神奈川県医師会報に今月投稿された歌から選んでみた。
寝(い)ねがてぬ施設の床(とこ)に聞え来る幼き頃の母の子守歌
枕辺を低く流るる子守歌眠りに誘ふ施設優しき 深沢愛子
これは今100歳を越えた女性医師の歌。高齢とともに医業を廃し、自宅から施設に移った。その際のつらさ、悲しさ、葛藤がうたわれてきた。そして今、眠れぬ枕元に聞えてきたのは母の子守歌。そしてその母の歌を聴いているうちに平和な眠りに誘われていく。母も居るのかもしれないこの施設を「優し」として受け入れていく。いろいろな意味で考えさせる歌である。1世紀を生きてきた人の貴重な証言であり記録でもある。子守歌を聴く作者は子どもにかえっている。子どもにかえることの意味。失われることのない母とのつながりなどを思う。
患者からしばしば聞いた大空襲 ときには関東大震災も 飯田明
僕も高齢の在宅患者さんから横浜大空襲のことを教えてもらった。1945年5月29日1日で1万人近くが、東京大空襲では10万人近くが死んだ(殺された)とされる。ロシアのウクライナ侵攻の規模をはるかにうわまわる。歴史を知ることで現実への立ち位置もより確かなものになる。あの時日本は永久に戦争をしないと誓ったのだ。それを忘れないようにしよう。
プーチンが瓦礫の山に立ち尽くす夢から目覚めテレビをつける 高橋唯郎
ちょっとびっくりする一首。暴虐きわまりないロシアのウクライナへの爆撃。瓦礫の山の前に呆然と立ち尽くすウクライナの人々。この歌ではそこに立ち尽くすのはロシアのプーチン。ところがそれは実は夢だったと知る。テレビをつけもとの現実に連れ戻される。独裁者よ目を覚ましてほしいという祈りにも近い思いがこめられている。
往診のまえにウオッカをひっかけるロシアの医師を想うしばらく 渡辺 良
ロシアの作家チェホフは『ワーニャ伯父さん』のなかでこんな医師の姿を描いた。こういうロシアを僕は愛する。
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