『プラトーン』(Platoon)
監督 オリバー・ストーン


 既に言われていることながら、アメリカがあれだけ圧倒的な物量と高度な殺人兵器を持ちながら、ベトナム戦争に敗北した理由がよく判かる気がした。

 人が戦いを続けるには、何らかの大義名分なり名目が必要である。国家的レベルで謳われる戦いの意義が何の説得力も持たない戦場で、若き兵士達は、常に死と隣り合わせのなかで、彼らなりの拠って立つところを求めようとする。エリアス軍曹は、戦場の凄じき現実のなかで殆ど失われかけている戦いのルールや兵士としての誇りに縋りつくようにして戦争を続ける。バーンズ軍曹は、凄じき現実の前に一切の建前や理念を捨て、戦場で生き延びるためだけに戦おうとする。

 古来、人間は殺し合いというような状況においても何らかのルールを置こうとしてきた。それは人間が理性を持つ存在だということの証明である一方、全くの無軌道な状態には耐えられないからでもある。互いの生命を奪う極限状況においてもなおルールを求めるというのは何だか異様ではあるが、人間にとって、それは不可欠のことなのである。だから、戦争で言えば、例えば、捕虜を殺してはいけないだとか、非戦闘員を攻撃してはいけないだとかいったことが言われる。しかし、ベトナムがアメリカの圧倒的な物理的優勢に対抗するために採ったゲリラ戦は、そういったルールの成立する余地を戦場から奪う戦法であったといえる。

 アメリカ軍はジャングルに誘い込まれ、どこに敵がいるのか、誰が敵なのか、いつ戦闘が始まるのか判からない状況に置かれる。これは非常な緊張を強いられることである。しかもアメリカ兵数名を倒すために、ベトコン数十名を犠牲にして掛かってくるのである。実際、圧倒的な力の差の前に、そのようにしか抵抗の仕様がなかったのだろうが、アメリカの物理的圧力に対してベトナムは心理的圧力で対抗することになったわけである。そして、その圧力の前にまともに晒されたのはアメリカそのものではなく、アメリカのエスタブリッシュメントの生贄のような貧困階層や有色人種の青年兵士なのである。

 そういう状況を考え合わせると、どうしようもなく追い詰められた中で、エリアスが求めたものとバーンズが求めたものとの違いは、『かくあるべき』と『かくある』との違いであって、エリアスが正義の人でバーンズが非情の人であったからだとか、人間の善と悪との対立構造だとかいうものではない。もし、善とか悪とかを言うならば、彼らの間の善悪の差など問題にならないくらいの大きな巨悪として、ベトナム人民を虐殺し、アメリカ青年をそこまで追い詰めた侵略戦争遂行者がいるのである。

 二人は凄じい状況のなかで必死に生きていたのである。それでも、エリアスは『かくあるべき』にこだわりつつ現実との矛盾のなかで麻薬世界に逃避しないではいられなかったし、バーンズは『かくある』に引き裂かれ狂気への道を辿った。そして、同じ様に、友軍兵士の手によって殺されるという象徴的な最期を遂げる。明らかに彼らは犠牲者である。

 この作品は、彼らをそのように描いた故に、ベトナム戦争を描きながら、べトナムの側の視点がないという批判を受けるかもしれない。しかし、そもそもベトナム戦争そのものを描くというよりもベトナム戦争下のアメリカの一小隊を描くのが作り手の意図でもあり、そういった意味では、史実としてのベトナム戦争というインターナショナルな視点は最初から考えていない、極めてドメスティックな立場の作品なのである。そして、アメリカにとってのベトナム戦争という点で、今迄に撮られた映画のなかでは、変に観念的でもなく、クールに批判するのでもなく、兵士たちの生々しい苦悩と悲劇が最もよく描けている。

 実際、アメリカ人がベトナムの側に立ってベトナム戦争を描こうとしても無理があり、表面的なことに終ってしまいがちで、この作品のようなインパクトは持ち得ないであろう。ベトナム戦争におけるアメリカの非を言うことは容易だが、それは歴史に対する一つの判断に過ぎない。あの泥沼のような惨劇を二度と繰り返すまいとするならば、あくまでアメリカの非を強調する以上に、アメリカの何がそれを生み出し、いたずらに尾を引かせたのかを見極めなければならない。そこに見えてくるのは、アメリカに限らぬ、エスタブリッシュメントの持つ権力の傲慢さと醜怪さなのである。その点では、兵士たちの生々しい苦悩と悲劇がよく描けているからこそ、そういったものに対する憤りとか苛立ちが湧いてくるのであり、アメリカ人が描くベトナム戦争として、オリバー・ストーン監督の選択したフォーカスは、むしろ適切だったと言えるのではないだろうか。


推薦テクスト:「Muddy Walkers」より
http://www.muddy-walkers.com/MOVIE/platoon.html
推薦テクスト:「Fifteen Hours」より
http://www7b.biglobe.ne.jp/~fifteen_hours/Vietnam.html#platoon
by ヤマ

'87. 6.11. 松竹ピカデリー



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