第3号被保険者制度は不公平、という意見を
もう一度考えてみよう

第3号被保険者制度については、「第3号被保険者問題」に書きましたが、以降だいぶ時間がたち、また他の幾つかの記事で少しづつ触れているのでどこかでまとめて整理する必要を感じておりました。アベノミクスのイケイケ路線で出てきた配偶者控除廃止の動きに便乗して、第3号制度が嫌いな人たちが勢いを得て廃止論を唱えてきている動きを感じることもあり、本稿でまとめたいと思います。
まとめの仕方としては、Googleで「3号 不公平」で出てきたページの意見を読んで、不公平とする理由を整理し、それぞれに反論するという形にします。これはあくまでも分かりやすくするためとった方法であり、各ページの意見を批判することが目的でありませんので、元になった具体的なサイトは示しません。

  1. 「第一号被保険者に比べて不公平である」という不満、意見
  2. 「独身や共働きの第2号被保険者に比べて不公平である」という不満、意見
  3. その他の不満、意見

1.「第一号被保険者に比べて不公平である」という不満、意見

一番ありそうな不公平論は第一号被保険者と比べて不公平というものでしょう。この節でまとめます。

第一号被保険者と比べて不公平という典型的な意見

第1号被保険者は誰でも保険料を納めなければ年金はもらえない。何故第3号は保険料を納めないのに年金がもらえるのか。何故自営業の妻は専業主婦でも保険料を払わなければならず、サラリーマンの妻は払わなくても同じ基礎年金をもらえるのかということでしょう。

何故不公平ではないか

◆第1号被保険者と第3号被保険者を比較するのがそもそも間違い

第1号被保険者は国民年金の制度内にあり、一方第3号被保険者は、第2号被保険者と共に、厚生年金保険(及び共済組合)の制度内にあります。この2つの年金のシステムは全く異なります。厚生年金は所得に比例した保険料を納めます(応能負担)。所得の無い配偶者の分は制度全体で面倒を見ていることになります。これに対し国民年金は所得とは関係なく一人当たり定額を納めるというシステムです(応益負担)。第1号と第3号を比較するのがそもそも見当はずれなのです。また第2号被保険者のうち所得がある程度以上高い人が多めの保険料を納め、厚生年金という制度の中で帳尻を合わせています。そもそも部外者(第1号被保険者)に不公平と言われるいわれはないのです。
「国民年金」という語のややこしさを参照ください) 

◆なぜ国民年金保険料は定額なのか

なぜ国民年金も厚生年金のように所得に比例した保険料にしないのでしょうか。
厚生年金の原型は昭和16年に制定されます。国民年金はそれよりずっと遅く昭和34年に法律が制定されます。その制度設計の基本となった昭和33年の社会保障制度審議会の答申「国民年金制度に関する基本方策について」で、なぜ、このような一人当たりいくらという定額制になったのかについては、「国民年金の対象には、所得能力が低く、その把握も困難であり、拠出金の徴収も容易でない人びとが多い。被用者の場合のように、所得に応じて拠出金を徴収することは、技術的に不可能に近い。」と記述されています。 自営業の場合、所得把握が困難という技術的な問題があるのでやむを得なかったということです。

この状況は、クロヨンやトーゴーサンなどと言われることで分かる通り、現在でも解決されているとは思えません。また、自営業の場合、サラリーマンと比較して公平に所得を定義することも技術上困難があると思われます。国民年金で所得比例年金(あるいは厚生年金への統合)を実現するためには、所得捕捉の強化と精度の向上、及び所得の公平な定義が必要です(「公的年金制度の将来 〜社会保障制度改革国民会議の議論から〜」参照)。

なお、良く見かける言い回しなので触れておきます。「八百屋さんの奥さんは専業主婦であるのに保険料を払っている」というものです。八百屋の奥さんが専業主婦とはどういう状態なのか、店番や電話番さえしないということなのか、税金の専従者控除や専従者給与は申告していないのか等はちょっと気になりますが、国民年金は厚生年金と異なり一人当たりの定額制なのですから、二人分の年金をもらうのであれば二人分の保険料を払わなければなりません。もし所得比例保険料であるなら、一人で働いていようが二人で働いていようが同じ保険料を払って二人分の年金が受けられることになります。

このあたりで、そろそろ3号制度が不公平なのではなく、国民年金という制度の方に問題があるような気がしてきませんか。

◆国民年金は今後はどうなる

前段で、”3号制度が問題なのではなく、国民年金制度の方が問題”ということをほのめかしたつもりでいます。年金の理想は所得比例年金であるというのは「公的年金制度の将来 〜社会保障制度改革国民会議の議論から〜」で紹介しました。国民年金を所得比例年金に変更するために必要な、自営業の公平な所得の定義や、それを精度よく把握するシステムの構築には、学者や官僚ががんばる必要があります。これは相当困難なことでしょうが、年金一元化には避けて通れない道であるように思います。

ところで国民年金被保険者の9割以上は実は自営業ではなく、パート等の非正規労働者や厚生年金非適用事業所の労働者のようです。これらの人々を所得比例年金のシステムに入れるのは、厚生年金保険の適用範囲を広げることで可能になります。法改正がその方向に行われつつあることについては「短時間労働者の社会保険はどのように変わるか」を参照ください。

◆何故、働いていない配偶者が厚生年金制度の対象になるのか

実際に会社で働いているわけではない配偶者がなぜ厚生年金制度の中で面倒を見てもらえるのか。この点に疑問(不満)を持たれる場合もあるのではないかと予想します。これには2つ理由があるように思います。一つは歴史的経緯、もう一つは収入のない人に年金を付与する適切な方法であるからです。

2.「独身や共働きの第2号被保険者に比べて不公平である」という不満、意見

これについては「第3号被保険者問題」で不公平にはなっていないということを詳しく説明しましたのでそちらを参照ください。誰でも世帯収入に比例した保険料を納め、人数分の基礎年金と納めた保険料総額に比例した報酬比例分をもらうというのが厚生年金の制度であり、第3号被保険者制度についてもそれに則ったものとなっています。

ここではそれを前提にしたうえで、見られた意見についての反論を行います。

(1)感情的なもの

第3号被保険者の保険料は第2号被保険者全員で負担しており、その中には母子家庭の母や、独身女性、共働き女性も含まれている。

感情に訴えることで3号制度廃止を主張しようとする意見として紹介しました。独身女性や共働き女性の中には年に何回もの海外旅行をしたり、ブランド品を買いまくったりという人もいるでしょうし、第3号被保険者の中にも子育てや親の介護に明けくれ苦しい生活をしている人もいるでしょう。このような感情的な意見はもともとそのような意見を持っている人を煽る以外の何の意味もありません。

(2)共働きの方が生活が大変でありそれを考慮すべきというもの

夫一人が働く世帯と共働きの世帯とで、個人ではなく世帯単位で見た場合、年金額は変わらないので不公平はないという理屈があるがこれは所得に代えられない部分を無視した考え方である。共働きの場合子育てのサービスに料金を払わざるを得ないとか外食が多くなるとかで経費がかさむ。また、ゆとりや余暇の生活水準を考慮すると平等ではない。

専業主婦(主夫)世帯も共働き世帯ともいろんな事情や各家庭の考え方があり、特定の例を上げて不公平感を煽ろうとするのはよろしくありません。そもそも子育てサービスにお金がかかること、ゆとりや余暇がないこと等は年金制度の問題ではありません。他の社会制度や労働環境の問題を改善して、共働き世帯であっても余裕をもって子育てができゆとりのある生活をおくれるようにすべきでしょう。年金額や保険料を論ずる根拠にはなりません。

(3)第3号被保険者が保険料を払えば財政が改善するというもの

第3号被保険者が自分で国民年金の保険料を払えば、その分だけ厚生年金の保険料が下がり、共働き家庭の保険料負担はかなり安くなる。現在の制度に不公平感を抱いても間違いではない。

第3号被保険者が第1号になれば、その分基礎年金拠出金(「「国民年金」という語のややこしさ」参照)が減りますので、確かに厚生年金の財政は良くなります。その分保険料を減らすこともできるかもしれません。しかし、それは厚生年金の加入基準を狭め、低所得の被保険者を国民年金に回しても同じことが言えます。それぞれが自分の保険料のことのみ考えて勝手な主張をしても解決にはなりません。公的年金全体、あるいは社会保障全体としてあるべき姿を考えるべきです。

3.その他の不満、意見

(1)130万円の壁が就業抑制を招くという意見

これについては「番外編:いい加減にしてほしい・・・・・不勉強なマスコミと偏向評論家」に書きました。

(2)共働き世帯と第3号世帯では遺族厚生年金に不公平があるというもの

これについては第3号被保険者と遺族厚生年金に書きました。

(3)保険料を負担していないのに給付を受けるのはおかしいという意見

社会保険は、負担に応じて給付を受けるものなので、その原則に反することになる。

その「原則」をどこから持ってきたのでしょうか。自分のできる負担を行い(従って所得の無い人は負担なし)、所得を再配分して給付するというのが厚生年金のしくみです。国民年金は技術上の問題でやむを得なくそうなっていないというだけです。ましてや一般的に「社会保険」にそのような「原則」は存在しません。国民年金も無拠出性の福祉的な年金から始まっており、現在も一部に残っています。

(4)年金制度は働き方に中立でなければならないという意見

税制や年金制度は働き方に中立でなければならない。現在の日本の所得税制と年金制度は、配偶者を持っている女性に対して「働かないか、働いたとしても年間103万円か、130万円以内の収入で働くこと」に動機づけを与えている。

最近良く「働き方に中立」というキーワードを耳にするようになりました。最初の出所は分かりませんが、 平成26年3月19日の経済財政諮問会議・産業競争力会議合同会議で安倍首相が報道関係者を前に「麻生大臣、田村大臣には、女性の就労拡大を抑制する効果をもたらしている現在の税・社会保障制度の見直し及び働き方に中立的な制度について検討を行ってもらいたい。」と述べてから広まったというところでしょう。もともとは103万円の壁や130万円の壁に対し、それを超えない方が得という制度が”働き方に中立的でない”という意見で使われたものと思います。
「番外編:いい加減にしてほしい・・・・・不勉強なマスコミと偏向評論家」で書いた通り、103万円の壁はもともと存在しないし、130万円の壁も実効的な解消が予定されているので、これらが働き方に中立ではないという主張は見当はずれです。そもそも課税の仕組み、被扶養配偶者の認定基準や社会保険の加入基準に起因する問題であり、配偶者控除、第3号制度自体の問題ではありません。しかるに「働き方に中立」というキーワードが独り歩きし、配偶者控除や第3号制度そのものが「働き方に中立」でない制度で、廃止すべきというように使われている気がします。
こうなると「働き方に中立」ということが何を指すのか意味不明です。配偶者を扶養しているので税金をある程度控除する、働かないので保険料を納めないというのが「働き方に中立」ではないというのであれば、累進税率や、そもそも働かなければ納めなくてもよい所得税も「働き方に中立」ではない制度という事になります。国民年金の学生の保険料免除特例等も働くよりも学生でいた方が年金保険料を納めなくても得という事で生き方の選択に依存する「中立でない制度」になります。さきほども昼のテレビ番組で某タレント弁護士がしたり顔で話しておりましたが、キーワードに操られる日本人の傾向は困ったものだと思います。

(5)専業主婦は仕事ではないというような意見

両方とも同じ回答で済むので一緒にしました。どこからその俎板にあげて批判している3号制度擁護論を持ってきたのでしょうか。少なくとも年金の専門家が真面目な議論の中で、”専業主婦は役に立っているから”3号制度は正しいなどと主張することは無いはずです。良くわかっていない人の話や茶飲み話に対して意見を言っても何の意味もありません。

初稿2014/6/27