臨床余録
2023年6月25日
アンシュタルト

 「ひどいところだった。あれで病院といえるのかね。厚い手袋をさせられて縛られて、動けなくさせられて、全員で車椅子にしばりつけて、先生を呼んでくれといってもだめ。4日間、朝まで寝かせない。検査してもレントゲンとっても結果を教えてくれない。怒るのはあたりまえだ」

 転んで腰椎圧迫骨折で整形外科に入院した90歳の独り暮らしの男性。入院後から帰りたいと繰り返したが、安静と検査のために拘束された。しかし興奮状態が続き自己退院した。
 退院後、はじめての往診日、僕に低い声で訴え続けたのが冒頭の言葉である。退院したあと夜になると入院中縛り付けられていたことを思い出し、恐怖感から電話で娘を呼びそばから離さない。デイサービスでも興奮すると手に負えない。ふらついて転びやすいのに夜間外に出ていく。どうしたらよいのか、家族、ケアスタッフ、行政をまじえて話し合った。いくつかの選択肢のなかで精神病院に入院するのが一番よいのでは、という意見がでた。しかし90歳の認知症高齢者を精神病院に収容するという選択を簡単にするわけにはいかない。薬物を調整し近隣の病院にレスパイト入院をお願いすることになった。

 もう一人、80歳代後半の物忘れ主体の軽度認知症男性の例である。社会的地位のある仕事を務め現在は引退。デイサービスに通っている。高血圧のために長く通院している。いつもにこやかで身のこなしも立派なジェントルマン。そんな人が食事を食べたことを忘れ、繰り返し要求したりその内容に文句をつけたりする。部屋の掃除ができていないと怒る。それは夜間にも及び家族は睡眠に支障を来す。相談をうけた僕は軽い安定剤を処方するが効果はない。ほとほとまいってしまった家族は父親を離れた地域の精神病院につれていき入院させた。強力な向精神病薬が投与され、病院からは面会には来ない方がよいといわれた。こうして軽度認知症の父親は完全に隔離収容された。今後退院の見込みはないという。

 「統合失調症が軽症化し入院減少・短期化の代わりに、認知症の周辺症状での強制入院・隔離収容が増えています。高度高齢社会を迎える今、高齢者の精神科入院はなくし、地域支援を厚くするべきです。隔離と拘束は原則廃止、特に身体拘束は即刻廃止すべきです。」(精神保健福祉法「改定」と、これからの精神科福祉医療に関する要請書)(2023年4月7日 横浜精神科福祉を良くする会)より抜粋。

 上の2例目の入院に関しては主治医として反省すべき点が多い。ご家族の日々の問題行動の受け止めの大変さを主治医として同じ程度に感知できなかった。どうしたらよいか考えているうちに(主治医の知らないうちに)入院になっていた。それだけご家族は切羽詰まっていたのだろう。むつかしい周辺症状を抱える認知症のひとをアンシュタルト(収容所的精神病院)に強制入院させないでケアするにはどうしたらよいのか。考えていかなければならない。  

 

2023年6月11日
取り戻すべき尊厳

6月9日朝日新聞朝刊「くらし」面に、2015年の開所以来医師として関わってきたグループホーム「おきなぐさ」の記事が載った。

 私が私であるために 精神障害者を巡って ずっとここがいい 取り戻した尊厳 入院を経た高齢者 グループホームが受け入れ 話す、食べる・・寄り添って「人間の底力」を引きだす 半世紀病院に 市が独自に補助

 以上がこの記事のキーワードであり各パラグラフにつけられたタイトルである。
「おきなぐさ」では「看護、介護から看取りまで」、そんな理念をかかげて長期(10年から40年)にわたる精神病院入院中の患者を受け入れて来た。新聞には斜め後ろから首をかしげ笑顔の櫻庭さんの前にNさんの顔写真がある。「ずっとここがいい」と言ったのは彼である。両手の指は拘縮し、よく動かない。両下肢の筋肉も萎縮し歩行は困難。「おきなぐさ」に来る前の病院で彼は“倒れ易い”という理由でベッドや椅子に拘束されていた。そのことは新聞記事には書かれていない。ただ、「おきなぐさ」に来たことで自分たちの罪悪感が減ったという趣旨の家族の言葉が紹介されている。治療のためと言いながら見方をかえればこの身体拘束は虐待に近いといわなければならない。精神病院で高齢化し「おきなぐさ」で医療・介護を引き受けるという流れの背景にはこのNさんのような物語があるのだ。これはその病院の医療・介護の質の問題ではあるが、広く精神病院という機構が負わされている構造的問題というべきなのだろう。
 このような矛盾のなかで人間としての〈尊厳〉を剥奪された患者の〈尊厳〉(その人らしさ)を再び取り戻すこと、「おきなぐさ」のキーワードである〈かかわりの質〉の問い直しと〈瞬間の幸福〉の積み重ねを通して日々実践しているのはそのことである。
 

《 前の月  次の月 》

当サイトに掲載されている文章等は著作権法により保護されています
権利者の許可なく転載することを禁じます