『スイート・シクスティーン』をめぐる掲示板編集採録 | |
「Somewhere Before」:(タンミノワさん) ヤマ(管理人) |
|
No.6111 から(2006/01/06 21:07)
(タンミノワさん) ヤマさん、あけましておめでとうございます。 ヤマ(管理人) ようこそ、タンミノワさん、あけましておめでとうございます。 (タンミノワさん) 今年は、PC前の時間と実生活の時間のバランスに少し留意していこうと決意しておりまして、なかなかパソコンの前に座らないようにしております。ご挨拶も遅くなってしまいました。言い訳みたいなんですけど。(笑) ヤマ(管理人) これもクセのもんですから、ペースができれば案外それで行けるのでしょうが、意外と難しいものだったりしますよね〜(笑)。でも、年頭に当たって何らかの新たなる決意を行うとは見上げたものです(感心)。 (タンミノワさん) 決意だけは出来ますよ。「継続」が出来ないだけです(笑)。 ヤマ(管理人) 僕は決意もしないので、継続に挫折することもありませんが、それって、まるで威張れないような気も(笑)。 (タンミノワさん) いえいえ、己を知っているぞ、っていう意味で威張れます。 ヤマ(管理人) あとまだ敵を知ったうえで闘わなきゃいけないんでしょ。面倒ですよね(笑)。 (タンミノワさん) さて、新年一発目には、レンタルしたケン・ローチの『SWEET SIXTEEN』を見ようかどうしようかなんて、レンタルしたくせに悩んでます。友人には「新年明けの気分って感じの作品ではないけどね〜」と言われ、どうしようかとウジウジ。 ヤマ(管理人) もはや日本の情緒に年明け風情なんて消失してるんですから、そんなことで折角のケン・ローチ作品を観逃すのは勿体ないように思うんですが…。ぜひに御覧になってくださいよ。そして、拙日誌をお読みいただくとともに、TAOさんと交わした談義を編集採録した参照テクストもご覧くださいな。 (タンミノワさん) カレの作品って、貧困層に、ダメ親が出てくるってのが定番なんですってね。借りてから知りました。 ヤマ(管理人) そうですか??? 僕が最も敬意を表している『大地と自由』にしても、『マイ・ネーム・イズ・ジョー』や『ブレッド&ローズ』、『やさしくキスをして』にしても、そんな作品じゃないように思いますが(苦笑)。 (タンミノワさん) 一発目にダメ親、観さされるのもな〜なんて…というわけで、今年もウジウジしてますが、だんだんとスカっと晴れ上がってくると思いますので、よろしくお願いいたします! ヤマ(管理人) 晴れ上がってくるに従って、ネットでも活躍してたりして(笑)。それはともかく、こちらこそ、本年もよろしく願いますね〜。 (タンミノワさん) 昨日の夜、気乗りしないままに、「ケン・ローチ」につられて、見ました! ヤマさんのレビューも拝読。 ヤマ(管理人) ありがとうございました。 (タンミノワさん) 私、見ている間はドキドキしながら見てたんですが、これって不思議な味わいの作品だなあと思ったんです。ストーリー自体は哀れというかアンハッピーな話なんですが、あのラストを見たら、私の中に妙な安堵感というか、収束した感じみたいなのが広がって。多分主人公のキャラクターによるものかと思うんですが、なんとなくひとつの青春がはじけ、また何か始まるんだなあといった希望的なモノを見てとったんですよね〜。これは意外でした。私の受け止め方なんだと思うんですけどね。決してへこむような終わり方じゃあなかったんですよね。母親への愛の呪縛から逃れて、これから彼の人生が始まるのかなあ、と。 ヤマ(管理人) 確かに一つのけりは付きましたよね。始まるというか始めるというか、次に進むのは間違いないです。そこに“希望的なモノ”を見出したわけですね。状況の過酷さ以上に「次に進むこと」や「呪縛から逃れること」に、とてもポジティヴなものをお感じになっているからでしょうねぇ。 ひょっとして、タンミノワさん御自身に、呪縛から逃れて次に進みたいけれど、ままならない状況への屈託がおありだったりするのかな?(笑) (タンミノワさん) どうなんでしょう(笑)。ところで、参照テクストにいけずにおりますので、ご教授くださいまし。 ヤマ(管理人) えと、「参照テクスト」と表示してある箇所をクリックしてみてください。なお、その前に一度「更新」ボタンをクリックしてからのほうがいいかもしれません。実は、昨日、参照テクストのリンク先が『トーク・トゥ・ハー』の編集採録になっていることに気づいて急遽直したところなので、その前に訪ねてくださっている画面が一時ファイルにダウンロードされていて、不一致が生じているのかもしれませんよ。31-1.htmのほうがTAOさんとの談義です。 (タンミノワさん) あ、おかげさまで参照テクスト拝読できました。 ヤマ(管理人) おぉ、よかった、よかった。 (タンミノワさん) 私の言いたいことは全てTAOさまとの会話の中で言語化されておりました(笑)。そうそうこの映画、透明感があるんですよね〜。 ヤマ(管理人) なかなか宿らせ難き、匠の技ですよ。 (タンミノワさん) そうなんですよね〜。私の今のキーワードに「透明感」と「再会」ってのがあるんですが(笑)。 ヤマ(管理人) 屈託とか澱とかを拭い去っての再会を期するところがあるんですかね?(笑) (タンミノワさん) 透明感って、私ら女性はよくお肌に透明感があるないなんて使い方をする事が多いんですが、人の存在感にも透明感のあるないなんてのがあるなあと最近思います。もちろん年齢を重ねるほど、しょいこむものが多くなったりくすんだりするものだったりしますが、年と関係なく透明感が宿るということもあるんですよね。不思議です。 ヤマ(管理人) 存在感の希薄さに繋がる意味での透明感ではなく、透明さでもって際立つ存在感をアピールする個性ってことですね。ちょっと格好がいいですよね。でも、間近で付き合うと、きっと、もっと生々しいんでしょうけどね、実体は。それなのに、少し遠目にはそんなふうに見えるところが格好いいんですよ、おそらく。 (タンミノワさん) もちろん生活という事を覗き込めば、誰しも生々しいし重苦しいものですが、それでもなおかつ透明感のある人物ってのがいるんですよね〜。すごい高齢な方とかでもいるんですよ。それが何かはようわかりませんが。聖、とか俗とかいうのとも違って。 ヤマ(管理人) そういうのが“品格”ってことなんじゃないですかねぇ。 (タンミノワさん) この映画にしても、悲惨な話だけど、キレイなもの見た!って感じ。あのラストに関しては、私は、リアムは入水自殺とかでは全然無く、ろくでなしの義父を刺すことによって、幻から醒めたという覚醒の表情を見ました。TAOさまがイニシエーションとおっしゃってましたけど、少年の成長物語のひとつの形として見えたというのが一番ぴったりした形かもしれません。 ヤマ(管理人) そのように観るのが最もリアムが救われますよね〜。 (タンミノワさん) あそこから、ヤケになって堕ちていくんじゃあどうしようもありません(笑)。 どうしようもない他者、それが自分のこの世に生をくれた母親だったとした時、娘である姉はそれに対して冷静な判断を下せてはいるけれども、異性の息子である彼は、それが出来ないんですが。 ヤマ(管理人) 同性であることの功罪、異性であることの功罪、親子関係のみならず人間関係のいかなる場面においても、これは共に抜き去りがたいものですよね。 (タンミノワさん) 人の属性って、例えば母であることとか、父であるってことが人生のある時期には強いと思いますし、人それぞれなんだとも思うのですが、色々とはぎとられていくと、最後に残るのは「男、女」という属性なんかなあと思って見てました。とはいえ、死んだことないんでわかんないんですが(笑)。余り「日本人として」という属性は残っていきそうにもないですね。私の場合。 ヤマ(管理人) え? 『スイート・シクスティーン』でそんなふうに御覧になってたんですか?(驚) おそらく、ここにお書きの「最後に残るのは「男、女」という属性なんかなあと思って見てました」っていう対象は、かの映画作品のことではなく、御自身をも含めた「人間」ってことなんでしょうね、きっと(笑)。 (タンミノワさん) うーんと、あのお母ちゃんを見て『誰も知らない』の「ゆう」のやっていたダメ母を思い出したりしてたんですね。ゆうのほうがまだなんの罪悪感も無くやってる分、タチがいいのか悪いのかわかんないんですが。あのダメ母も「アタシが幸せになって何が悪いの」とのたまってて、そういう性質みたいなのって、誰しも女性は持ってると思うんですが、実行するしないの分水嶺ってなんなんだろうとか…。 ヤマ(管理人) 自分第一って別に“女の属性”ってことでもないでしょーに(笑)。 (タンミノワさん) ちょっとあの主人公の母親のほうに話がそれましたが、なんせ彼女の描かれ方が、この物語ではかなりインパクト強かったです。 ヤマ(管理人) なるほどね。そういう点は、確かに女性のほうがより強く反応するんでしょーなぁ。『誰も知らない』でも母親のけい子に対する非難は、女性のほうが激しかったような気がしますね。 (タンミノワさん) でもって、あれほど聡明な少年でも「異性であることによって冷静な判断」が出来ないっていう哀しさと、そこから飛び立つことで大人になれるというのが、あの海辺なのかなあと。 ヤマ(管理人) 海というのは、広い世界というもののメタファーではありますね、普遍的に。 (タンミノワさん) ラストシーンに海を持ってくる映画は多いですよね(笑)。 ヤマ(管理人) 絵になりますからね、やはり(笑)。映画ですもの、絵は大事です、やっぱ。 (タンミノワさん) 彼の場合は、まさに文字通り血まみれの成長だったわけですが、人間にとっては、成長するってことは、言葉のようなキレイ事ではなく、どろんこの作業なんだろうなあとか思ったり。リアムって子は、あの後、どんな世界で生きても逞しく生きていけそうな気がしたんですよね。それが裏社会であっても。 ヤマ(管理人) こういう感じをそれこそ少年期の通過という形で強く印象づけてくれた作品にビレ・アウグスト監督の『ペレ』という映画があるのですが、御覧になってます? (タンミノワさん) 見てないんですよ〜。これを機にケンローチの旅に出ようかとも思ってるんですが、それもよさそうですね。ちょっと前の映画でしたっけ。 ヤマ(管理人) 1988年のカンヌ映画祭パルムドール作品で、高知では、90年に僕らが上映し、映画日誌も綴っております。ぜひご覧あれ。 (タンミノワさん) 拝読しました〜。これも見たいな〜。でもまたビデオになっちゃうと思うと哀し。 ヤマ(管理人) あらら、御覧になる前にお読みくださったんですか(かたじけなし)。 (タンミノワさん) 昨年は、ひとつの映画を繰り返し見ることでほとんどのエネルギーが使われていきましたが、今年は色々見ようと思ってます(笑)。 ヤマ(管理人) 毎年ファントムに出会ってると、それこそ灰燼になっちゃいますよね(笑)。今年は1作を何十回も観ることより、100本観るようお励みください(笑)。 (タンミノワさん) 劇場の近くに引っ越すってのが一番確実ですね(笑)。 ヤマ(管理人) そう言えば、僕なんか普段観るどのスクリーンも、家から10〜30分以内の場所にあるよなー(苦笑)。 (タンミノワさん) なんか対談ぽくなってきましたね。採録の予感(笑)。 ヤマ(管理人) 「参照テクストその2」ってね(笑)。 |
|
by ヤマ(編集採録) |
|
|