番外編:いい加減にしてほしい・・・・・
不勉強なマスコミと偏向評論家
〜税制に103万円の壁など存在しない

最近、テレビ、新聞等で配偶者控除を取り上げるケースが多くなってきている気がします。それらでは廃止することが良いことである、あるいは廃止になってもやむを得ないと思わせるような解説が為されています。社会保険の被扶養者の存在と合わせて批判の対象にしているものも目にします。かつての「年金もらい過ぎ」キャンペーン(「年金2.5%減額法案について」参照ください)とおなじような動きに見えます。裏で何らかの力が働いているような不気味さを感じます。本稿ではそのような番組や記事の無知や偏向を指摘したいと思います。なお、他の稿は私の知識が少しでもお役にたてばという気持ちで書いてきました。本稿で取り上げる税金は私の専門ではありません。ちょっと調べればどなたでも分かる程度の内容です。そのため番外編としました。

  1. 103万円の壁の嘘
  2. 130万円の壁は別な方法で解消すべき
  3. 嘘をつく人たちの狙い

補足:その後−政府税調の結論

要約

この稿は番外編でもあり簡潔に書こうと思っていたのですが、悪い癖で結局長くなってしまいました。要点のまとめをつけることにします。

1.103万円の壁の嘘

103万円という額について

念のため”103万円”とは何かを復習しておきます。

◆所得税の対象になるのが103万円から

給与収入が180万円以下の場合、給与所得控除が65万円となります(国税庁のページ1)。また誰にでも適用される基礎控除が38万円あります( 国税庁のページ2)。65万円+38万円=103万円となり、103万円を超えると所得税がかかります。ただし超えた分に対してかかりますので、103万円を超えると急にまとまった額の税金を取られるというものではありません。
例えば給与収入が104万になったら、103万円を超えた1万円に5%の税率をかけた500円が税金で、手取りは103万9,500円となります。このように超えた分の一部が税金となるだけで、収入の増加により手取りが減るようなことはありません。
住民税については基礎控除が33万円なので給与収入が98万円を超えると住民税の対象となることになりますが、非課税対象が別の基準で定められているので、どこから課税になるかは自治体ごとに異なります(東京23区だと100万円以上)。

◆配偶者控除は103万円を超えると無くなる

配偶者控除は配偶者の所得金額が38万円以下であれば受けられます(国税庁のページ3)。従って妻の収入が給与所得控除65万円+38万円=103万円以下であれば、夫の所得から38万円が控除できます。
所得が38万円を超えた場合は、今度は76万円まで配偶者特別控除を受けることができます(国税庁のページ4)。これは76万円まで漸減しますが引用した国税庁のページにある通り階段状に減りますので階段の角に当たる部分(40万円、45万円、50万円、55万円、60万円、65万円、70万円、76万円)の前後では最大5万円減ります。このため確かに収入が増えると夫婦合計した手取り額が減るという場合があり得ることになります。夫の収入が1000万円くらいあり税率23%が適用されているという場合は夫の税金が最大、年間11,500円増えます。夫の収入が250万円くらいで税率5%の場合は最大、年間2,500円増えます。この場合1,000円収入が増えたためにこれらの角を超えたという場合は、夫婦手取りの合計は差し引き1,500円/年減ります。これはわずかの収入の増加でたまたま角を超えてしまったという運の悪いケースで、また額もその程度のことです。また103万円を超えても65万円+40万円=105万円までは配偶者特別控除は38万円のままです。また65万円+76万円=141万円以上になった場合配偶者特別控除は3万円がなくなるだけです。

103万円に壁は存在しない

以上でお分かりの通り、103万円を超えても所得税は超えた分にかかるだけであり、配偶者控除は 無くなっても配偶者特別控除があります。103万円を超えて働くと損をするという「103万円の壁」は存在しないのです。一方配偶者特別控除が階段状であることから105万円、110万円、115万円、・・・、141万円のところに超えると損をする場合があるポイントはありますが、損の程度は所得控除額で最大5万円であり大きなものではありません。超えたらちょっと多めに働けば取り返せる程度です。

なお配偶者特別控除は昭和62年に始まったもので、それ以前は本当に103万円の壁がありました。現在も103万円の壁があると思われているのは昭和62年以前に働いた経験のある人たちがその記憶を持ち続けているのが一つの原因かもわかりません。

1万円はパートでは簡単に取り返せないと言われそうです。1万円も減額される人は夫の収入が高い人であり問題は小さいのではないでしょうか。それでもこれらのステップ的な減額が問題だというのであれば、配偶者特別控除を角のない滑らかに減額する方式に変えれば良いだけです。制度があること自体の問題ではありません。

家族手当の問題

税制上は103万円の壁は存在しないのですが、企業が独自の制度として支給している家族手当(扶養手当)の支給条件が、所得税あるいは配偶者控除の基準額103万円を用いている場合があるそうです。もし本当の「103万円の壁」があるとするとそこでしょう。

家族手当は、私が勤務していた某大企業では随分昔に廃止されており、能力主義の普及と共にほとんど消えたのではないかと思っていたのですが実態はそうでもないようです。中央労働委員会の「平成24年賃金事情等総合調査(確報)」によると平成22年においてまだ8割の企業で家族手当制度はあるようです。そのうちどのくらいが103万円を基準としているかは分かりません。

家族手当制度は企業の私的な制度です。税制と関係ないだけではなく、税制とリンクさせることに何の必然性もありません。家族手当が就業調整を引き起こしているのであれば、マスコミ、評論家はそれを問題にすれば良い。家族手当を理由として配偶者控除を廃止するなどは変な話で、さすがにそれを真正面に主張している例は知りません。そもそも、税制の配偶者控除を止めれば、世の中の家族手当は無くなるのでしょうか。家族手当があり続ける限り基準額は変わっても就業調整の壁は存在し続けることになります。企業が廃止するか、あるいは収入と共に漸減するような制度に変更する必要があります。

我田引水の廃止肯定論

以上説明したように、税制に103万円の壁などは存在しません。それに基づく就業調整が女性の活用を阻害していると言う理由で配偶者控除を廃止・縮小せよなどという議論はそもそも成り立ちません。103万円が壁でないことの説明は経済評論家の荻原博子氏の記事(産経ニュース「荻原博子の家計防衛術」2014年3月24日。他)を始めいくらでも見つかるはずです。それなのに、昨今のテレビ番組や大新聞のあたかも配偶者控除による「103万円の壁」が存在するかのような解説はどうしたことなのでしょうか。最大好意的に考えて常識不足、勉強不足で政府の宣伝ををそのまま信じて垂れ流ししているということでしょう。
しかし中には、明らかに配偶者控除廃止そのものを目的として、意図的に読者、視聴者をミスリードしようとする悪質と思われるものがあります。幾つか紹介したいと思います。

2.130万円の壁は別な方法で解消すべき

103万円の壁と一緒に130万円の壁の問題が説明されることが多く、大抵の場合第3号被保険者制度に対する批判に向かいます。本当は存在しない「103万円の壁」と異なり、「130万円の壁」は実際にあります。「130万円の壁」が発生する理由、またどのような方向で解決すべきかについて意見を述べます。

第3号被保険者制度に問題は無い

第3号被保険者制度が決して主婦優遇の不公平な制度ではないことは「第3号被保険者制度」で詳しく説明しました。応能負担という厚生年金保険の体系の中での自然な制度です。また公的年金の理想である報酬比例年金(「公的年金制度の将来」参照)を実現していることからも、維持すべき制度です。

130万円の壁は何故生じるか

被扶養配偶者が専業主婦等で全く収入が無ければ何の問題もありません。問題が起きるのは被扶養配偶者に給与収入がある場合です。無収入とみなすための基準のところで就業調整が発生します。それが130万円の壁です。就業調整をする壁となってしまう本質は、それを超えても社会保険に加入できず、国民年金の保険料、国民健康保険の保険料を自分で払う必要が生じるからです。特に国民年金の保険料は収入によらず一定のため突然大きな負担となります。もし社会保険に加入できれば、厚生年金と健康保険の保険料を払う必要はありますが、収入に比例した保険料でありさらに半分は事業主負担ですので、負担の増え方は多少は緩和されます。何よりも将来の年金が増える等のメリットがあり、それを理解してもらえば就業調整を防ぐことは可能なはずです。

現在の制度では労働日数と労働時間が正社員の4分の3以上あれば社会保険を適用するとして運用されています(例外あり)。それでは、社会保険が適用されずに130万円の壁にぶつかるということはどの程度起こり得ることなのでしょうか。

正社員が週5日、週40時間(8時間×5日)働くとしましょう。週4日フルタイムで働くパートは社会保険適用になります。週3日フルタイムで働く人は基準に達しないので社会保険適用になりません。この人が毎月4週間働くとすると一年では 8時間×3日×4週×12月=1,152時間 となりますので時給が1,128円を超えると130万円を超えることになります。正社員の4分の3の30時間ぎりぎりまで働く人は時給900円くらいで130万円を超えますし、看護師さんのような専門職で時給が高い場合はもっと少ない労働時間で130万円を超えることになります。これらの数字をどう考えるか統計が全く手元にないので確かなことは何とも言えないのですが、一般的な感覚としては、社会保険の適用なしに130万円の壁を超えてしまうというのは誰にでも起こるということではないが、起こってもそれほどおかしくないことである、という程度でしょうか。

130万円の壁はどのように取り除くべきか

第3号制度が悪いわけではない。しかし130万円の壁はある範囲の人には実際にぶつかる可能性があるということを説明しました。それでは、壁をどう取り除けばよいか。理想的には、給与収入がある人すべてを社会保険に加入させればよいのです。しかしながら、それでは財政の点、あるいは事業主の負担増の点、あるいは国民年金とのバランスの点などやっかいな問題があります(「短時間労働者の社会保険はどのように変わるか」参照)。すぐにはできません。このため、社会保険の適用条件を緩和してほとんどの人が130万円の壁にぶつかる前に社会保険適用になるようにすることにより、130万円の壁を実効上なくするのが現実的な方法と思われます。

平成28年10月1日から、前述の正社員の4分の3以上働く人に加え、週所定労働時間が20時間以上で年収106万円以上の人も社会保険適用になります(当分500人超えの職場に限る)。これは短時間労働者の福祉や年金財政の改善を目指すものでしょうが、上に述べたとおり130万円の壁問題の解決にも効果があります。社会保険の適用にならない中で130万円の壁に一番ぶつかりやすい20時間ぎりぎり働く人で見てみましょう。月4週として年では960時間になりますから、この場合130万円に達するのは時給1354円以上の人となります。これなら、専門職を除いてほとんどが対象にならないと言えるのではないでしょうか。また平成31年以降さらに社会保険の適用が拡大されていく方向であり、130万円の壁はだんだん目立たなくなって行くでしょう。

3.嘘をつく人たちの狙い

103万円の壁が本当は無いのに、なぜ政府や一部マスコミ、一部評論家は意図的なミスリーディングまでして配偶者控除を廃止させようとするのでしょうか。これは根拠がない想像しかできません。

政府の目的はまず増税と思われます。女性が働く上での障害というイメージを作り増税しやすくしようとしているということです。ただ、配偶者控除の廃止は財務省ではなくどうも安倍首相から出ているようなので増税ということだけでは説明できないかもわかりません。労働者の利益よりも事業優先で改革を進めようとしている安倍内閣の方向性から考えると、誤解のせいにせよ家族手当のせいにせよ103万円での就業調整は現象として有るわけであり、それを少しでも緩和することで事業主側から見てパート労働者を使いやすくしようという意図があるのではないかという気もします。

一部マスコミ報道、一部評論家の態度は合理的な説明は思いつきません。ただ私が以前から強く感じているのは、我が国の中に働かない女性を強く嫌悪する人たちがいて、働いていない女性の保護に向けて作用する制度は全て悪であり、何が何でもつぶすべきと思って活動しているのではないかということです。こういう人たちにとって「第3号被保険者制度」や「配偶者控除」の廃止は一種の宗教的信念であり、いくらそれらが理屈に合った制度であるかを説明しても何の役にも立たない。またミスリーディングや感情的煽りなど手練手管を利用してでもとにかく廃止させようとする。そう見えます。例えば第1節で武田洋子という人の記事を例に上げましたが、この方の平成23年9月29日の社会保障審議会年金部会における第3号被保険者制度に対する発言を読んでみてください。資料無視、他の人の議論無視で、とうとうと型にはまった3号制度廃止論をお題目のように唱える「情熱」を見ることができます。

女性が自分が選んだ生き方をしていくうえで障害になるような制度や慣習はどんどん見つけ出し廃止、改正すべきです。しかし「女性はこう生きろ」という特定の価値観のみ正しいとし、それからはずれた女性が生きにくくなるような制度に変更しようとすることは誤った動きです。しかも政府の委員会やテレビにコメンテータとして出ている女性は男性社会の中で戦い現在の地位を築いた人たちです。そういう人たちに特有の価値観だけが発信され続けていると思われます。
私は、”社会で働かない女性は存在する資格はない”という教義の専業主婦撲滅教という秘密の宗教があり、その信者が政治、マスコミ、学会、経済界などいろんなところに入り込み、共通のツール(プロパガンダ手法)を用いて布教活動をしている。そういう印象を持っています。

マスコミ一般はとりあえず無知であり、不勉強であるといことで済ませました。しかしNHKを始め103万円の壁が無いことを伝える報道が全く見当たらないというのは、異様に感じます。
昨日のニュースによると、政府税調で配偶者控除廃止の議論が開始されたようです。マスコミ報道がこのような一方的な傾向になっている場合、年金2.5%減額の時の経験から考えて、廃止乃至縮小は既定路線なのではないかという危機感も正直感じます。

補足:その後−政府税調の結論

6月11日政府税調は結局配偶者控除の廃止の結論を見送りました。議事録はまだ公開されていませんが、中里会長の記者会見が公開されています。それを読むと、103万円に壁は無い事、問題は会社の家族手当であること、等を述べ、”所得税や住民税の税制が、(女性の)社会進出を大きく妨げていることはないのではないかと思います”と発言しています(()内私)。財務省か官邸か知りませんが、マスコミを通したキャンペーンは、年金削減の時のようには功を奏さなかったようです。専門家集団としての税調の力を感じます。社会保障審議会や労働政策審議会もこうあって欲しいと思います。

これを受けて自民党税調や政府がどうするかはまた別の問題です。引き続き注目していきたいと思います。

初稿2014/4/15
文章修正2014/5/11
補足追加2014/6/26
修正2015/9/16
●住民税の非課税基準について追加