのprognostic awarenessを涵養する能力は、advance care planning(ACP)を考えるとき決定的に大切(critical)なものとなる。そのとき患者にとって最も重要なものは何かと問うことはエンドオブライフケアにあっては治療の計画に関係してくる。

大事な臨床的ポイント(KEY CLINICAL POINTS)
1.話し合い(conversation会話)により引き起こされる感情的問題に対応しながら患者のパートナーとなるためには予後に関する情報をうまく伝えることが肝要である。
2.医師は患者が予後に関する情報を知的にまた情緒的に統合することができるように会話をもっていくスキルを持たなければならない。
3.患者は強い希望的表現と、より現実的な思いの間で大いに揺れる、これは正常な予期されるプロセスの一部である。
4.患者にその希望と不安に向き合うように促すことは、嘆き悲しむことを許容し、患者にとって一番大事なものは何かを理解させ、重い病を持ちながら生きていくスキルを授けることになる。
5.辿るであろう疾患の経過(likely illness trajectory)を示され、患者が予後に関する情報を自分の中に整理することができるにつれて、医師は患者にとって何が最も重要なものかについての対話(discuss)をすることになる。そして人生の最終章のケアを含め何を目標とし何を大事な価値とするかを医療的ケアプランへの提案の中に組みこまなければならない。

戦略とエビデンス strategies and evidence
 ACP、重篤な病を巡る会話、そして緩和ケア介入は臨床的改善という共通の目標や価値を持つ。これらの戦略の効果はしかし様々である。ACPのトライアルで示されたのはcode statusのような要因に関する患者の嗜好(preference)は変わりうるものであり、ほとんどの患者にとって必要な時点よりずっと前に医学的意思決定をすることは困難である。さらに、ACPの厳密なトライアルは単純にACPのドキュメントを持参することは患者のアウトカムを改善しないことを示した。例えば、大規模多人数のランダム化された癌患者のACPトライアルは数多くのadvance directives(AD)が出されたが、QOLやcoping strategiesの改善はなかった。これらの所見は、現在のACPモデルは患者が自分の予後を理解し、何が一番重要なことかを共有し、ケアに対する好みを繰り返し表現するような実際のプロセスに焦点をあてていないことを反映しているのかもしれない。
 繰り返し行われるACPの枠をはるかに越える長時間の重篤な疾患を巡る会話(serious illness conversations)の有効性のエビデンスが存在する。重篤な疾患を巡る会話を効果的なものにするためには、患者が病気の経過を知的にも感情的にも統合できる能力にフォーカスをあてることである。このような調整のとれた会話を続けることは持続的な治療選択を目的とするACPより多くの時間とオープンな感情的適応が必要である。このような質の波長を合わせた会話を続けるには現在のACPの基準よりもより多くの時間と心理的調整に向けてのオープンネスが必要である。
 ACPトライアルに比べると多人数臨床ランダム化緩和ケアトライアルは患者が報告するアウトカムでは改善を示した。癌患者に対し早くからの緩和ケア導入はQOL, 及び終末期におけるケアの質を向上させた。緩和ケアのトライアルで見られたQOLや気分の改善は患者の使用した適応のための立ち向かい戦略によって仲立ちされた。早期から緩和ケア医の診察を受けている患者はストレスを回避したり否認したりするのではなく、ポジティブなもの有益なものと考える(positive reframing)あるいは病を人生において良きものとして受け取り感謝の念(gratitude)を持つなどの適応戦略を用いることが多い。
 重篤な病を持つ患者をケアするすべての医師は、緩和ケアを実践する者のみならず、これらの結果を臨床的実践のなかに統合することができる。ここで我々は患者がいかに知的・感情的に予後に関する情報を処理し統合するかに関して医師が理解するべきいくつかの要因を考えたい。これを理解することがエンドオブライフケアを始めるためのキーポイントである。

予後に関する情報の知的統合 cognitive integration of prognostic information
 予後の情報を知的に統合することは複雑なプロセスである。患者はありのままの情報を欲するというが、一方で医師には楽観的であることを願う。医師は平均的なデータを患者に合わせて使うことがよいとされる。
 しかし、効果的なコミュニケーションがなされたとしても、患者は自分の病を間違って受け取りがちであり、それは治療の意思決定に影響する。例えばあるデータでは、転移性肺癌や大腸がんの半数以上の患者が化学療法では治癒することはできないということを理解していなかった。医師は患者に病の経過について、より正確な理解ができるように援助できる。患者が厳しい現実を受け入れるべきというより、患者が死ぬ可能性について理解し受け入れる際にそれをサポートすることができる。

予後に関する情報の感情的統合 emotional integration of prognostic information
 予後の情報を感情的に統合するプロセスでは、患者が苦悩に対処するために喪失を嘆き、希望を再生させ、恐怖や不安をマネージする必要がある。それはしばしば葛藤に満ち、強烈な感情を伴うでこぼこに揺れる道である。それは極端な希望(“絶対に負けない。主治医なんか信用しない”)とリアル(“先のことはわからない。この夏には家族と旅行に生きたい”)の間で揺れる。このように心の中で葛藤が起きることは基本的に正常な心の揺れである。信頼できる環境でこのような希望や不安と向き合う機会があれば時間の経過で、患者はprognostic awarenessやexistential maturationに向けて進むことになるだろう。

統合された認識の進化 evolution of integrated awareness
 話し合いが繰り返され時間が経つにつれ、より深いprognostic awarenessが得られることが研究で示されている。患者と医師は短いサイクルで何週も何ヶ月もあるいは何年も会話を繰り返す。
 医師はこの迷いにみちた揺れる道を患者といわば同盟関係を結んで歩む。患者の希望を受け容れるだけでなく、患者にとって最も大切なものは何かを理解するためにである。お互いのやり取りをスムーズにするために大事なのは共感empathy、患者の反応を正常化し、悲哀、悲嘆、喪失に少しずつ触れ、人生の最終章に患者が向き合えるように信頼に満ちたパートナーシップを維持することである。
 繰り返される話し合いはさまざまセッテイングで行われる。緩和ケア、腫瘍内科医、プライマリーケア、あるいはソーシャルワーク、心理士、チャプレンなどである。そこではあり得る死についての対話のための言葉を交わすことになる。家族や親友なども関わってくる。これらの話合いを通して患者は知的にも感情的にも統合された病の理解をすることで何が今最も大切な事なのかを言語化し十分な情報を得た上での意思決定をすることが可能になる。
 医師と有効なコミュニケーションやパートナーシップをもつことができても、prognostic awarenessへの知的、感情的な統合がむつかしい患者がいる。この統合の欠如は患者が利益を得ることのない治療を受けることにつながる。患者の自律(autonomy)と無害(nonmaleficence)という競合する格言にぶつかることになる。この場合は会話を続けること、そして時間を区切って治療を試みることなどがすすめられる。

時間と場面を越えて繰り返される会話
Cycling conversation over time(下の①②③は論考では円環状に図示されている)
① 希望と不安に向き合う(exploring hopes and worries)⇔②予後に関する認識を深める(deepening prognostic awareness) ⇔③適応しながらの対処(adaptive coping)⇔①希望と不安に向き合う⇔②・・⇔③・・
⇒レジリエンス・予後に関する認識 resilience・ prognostic awareness ⇒QOLの向上(increased QOL)精神的苦痛の減少(decreased psychological distress)終末期意思決定への促し(facilitation of end-of-life decision making)

不確かな領域 areas of uncertainty
 医師や研究者はどの患者がprognostic awarenessへの知的感情的統合がなされたのか、彼らがどのようによくadaptive copingをなしたかを評価できなければならない。患者の心配のどの領域が意思決定に関係するのか、身体的障害や苦痛、治療の侵襲性などか、そしてこれらがどのように患者の希望と不安の揺れ幅に関係しているのか、我々はもっと理解しなければならない。会話をする理想的タイミング、その内容、患者のもともとの療養姿勢、文化的嗜好、基本的信頼の欠如、身体的スピリチュアルな苦痛、信頼関係を築ける能力などへの更なる研究が必要である。さらに医師に影響を及ぼす要素として、自己認識、バーンアウト、成熟性、不確かさを耐える能力などについて、我々はわかっていない。
 以上に加えて、精神療法が重篤な病の患者の役に立つ際、それは不安やうつを和らげるだけでなく、prognostic awarenessを醸成することでコーピングや意思決定の質を高めるといった点にも研究が必要である。研究を最も良く行う仕方についての考察、ACPの臨床プロセスの研究も進行中である。
 緩和ケアスペシャリストだけが会話の参加者ではないので、一般医師が緩和ケアのスキルを身につけること、さらに重篤な病を巡っての会話のスキル、カルテへの記載などの仕事のながれについて研究が必要となる。最後に、医師は容易に見やすく、患者の(病への)理解度、コーピング能力、最も大切なものをカルテに記載する方法を身につけることが必要である。

結論と提案 conclusions and recommendations
 はじめにあげた症例の71歳の患者をガイドするのに医師はまず予後に関する情報を効果的に伝えなければならない。次に、予後に関する情報を統合しながら、患者の心は正常な反応として強い希望とよりリアルな気持ちの間で動揺をしめすが、医師は患者のパートナーになる必要がある。希望と不安を探ることによって悲嘆の感情が湧き、病の経過に抗い統合をめざすようになる。患者が命がもう短いかもしれないという統合された認識を得るのに際して、治療についての意思決定及びどのように人生の最終章を生きる選択するか医師は患者と対話(discussion)をする準備をしなければならない。このような対話を通して医師は患者にとって何が最も大切なことなのかを患者がつかめるように援助できなければならない。それを知ることによって、医師は患者の明らかにされた目標と価値観を人生の最終章のケアへの提案の中に組み入れることができる。例えばホスピス、延命的治療、治療の限界などである。この患者に対しては、痛みの治療計画をスタートし、強力な信頼関係の構築をめざし、その後彼のprognostic awarenessの評価をする。引き続き彼があと数か月生きることができると信じ続けるならば、我々は彼の希望と不安を今後も探っていくことになるだろう。患者の不安と希望が彼の妻のケアに関するものであるならば、我々は彼の愛情深いサポートを認め、妻のケアへの欲求を標準化し、彼女から離れなければならないという彼の感情に寄り添い、妻のケアの実際的な計画を立てることになるであろう。
 典型的な場合は数回の訪問を経て、患者は徐々に動揺の振幅が小さくなり、予後に関する対話にオープンに参加するようになる。Prognostic awarenessが深くなるにつれて、患者は身体機能の変化、例えば極度の疲労感や食欲低下などが意味するものを理解できるようになる。この患者が終末期には家族に囲まれてすごしたいと述べるなら、ホスピスケアの提案も受け入れる準備ができていると考える。さいごに、我々は重篤な病をめぐる会話を患者のprognostic awarenessと彼にとって一番たいせつなものを含めてカルテに記載しておく。
 善く生きそして善く死ぬことを支えるために、重篤な病を持つ患者のパートナーになるには、病の理解のための繰り返されるprognostic awareness、希望と不安、そして病の経過が明らかになるとき何が一番の問題なのかを知るための会話が必要とされる。この会話は信頼関係を前提に病の経過に沿って続けられなければならない。そしてこの信頼関係のなかでこそ医師は患者の知的にも感情的にも死のリアリテイに適応する心理的コーピング能力に波長を合わせることができるのである。

カルテに記載する大事な要素(key elements to document in the medical record)
・予後に関する認識:prognostic awareness
・病の理解: illness understanding
・患者の希望と不安: patient’s hopes and worries
・共有された予後についての情報(例:治癒可能、治癒不可能)持続的に低下する患者の状態 時間に沿った予後(日、週、月、年)prognostic information that was shared
・患者の行っているコーピングの仕方の評価、患者と家族の使う戦略を含めた評価 assessment of how the patient is coping
・患者と家族にとって何が一番大事なのか 関係性、障害、苦痛、治療の侵襲性 what is most important to the patient and family
・患者と家族になされた提案 recommendation made to the patient and family

キー概念とコミュニケーション例
・希望と不安を探りながらprognostic awarenessの評価をする。
⇒「あなた自身の病気をどう考えていますか」「これから先を考えるときどういう風にしたいですか」「何が一番心配ですか」

・予後に関する質問に答えて。
⇒「良い方に向くことを願っています、同時に病気が進み状態が悪化することも懸念しています」

・感情不安定に対して。
⇒「そんなに悲しいのですね」「私はどんなにつらいか想像できるだけですけど」

・病気を理解するため会話に大事な人に参加してもらう。
⇒「会話に加わってもらう人が誰かいますか」

・患者が最も大事なことを見極めるのを援助する。
⇒「もしあなたの状態が悪くなった場合、一番大事にしたいことは何ですか」

・最も大事なことに基づく臨床的ケアの提案
⇒「あなたにとって(  )が一番大事なことのようですね。そこで私は(  )をおすすめします」

以上が拙訳です。

この論考を読んでの感想
*prognostic awarenessというキーワードを知った。外来や在宅診療の質を高めることに役立つと思われる。
*今までは病の予後についての会話は患者さんに不快を与え居心地の悪い思いをさせるとして避けて通っていたような気がする。良くない予後についての話をしながらQOLの向上にもっていくにはかなりの高度な臨床的スキルが必要になると思う。
*この論稿ではACPが否定されているが、prognostic awarenessもACPの中に位置づけることも可能なのではないか。
*僕が以前書いた、かかりつけ医と患者との“ミニ人生会議”で話されるべきポイントのひとつがこのprognostic awarenessであり、患者のhopes and worriesであるだろう。
*患者のパートナーとなること(partnering with patient)という言葉がよく出て来るが、まさにかかりつけ医と患者との関係の在りようを指しているのではないか。
*上記の「カルテに記載するべき要素」や「コミュニケーション例」に大事なポイントがまとまっている。これを頭に入れて普段の診療に役立てようと思う。

附記1
訳に苦労した言葉いくつか。
Illness ・・・病(やまい)
Prognostic awareness・・・予後についての認識
Cultivate prognostic awareness・・・養う、醸成する、涵養する
Existential maturation・・・存在あるいは実存の成熟
Conversation・・・会話あるいは話し合い
Discussion・・・対話
Clinician・・・医師としたが文字通りだと臨床医
Integrate・・・統合する まとめる
Hopes and worries・・・希望と不安、worriesは文字通りは心配の種
Explore hopes and worries・・・探索 探ること
Cope, coping・・・・立ち向かう 対抗する

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