臨床余録
2021年2月21日
社会的処方:医師患者関係を変える

NEJM 2020 JULY9 Perspective欄を読む。タイトルは Social Prescribing- Transforming the Relationship between Physicians and Their Patients

 患者の病いが社会的な影響を受けること、それ故問題を解決するには社会的介入が必要であることを多くの医師は知っている。そのような介入の背後にある考えは古くからある、アメリカの地域におけるプライマリーケアは医学的というより社会的視点に重点を置いてきた。英国でもこれと類似した非医学的介入を目指している。NHSのプログラムの一つとして、英国のすべてのプライマリーケア医師(かかりつけ医)は社会的処方をサポートする“リンクワーカー”と連絡がとれるようになる。そのようなワーカーを訓練する組織が設立され、社会的処方サービスが利用されるようにモニターされ、評価されることになる。NHSは今後2年の間に社会的処方専門の1000人のリンクワーカーを採用する予定である。目標は2024年までに100万人の患者が社会的処方の介入を受けることである。
 
 社会的処方の利点は、プライマリーやセカンダリーケアの利用が減り、救急患者が減り、身体的精神的健康度が改善することである。

 多くの患者は医学的な訴え以外の社会経済的悩みをかかりつけ医に相談する。診断は医学的なものであっても最も効果的な介入は非医学的なものであることが多い。にもかかわらず医者は診断ガイドラインに沿って薬を処方する。医者は問題を医学的にしかみようとしない(overmedicalizing)ことでしばしば批判される。オピオイドの過剰投与薬の副作用により入院することもある。このような批判はchoosing wisely運動の主張の中心点であり、医者と患者の対話を促している。

 もう一つは、ライフスタイルを変えることであるが、それを助ける手段が地域に存在することを医者は知らない。社会的処方が必要なのは主に、高齢者、精神疾患をもつひと、そして社会的権利を奪われたひとたちである。

 これらの介入には生物医学的な内容のものがある。例えば、運動とウェイトコントロールにより糖尿病の薬が減量できる。しかし、社会的処方にはもう少し広い目的がある。健康をすぐに医学に結びつけず、文化的環境のなかで考えるようにする。地域のリソースが役に立つのはとりわけ貧しい環境のひとや健康リテラシーの低い人たちである。

 多くの社会的処方の形があり、そのアウトカムはヘルスケアの利用や健康関連QOLが評価される。今のところ明らかなエビデンスは得られていない。

 NHSが大規模な社会的処方に関する研究を実験的に進めて欲しい。つまり、どのような患者が最も社会的処方から利益を得るか、どのような処方が医者の役に立ち、メンタルな問題に最も有効であるか。また重要なことはどうしたら処方がアンケート式チェックボックスと同じになるのを防げるか。純粋に患者のニーズに応えること、社会的処方リンクワーカーの役割を明らかにすることが大切なのである。ひとはそのようなプログラムの費用と利益を知りたい、また有害作用についても知りたい筈だ。地域のリソースが限られているため有効ではないものもある。医師の処方が良い整った薬局を必要とするように、社会的処方計画も地域の十分な貯えを必要とする。

 問題なのは、社会的処方をすることが、それがなくても多忙な医師の仕事にしてよいものかどうか。その解決のカギが医療のそとにあるにもかかわらず、それを医師の仕事とするのは再び過剰医療化のリスクが加わるのではないか。社会的処方は適切であり大切である。すべての医師は健康の社会的決定因子を学び医学部にいる間に病の生物心理社会モデルを学んでいるべきである。しかし、そのような教育は、基本的には医学的治療にはそぐわない問題への処方せんを手にするかれらの性向に影響を与えることは少なかった。

 患者は純粋に医学的、純粋に社会的、あるいは(中間に大きなグループ)二つの混合的な問題を提示し続けるであろう。社会的処方の目的は、医者がそれによって不必要な処方や専門医への紹介を減らすことができることである。患者には自身の健康への責任感をもたせ個人、家族そして地域のリソースを利用する機会や能力を与えること。社会的介入はまた健康格差も減らす、特に社会的に不利な地域にフォーカスをあてた介入である。

 社会的処方は、医学的実践や教育にたいして深い意味を持ちそれは診察(コンサルテーション)の仕方を変える可能性を持つ。しかし医者はどのような介入が最も有効なのか情報を得る必要がある。誰に相談するのがよいのか。どのように社会的処方が従来の医学的実践に統合されていくのか、知る必要がある。

〈社会的介入の例〉
ジム 運動クラス
体重管理 栄養介入
アートセラピー
雇用 ボランティア活動
自助グループ
育児プログラム
福祉、社会、家屋、負債など相談
コミュニテイー活動 ガーデニング 料理 スポーツ 交友活動

 以上が抄訳である。
 このエッセイでのキーワードは、リンクワーカー。上にあげられている社会的介入の例は、日本でもなじみのものばかりだ。これらを処方するのは医師、コーディネートするのがリンクワーカーとされる。高齢独り暮らしのひとやメンタルな問題を抱えたひとなどが当面対象となるだろう。その社会的処方が有効だとしたら、もちろんその活動内容そのものも興味を引くものであることに加えて、働きかける医師あるいはリンクワーカーのひととしてのたたずまいが何より響いてくるのではないかと思う。その患者さんの生きて来た土壌のようなものを理解し、その方がいま生きている息づかいへの尊重と敬意。それがあれば、そのとき語りだされる申し出は、一方的な押し付けではなく、上から目線のアドバイスではなく、対等な人間的な働きかけの声として届くのではないだろうか。

 

2021年2月14日
ほんとうの手紙

てがみを書こう
ベッドに寝ていてもペンは持てるのだ


こう始まるのは『志樹逸馬詩集』のなかの「てがみ」の書き出しの一節。
そして次のように終わる。

ペンをもってじっと考えると
忘れられていたものがよみがえってくる
とても親しいと思っていた人が意外に遠く
この地球の裏側にいる人がかえって近く
自分と切りはなせない存在であったと
気づいたりする

こうして 病室に入り
すべての人から遠ざかった位置におかれてみて
人は はじめて ほんとうのてがみが書けるようになる
 
この詩を読み、今コロナ禍にある僕たちは、新型コロナ肺炎で病室に隔離されたひとを想像することもできる。実はこの詩の作者志樹逸馬は13歳でハンセン病にかかり、長島愛生園に隔離収容され43歳で亡くなった詩人である。没後当時園長だった医師で歌人の原田禹雄氏らがまとめた詩集を昨年若松英輔氏が新らしく編み出版した。

人と人とが距離をとらなければならないコロナ状況にあって電話やメールの便利さに頼りすぎず手紙を書くことの意味をあらためて考えてみる。そして“ほんとうのてがみ”とは何か、に思いを馳せる。

 

2021年2月8日
こどもたちへ
―コロナ時代の免疫力とはー

 今日は皆さんがお友だちや先生と一緒に「免疫力の向上」について考えます。これは新型コロナウイルス感染防止のためだそうですが、コロナに限りません。大事なことなので私からも思いついたことを3つほど書きました。先生に読み上げて頂きましょう。

 まず一つ目は「免疫力」とは何でしょうか?誰にでも病気や運の悪いことはおきます。生きている上でしようがないことで、こわがりすぎることはありません。免疫力とは、そうなってもはねのける力、病気になっても病気を退治する体の力、そして広くは運の悪いことにもこころが負けない力を意味します。
 免疫という字はちょっとむつかしい漢字です。「免」という漢字は「まぬがれる」つまり「そこからぬけでる」、「疫」とは病気や運の悪いことを意味します。つまり免疫とは、病気や運の悪いことがおきても、それにつぶされないで生きのびる力のことです。実はみなさんの誰もが持っているものです。

 二つ目は「免疫力の向上」。これはどういうことでしょうか?実は私たち人間は、生まれた時から命の害から身を守る力をもっています。ウイルスやばい菌が体に入っても戦う力がたくさんあります。たとえば体には、血液の中の白血球やリンパ球、脳から全身にはりめぐらされた交感神経や副交感神経、副腎皮質からでるホルモンなどがあり、これらが力をあわせて病気を退治します。
 実は私たちは、小さい時から免疫力をつけていきます。その方法は二つにわけると、一つは病気にかかることで病気と戦う力がつくこと、もう一つはワクチン接種があります。ワクチン接種は、人工的に害のないくらい弱くした病気のもとを体に入れて免疫力をつける方法です。体が安全に病気のもとを記憶し、それが体に入ってくるとあわてず退治するのです。皆さんはポリオや麻疹などのワクチン接種を受けてきましたね。  
 その一方、免疫力の向上には、こころの健康が大切です。前向きな明るいこころ、失敗してもくよくよしないで、次は失敗しないように工夫する力です。実は体とこころはつながっています。こころが明るくわくわくしていると、体の免疫力も活発になります。子どもは明るいこころが大人より上手です。わくわくすることを見つけて楽しむことが上手です。元気に体ごと遊んだり、お母さんお父さんにたっぷり甘えると、こころの免疫が向上します。つらい時にはその気持ちをだしていいのです。子どもが泣いたり怒ったりすることは、わがままとは限りません。つらい気持ちがあることを伝えているのです。それをわかってもらえると、明るい自分にもどれます。そして次には、自分が友だちのつらい気持ちに、だいじょうぶ、と思いやることができます。子どもの時にたくさんお父さんお母さんと楽しく遊んだり抱きしてもらえた人は、ストレスの少ない、免疫力の高い人になります。

 三つめは新型コロナウイルスの流行に対する免疫力です。手洗い、マスク、人との間をあける、人の集まりを我慢するなど、毎日毎日この1年間、うんざりするほどいわれ、そして遠足や運動会も中止になって、本当に子どもたちはよく我慢し頑張っていると思います。そのおかげもあって、日本はアメリカやイギリスなどの世界の他の国々より上手に感染を減らしていて、世界からほめられています。そして今、世界でコロナウイルスについてわかってきていることは、このウイルスは大人やお年寄りにはこわいかもしれないけれど、子どもにはわりと安全だということです。子どもの場合は、ウイルスにかかることよりも、周りの大人が必死でウイルスと戦う緊張した姿を見て、暗い気持ちにおちこむことの方が心配です。世界の専門家は、大人がいらいらして、あれもだめこれもだめという中で生きることのストレスが、子どもにはとてもよくないという結果を報告しています。
 コロナのことできつくしかられても、子どものあなたが悪いのではありません。まじめで優しい子ほど、緊張してして我慢してしまうので、そのことをしっかり伝えたいと思います。

 今日のようなことを学校全体で考えることは、「学校の免疫力の向上」につながります。コロナで皆が大変な時です。こういう時こそひとりで嫌な気持ちを抱えないで、おうちの人や先生や友だちになんでも話して、すっきり安心して過ごしましょう。それが社会全体の免疫力の向上につながります。

 

 

 

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