臨床余録
2023年10月22日
AIは患者に共感できるか

Lancet 2023年10月21日号:Digital medicine: Machines and empathy in medicineを読む。(筆者はdeep medicineの著者 Eric Topol)。

 患者と医師との人間的なつながりは医療で最も大事なものである。しかし、患者と医師の関係は外来や回診の限られた時間、あるいは電子カルテからデータをアップデートする時間などに影響される。そのため医師は患者への思いやりや共感に欠けるととられがちである。AIは時間という贈り物をすることで医学における本質的人間性を回復するのを助けることができるかもしれない。これは2019年に筆者が著したdeep medicineという本の前書きに書いたことである。より多くの時間があれば患者のストーリーや深い心配事に耳を傾けることができる、ソフトウェアや機械が差し出すものとは違って、より注意深い身体診察、人間的なタッチや信頼、純粋なケアや思いやりといったものを強化できる。

 AIは様々な仕方で患者に時間を作り出すことができる。大規模言語モデル(large language model: LLMs)が事務的な仕事の肩代わりをしてくれる、保険証のチェック、検査や次回の予約などである。一方、deep learning appが不整脈、皮膚疾患、尿路感染などはスクリーニングしてくれるので医師が時間を有効に使えるようにしてくれる。さらに、医学的な質問に答えてくれ、医師や看護師に直接会う必要性を減らすchatbotを介して患者の自律性が拡張されてきた。他に時間節約型のAIには患者の医学データを視覚化するもの、最新の医学文献をそろえ鑑別診断も行う。これら手始めの機能に加えて病院に入院する代わりに在宅でモニター管理される患者もいる。このような進歩はる臨床の効率と生産性を高める。このような間接的な方法でAIは患者と医者が一緒にいられる時間の道を開いたのである。

 筆者がdeep medicineを書いたとき予想しなかったことはAIに依ることで患者との共感性が深まる可能性である。例えば、195人の患者の質問に対する医師とchatGPTとの比較では、AIの応答の方が9.8倍共感的であった。大規模言語モデルは医師をコーチする機能を持つ。The AI revolution in medicineの中で著者らはGPT4がそのような機能をもつことをしめし、医師に質問の仕方や患者へのsensitiveな接し方を提示している。AIは医学におけるヒューマンタッチに代わることはできないが、医師やナースが共感やヒューマニテイーをもって患者に関わることを助けることができる。

 ところで、問題は機械による共感の増進というのは実は偽の共感(pseudo-empathy)であるということだ。一見AIは共感的にみえるが真の意味で患者とつながることはできず、その経験を共有することもできない。大規模言語モデルはその意味を理解することなく仕事をなしとげる、その訓練による膨大なインプットから機械的にテキストを繰り返す、言葉にフォーカスをあてるので一方通行的になる。
 それとは対照的に、医師はアイコンタクトや握手など多くの非言語的な仕方で共感を示すことができる。
 大規模言語モデルのもう一つの短所は医学に特殊化された微調整を行うことができないことである。ChatGPTはReddit doctor studyに比べ高度で正確な反応ができるが、モデルに情報を与える質問が限られている。従って、例えば摂食障害の人からのダイエットに関する質問に誤った解答をする危険がある。大規模言語モデルが高度な医学情報に対応できるようになればこの問題は改善されるかもしれない、しかし完全に解決することはむつかしいであろう。
 それにもかかわらず、患者との相互作用を振り返ることにより、医師をより共感的でsensitiveにする指導力がAIにはあり、将来的に医学生のみならずすべてのヘルスプロフェッショナルにとって必須の教育的ツールとなるであろう。

 以上が抄訳である。
 医師は忙しすぎて患者とゆっくり話をする時間が持てない。従って医師でなくてもAIがやってくれる仕事はそれに任せ、節約できた時間を利用してゆっくりと患者の話を聴くことができる。それにより医者は患者への共感とおもいやりを取り戻すことができる。こういう文脈はよく理解できる。またAIにより患者が医学情報にアクセスが可能になり患者の自律性をたかめる。パターンで認識できる疾患群はAIに鑑別診断を任せることができるかもしれない。つまりAIは医師が患者に共感的に接するのを側面から補助するということである。
 次の論点では、患者の問いへの応答にchatGPTの答えの方が医師のそれより満足度が高かったというややショッキングな結果を伝えている。膨大なエビデンスの集積の中から適切な答えを明確に応えてくれる機械であればそうかもしれないなと思う。
 そして面白いのは、筆者がchatGPTの一見患者に優しい応答は偽の共感性だと指摘するところである。フェアで正当な見方だと思う。それとは対照的な対面でのヒューマンタッチの意味、非言語的なタッチの意味にも触れている。
 Empathyという言葉はむつかしい。ここでは共感(性)と訳したが、“感情移入”とした方がよい場合もある。少しむつかしく言えば“間主観的感性”といった精神分析的用語が浮かぶ。辞書的な定義では「他者の感情や経験などを理解し共有する能力」ということである。医師と患者が対面したときの言語でのコミュニケーションと並行して常に起きている非言語的ヒューマンタッチがempathyの必須要素といってもよいかもしれない。そう考えればそもそもAIにempathyを期待するのは無理ということになる。
 さらに、摂食障害のような複雑で難しい疾患への応答は間違うリスクがあると指摘。大切なポイントだ。
 それにしても、より共感的な医師を育てる力をAIは秘めていると筆者は主張する。AIをよく知りそれを賢く使う能力が試される時代が来ているのを感じる。

2023年10月8日
認知症と共に生きるために

 認知症当事者として様々な場で活躍している丹野智文さんの本『丹野智文 笑顔で生きる』を読んだ。とても勉強になった。

 トップの営業マンであった彼がお客さんの顔がわからなくなり39歳で若年性アルツハイマー病と診断された。診断の衝撃、不安、落ち込み、仕事や家族の問題をありのままに語る。わからないことが増えても、何度も同じ失敗をしても笑顔で対応してくれる妻がいること、失敗するのが当たり前と思えるようになりこわくなくなった。
 そして家族会との関わりが大きな転機になる。とりわけ副代表の女性はできないことをサポートし、できることは一緒に行動してくれる理想的パートナーとなる。包括支援スタッフもパートナーになってくれれば認知症の自分たちが本当は何が必要なのかを一緒に考えてくれる、安易に介護保険の話をして終わりとはしなくなる、そうなってほしい。
 一般にメディアが取り上げる認知症のイメージは非常に悪く、認知症の予防策ばかり流す。だから認知症になったらすぐに重症になると思ってしまう。区役所の対応にも違和感がある。
 認知症になったら人生の再構築という視点が大事。当事者の会を設立した。認知症初期と診断された人へのアドバイスいくつか。脳トレの効果は疑問。
 スコットランド認知症ワーキンググループとの出会い。日本の当事者とちがい症状が進行しても自分のことは自分でやろうという気持ちが強い。スコットランドの「当事者を支える考え方」は、
  ストレスをなくす
  不安をなくす
  自立の手助けをする
の3つ。日本では「当事者を守る、代わりに何でもやってあげる」になりがち。
 日本のケアマネージャーは認知症の家族と相談して介護保険を申請したり施設を紹介してくれるが英国ではリンクワーカーがまず認知症本人に「これから何がしたいですか」と尋ねる。認知症と診断されると1年間無料でリンクワーカーのサポートを国の制度として受けられる。当事者の希望を叶える職としてリンクワーカーがいることは大きい。
 スコットランドの認知症カフェを訪ねたときのエピソード。日本人グループの一人が「ここには認知症の人は何人くらい来ているのですか」と責任者に尋ねたところ「そんなのわかったら、ここをやっている意味がないでしょう。わからないからいいんじゃないの」と言われる。そこでは誰が当事者なんて聞かない。知る必要もない。困ってたら手助けする、その程度。だからこそ認知症の人が安心できる場所になる。普通のカフェと同じなので当事者ものんびりお茶を飲みながら話ができる。普通の人も普通にやって来る。
 スコットランドで感じたこと。認知症は恥ずかしくないとはっきり言う。症状が進んでも自分のことは自分でやろうとする。サポート体制で自立を助ける。しかし必要以上のサポートはしない。認知症啓発活動に熱心。できる人ができない人を助ける。自分のまわりから変えていく。
 この本のさいごの部分に丹野氏からのお願いとしていくつかあげられている。

 「失敗しながらでも自信をもって行動する。家族は失敗しても怒らない。そして当事者の行動を奪わない。これが当事者の行動を安定させて症状の進行を遅らせるのだと思います。重ねて言いますが、失敗しても怒られない環境が、認知症の人には絶対必要なのです。当事者に危険が迫るようなことがあれば、勿論周囲は注意すべきですが、ちょっとした失敗をいちいち指摘するようなことはやめてほしいです。」

 以上、本の内容の大事と思われる部分をとりあげてみた。すべてよくわかる内容である。丹野氏は若年性認知症なので高齢者がこのような考えや行動をとれるとは限らないが、おおむね共通すると考えてよいだろう。認知症の人と共に生きるとはどういうことなのか。そのヒントが詰まっている一冊である。

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