臨床余録
2020年3月29日
はじめがあるからにはおわりがある

 コロナのニュースばかりのテレビに少し疲れ気味で、何気なくスポーツニュースを眺めていた。プロ野球も延期で面白くないのだが、どういうわけか阪神タイガースをやめた選手がとりあげられていた。鳥谷敬。早稲田を出て阪神に16年間所属し連続出場の記録を持つという。昨年の不振から阪神を退団させられ、どこにも行くところがないとされていたが、やっとロッテに移籍が決まった。若手にまじってトレーニングに励む。小柄だが褐色の精悍な顔が印象的。顔面に死球を受け鼻骨骨折をおして翌日もバッターボックスに立つ姿が流れる。

 その彼が今の心境を聴かれて答える。野球をはじめたからにはいつか終わりがある。そのことは野球を始めたときからわかっていた。しかし、やめるときは自分が納得してやめるのでなければならない。昨年駄目だったが、今年に向けて鍛えてきた。今年駄目なら駄目と納得できる。その前にクビというのは納得がいかない。人間、生まれたときから死に向かって生きている。終わりがあるのはわかる。今年駄目なら納得してやめられる。
 そんな風に語っていた。

 こころが動かされた。なぜだろうか。渡邊醫院はこの4月で丁度20年。やるべきことはやったという思いがある。今生きているのは半分おまけの人生といってもよい。だがほんとうに自分の納得できる終わりとは、受身的に流されていくのではなく、残された時間を自分が生きなければならないようにさいごまで生きていくことであろう。鳥谷選手の言葉を聞いて、そんなことを思った。

 

2020年3月22日
ざぶとん

 定期的に往診しているそのひとは一種のひきこもりで一人では外にでられない。コミュニケーションの障害もあり断片的な会話が少しできるだけである。ヘルパーさんの助けを得てひとりで暮らしている。訪問する時間は大体決めてあるが、少し遅れることもある。挨拶して入ってもよいかを尋ね、「はい、どうぞ」という声を聴いてからドアをあける。板敷の部屋に入ると、二つのざぶとんが目に入る。訪問する僕と看護師のため彼女が用意してくれるざぶとんである。その二つのざぶとんを前に自分もざぶとんの上、丁度三角形の頂点にきちんと正座して待っている。いつも同じ姿勢。少し伏し目がちに両手を膝の上に置いている。僕が語りかけなければ、彼女が声を発することはない。その静かな姿勢は、まるで彼女が朝からずっとそこに兀座(こつざ)して僕たちを待っていたかのように思わせる。
 前回の往診からの体調の変化、睡眠、食欲、リハビリのすすみ具合などを聴く。血圧を測り簡単な身体診察をし、薬の飲み具合を聴き、処方する。彼女がどう感じ、何を思っているのか、わからない。短い診察以外の時間、彼女がどう過ごしているのか、わからない。
 だがわからないということが僕の診療を謙虚にさせる。この短い時間に彼女との間に交わす、いくつかの言葉、その声のトーン、僕に向けるまなざし。そして何よりも僕たちのために用意してくれる彼女のざぶとん。そこに彼女がいる。ざぶとんを通して彼女の生活のなかに占めるこのささやかな訪問診療の意味を考える。

附記:ざぶとんで思い出すもうひとりの患者さんがいる。90歳代の盲目の老女で昼間は独りでくらしていた。居間の真ん中に夏以外はいつも炬燵があった。往診に行くと、その炬燵の中から僕のために温めていたざぶとんをとりだし、「先生、どうぞ」といってその上にすわるようにすすめるのである。着物をきちんと着て、その所作はいつも静かであり、簡素ながら心なごむ雰囲気が漂っていた。暖かいざぶとんの上にすわり無言の彼女の診察をしながら僕は言葉以上の何かを感じていた。

 

2020年3月15日
コロナであってもコロナでなくても

 80歳代の一人暮らし女性のことである。
 狭心症の既往あり、12種類の薬を病院で処方されている。夜になると誰かが戸を叩く、物を盗りにくるなど被害妄想を持つようになる。家の前で転倒して救急入院したが、病棟で杖を振り回すなどして退院させられた。区の担当から紹介され診ることになる。訪問看護師が定期的に入り、ヘルパーさんに食材を用意してもらいあとは大体自立している。独居であるが部屋はきれいで無駄な物のない簡素な生活という印象だ。薬を減らしたが、幻覚はまだ続く。
 その彼女が10日以上前から37℃から38℃の発熱、今日は胸が痛い、息苦しいというので緊急往診した。38℃で酸素濃度92%、咳は軽く聴診上問題ない。採血したが明らかな異常はない(ということはウィルス性を示唆)。インフルテストは陰性。さてどうしたらよいのか。37.5℃以上の熱が4日、心臓病など合併症を持つ人は2日で新型コロナ感染症相談センターに連絡ということになっている。しかし、家族のいない状況や彼女の人柄、生活変化への適応性の低さを考えると、すぐにこのマニュアル通りに事をすすめるにはためらいがある。今のところ、なんとか屋内生活は成り立っており、精神的には落ち着いてきている。だがそれにしても毎日だれかが見に行かないとまずいだろう。連日熱のつづく高齢女性を放置するわけにはいかない。訪問看護師は彼女がコロナでないと証明されるまでは訪問できないと撤退した。
 次の日も往診する。まだ37.8℃ある。酸素濃度は改善。水分食事はとれている。はじめは夜の診療所に「わなだ!わななんだよ!」といったわけのわからない電話をかけてきた。しかし翌日の昼訪問するとニコニコしている。夜間せん妄だったのだろう。「先生、雨のなか悪いね」と丁寧な言葉をかけてくる。きのう僕が与えたマスクのお礼を言い、きちんとつけている。「夜はまだこわいことがあるの?」と聞くと、脅すような声や音はなくて、お祭りの音楽が聞こえるようになった、そのお祭りに誘われて困ると笑う。面白いおばあさんである。診察後手を洗っているとどこからかきれいなタオルを用意してくれたりする。きちんと食べているのか、冷蔵庫を開けさせてもらうと牛乳とヨーグルトとコロッケが少しあるだけである。ケアマネに連絡して食料補充を頼まなければと思う。当分毎日往診しよう。診療所のスタッフにはもし彼女がコロナ感染であったら濃厚接触者である僕は検査を受け、それで陽性だったら2週間、診療所閉鎖になるであろう。僕も70歳を過ぎた高齢者だから危ないかもしれない。皆も検査あるいは自宅待機となるだろうから、承知しておいてほしい、と話した。そしてもしそうなったら、おそらく多くの患者さんたちに動揺が生まれ渡邊醫院のコロナ感染の情報が風のように広がり、以後来院しなくなる患者さんもいるだろう。今、町医者として働くとはそういうことである。それでよいのだと思う。

 

2020年3月1日
新型コロナとペスト

「午後8時すぎの診療所、帰り支度をしていると電話がはいる。寝たきり独り暮らしの男性Mさんが今日の昼37℃を少し越える熱を出した。Mさんの家に明朝訪問予定のヘルパーさんがコロナが心配なので家の中にはいれないと言っている。先生が診察して誤嚥性肺炎という診断なら安心なので訪問できるがどうしたらよいだろうか。担当のケアマネさんからである。そうか、ここまできたのか、とため息がでた。一般市民へのガイドラインでは37.5℃以上の熱が4日以上続いたときに相談センターへコールとなっている。微熱が1日出ただけで介護不能に陥る。それを僕は認めざるを得ない。現実はそこまで来たのだ。そして何をなすべきかを考える。この場合、まず訪問看護師さんに行ってもらうことにしよう。その報告を聞いて考えよう。

 連携診療所の医師と情報交換をした。きのう彼は独り暮らしの神経疾患患者から熱が4日以上続くとコールあり。すぐ往診したという。普通に考えれば、コロナを懸念してまず相談センターに連絡し指示を仰ぐところだが、自分の受け持ち患者から頼まれてすぐ診にいくところが彼らしいなと思いながら、リスクと背中合わせの医師の仕事の意味を考える。

 そして『ペスト』(カミュ)のなかでヒロイズムや愛の観念について語る新聞記者に同意しながら医師リウーが自分の考えを述べる場面を思いだす。

「しかし、それにしてもこれだけは言っておきたいんですがねー今度のことは、ヒロイズムなどという問題じゃないんです。これは誠実さの問題なんです。こんな考え方はあるいは笑われるかもしれませんが、しかしペストと戦う唯一の方法は、誠実さということです」

「どういうことです、誠実さっていうのは?」と聞かれてリウーは答える。「一般的にはどういうことか知りませんがね。しかし、僕の場合には、自分の職務を果たすことだと心得ています」

 自分の患者だけでなく自分の愛する妻、友人、仲間がつぎつぎに亡くなっていく中でリウーはまるで誠実さの塊のごとく戦いつづけ、そして負けつづける。やがて、ついにペストの終息がきたときリウーは「あらゆる苦悩を越えて、自分が彼ら、死者たちとひとつになるのを感じる。黙して語らぬ人々の仲間に入らぬために、彼らに対して行われた非道と暴虐の、せめての思い出だけでも残しておくために、そして、天災のさなかで教えられること、すなわち人間のなかには軽蔑すべきものよりも賛美すべきものの方が多くあるということを、ただそうとだけいうために。」リウーはこの物語を書こうと決心するのである。

 医者として自分に与えられた職務を誠実に果たすこと、困難のなかでこそ僕はこの言葉をもう一度胸にたたきこもうと思う。僕らは今試されているのかもしれないのだ。

 

 

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