『父親たちの星条旗』(Flags Of Our Fathers)
監督 クリント・イーストウッド


 ラース・フォン・トリアーがヨーロッパを一歩も出ないままに撮ったドッグヴィルを観たときに「この作品は、アメリカ三部作の第一作として撮られた作品だそうだが、人間のなかに潜む邪悪さとか人間の持つ欺瞞性といったことは特にアメリカ人に際立ったものではなく、この作品もそういう意味では普遍的な人間の属性を炙り出しているのであって、殊更にアメリカ的なものが主題になっているようには思えない。しかし、人間の属性部分ではなく、行動選択や決断といった面では、ある種アメリカ的というイメージを僕が兼ねてより抱いているものに通じる部分があって興味深かった。それは結論や結果に対する明快志向ともいうべきもので、極論すれば二元論に集約し、そのいずれかを選択することとその選択に対する割り切りへの潔さにおいて迷いのなさを体現することに価値を置くような行動基準を自らの文化として醸成しているように感じている部分だ。」と日誌に綴ったように、僕のなかでのアメリカは、良きにつけ悪しきにつけ、敵か味方か、自由か平等か、正義か悪か、勝利か敗北かといった二項対立のなかでの“all or nothing”的な考え方をしがちな文化を育んだ国だという意識があって、戦争映画ともなれば、水を得た魚のようにその価値観を全面的に解放した作品を謳いあげ、ファンタジーにおいても、今予告編が流れている『エラゴン/遺志を継ぐ者』のような作品を繰り返し再生産する“力の国”だという印象が強い。

 だから、戦争映画を撮って、しかも戦勝国であり“力の国”たるアメリカが、「太平洋戦争において米軍の死傷者数が日本軍のそれを上回った唯一の戦場となった」という硫黄島の戦いを敢えて選んで描き、志高く格調に満ちた見事な映画にしていることに強い感銘を受けた。それで言えば、戦争を描いたこれまでのアメリカ映画にもシン・レッド・ライン('98)や地獄の黙示録('79)といった作品があるのだが、その水準での志や格調を求めると、二作ともに共通するような“観念性”といったものが避けがたくなるとしたものだ。志においては勝るとも劣らぬものの、格調では後塵を拝する位置にあると言わざるを得ないプラトーン('86)でさえ、生々しい戦場を描きつつエリアスの内省を通じてある種の観念性というものを観る側に訴えかけていたような気がする。

 『父親たちの星条旗』の凄さは、そういった“観念性”の部分をいささかも感じさせずにおいてなお、格別の格調高さを揺るぎなく与えてくれるところにあるような気がする。冒頭、戦後六十年を経てなお生を得ているジョン・“ドク”・ブラッドリーと思しき人物が「自分は戦争を知っているなどと言いたがる奴ほど、戦場を知らないものだ。」と呟く台詞が効いていて、二項対立的な明快さと訣別しつつも、観念性には決して向かわなかったこの作品の本質を端的に示していたように思う。戦費調達のために140億ドルもの戦時国債を売らなければいけなかった財務省担当官バド・ガーバー(ジョン・スラッテリー)は、さしずめ戦争は知れども戦場を知らない代表格とも言えるような気がするが、硫黄島に星条旗を打ち立てた兵士たちを“英雄”に仕立てあげたキャンペーン・ツァーに引率する担当官たちを“戦場を知らない愚者”とも“兵士を利用する悪賢い文官”とも敢えて描かずに、双方の埋まりようのない乖離を淡々と描いていたように思う。

 戦場で傷ついた兵士の心を踏みにじる悪役に仕立てあげるほうがドラマ的には“わかりやすく”てハリウッド的なのだが、そうしないことで観る側の矛先の向かいようがなくなり、彼らの見舞われたものは“悪”というよりも“悲劇”であるという視点が遙かに明確になってくる。つまり、状況をわかりやすい善悪で捉えるのではなく、とてつもない悲劇として捉える視線が観念性に頼らない格調を獲得させていたような気がするわけだ。取り立てての悪意の存否とは無関係に、兵士というのは“英雄”の名の下に、戦場でも内地でも、常に“目的のために利用される存在”に他ならないということだ。

 敗戦国の日本からすれば、圧倒的な物力と経済力で余裕を持って戦争をしていたように見える米軍だから、大日本帝国('82)では、サイパン島での戦いの後、男女一組の士官がビーチでボール遊びをした挙げ句、全裸になって海で抱き合うバカンス気分をオフに楽しんでいる様子が描かれたりするのだが、実際は、相当に逼迫していて戦争維持が困難になっていたようだ。『父親たちの星条旗』では、鉄壁の要塞で固めた擂鉢山を陥落させるためには十日間の爆撃や砲撃で要塞を粉砕しておく必要があるとの作戦に対し、わずか三日しか行わないとの指令が来て、現場責任者が憤激する場面が出てくる。おそらくは、第二部『硫黄島からの手紙』では擂鉢山の地下要塞に籠もったまま三日間のべつ幕なしに爆撃や砲撃に晒されて凄まじい轟音と塵埃のなかで発狂する者も現れてくる日本兵の様子が描かれるのだろうと思われるが、日本軍からすれば、そんな攻撃を行える圧倒的な物力の米軍ということも、米軍にしてみれば、作戦上必要な日数の三分の一以下しか攻撃できなかったために死傷者数が日本軍のそれを上回った唯一の戦場となってしまったというわけだ。だから、ジョン・ブラッドリー衛生兵(ライアン・フィリップ)、レイニー・ギャグノン一等兵(ジェシー・ブラッドフォード)、アイラ・ヘイズ一等兵(アダム・ビーチ)の擂鉢山の“英雄”三人が全国行脚をして戦費調達を訴える道を開いた写真の存在が戦況を変えたというのも頷ける。その意味で、彼らは紛れもなく英雄であったわけだが、英雄というのは、英雄たる者がいて存在するのではなく、英雄を必要とする者たちが作り上げるものだということがよく分かる作品だった。

 英雄であれ英霊であれ、その美名の下にいかなる悲劇が繰り広げられるのか、そして、その美名自体がいかに意図的に創造された代物で実体のないものなのか、を知ることは、戦場というものの実態を知ることと同様に、非常に意義深いことだと改めて思った。そこのところを静かに訴えているのがこの作品の志に他ならないような気がする。

 第二部硫黄島からの手紙ではこのあたりがさらに痛烈に浮かび上がってくる物語になっているのではないだろうか。硫黄島でのことを黙して語らず密かに資料にのみ残して天寿を全うしたと思しき“ドク”が、死期迫る病床のなかで無意識のうちに名を呼び続けていたと息子ジェームズから指摘されていた、硫黄島で負傷したまま行方不明になった戦友“イギー”は、日本軍の地下要塞に落ちて囚われ惨殺されたことが仄めかされていた。それを見つけたと思しき“ドク”があまりにもひどいと呟いていた死体は第一部では画面に映し出されなかったが、第二部では“イギー”の最期が日本軍兵士の尋常ならざる狂気に晒されてのものだったことが痛烈に描かれているような気がする。そして同時に、かような狂気に至るのもやむなき凄まじさで攻撃に晒されていた日本軍を描き、その戦況下にありながら狂気への道に堕ちることなく誇り高き死に向かっていった魂をも併せ描いているような気がする。善悪を問うことなど到底できない地獄絵としての悲劇を“戦争ではなく戦場に”描き込むことで、戦争を拒む意志を示しているのではないかという予感がある。第一部では擂鉢山から右斜め下の浜辺に向けて砲撃をしていた要塞が何度も内側から映し出されていたが、そこには多分、栗林中将がいて、第二部でのメイン舞台の一つになっているのではないかとも思う。第二部を観るのが楽しみだ。




推薦テクスト:「映画通信」より
http://www.enpitu.ne.jp/usr1/bin/day?id=10442&pg=20061102
推薦テクスト:「神宮寺表参道映画館」より
http://www.j-kinema.com/rs200610.htm#seijouki
推薦テクスト:「Muddy Walkers」より
http://www.muddy-walkers.com/MOVIE/flags_fathers.html
推薦テクスト: 「マダム・DEEPのシネマサロン」より
http://madamdeep.fc2web.com/Flags_of_our_Fathers.htm
推薦テクスト:「超兄貴ざんすさんmixi」より
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=280950947&owner_id=3722815





【追記】'23. 7. 1. 公開時以来の十七年ぶりにDVDで再見した。戦場と戦時国債販促キャンペーンツァーが交互に映し出されるなかで、オープニング時の現時点での元兵士の言う戦争をわかった気でいる奴はバカだとの言葉が繰り返し思い起こされる作品だったように思う。
 ヒーローだとかアイドルだとかいって持て囃されることの実体が何なのかを史実に即して語っていて高い普遍性を湛えた映画だと改めて思った。私が戦場で観たものややったことは誇れるものではありませんとのアイラ・ヘイズ一等兵(アダム・ビーチ)の言葉には重たいものがあるように思う。
 それにしても、あの時点でアメリカ政府が戦費調達にあそこまで窮していたというのは史実なのだろうか。そして、その窮状が例の写真のもたらした戦意高揚によって起死回生を果たし、戦費調達が叶ったのだろうか。
by ヤマ

'06.12. 1. TOHOシネマズ2



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