横浜 根岸森林公園

(シリーズ横浜みなと散策12)

 山下公園から左程遠くない中区の南西部・根岸台の丘に横たわる、なだらかな起伏に富んだ広大な芝生広場、緑いっぱいの根岸森林公園を散策しました。
 JR根岸駅から歩いて行くこともできますが、今回は市営バスを利用、丘道の道路を上がって「滝の上」で下車、目の前が根岸森林公園です。
 この公園は、慶応3年(1867年)外国人クラブの主催で日本では初めての洋式競馬が行われた場所です。
 その後明治13年(1880年)に運営が日本競馬倶楽部に引き継がれ、東洋一の規模を誇り、日本の洋式競馬の発展を担って大いに賑わいましたが、昭和18年(1943年)日本海軍によって接収閉鎖されました。
 戦後は米軍によって接収され、住宅地やゴルフ場として使用されたとのことですが、昭和44年(1969年)に一部を除いて接収が解除され、横浜市が公園として整備し、昭和52年(1977年)根岸森林公園として開園しました。
 根岸森林公園は大きく分け3つのパートから成っています。
 1つは周囲が木々に囲まれ広大な、なだらかな起伏に富んだほぼ楕円形に近い形で、公園中央部は芝生広場になっている本園地区。
 2つ目は芝生広場の北端に接し道路を渡ると、緩やかに少し丸く盛り上がった円形の芝生広場、その少し先にはかつて競馬場であった名残を残す一等馬券所の建物の遺構が残る地区。芝生広場の本園との間には米軍の根岸住宅があるため分離された形になっています。
 そして3つ目は本園部分の北東側の端にポニーセンターや馬の博物館などが併設されている根岸競馬記念公苑です。


周りを木々に囲まれ緩やかな起伏のある広大な芝生広場(本園) 
 木々の緑、ゆったりと解放感のある穏やかな風景、波打つように広がる芝生広場。周りの緑濃い木々と共に広場を取り囲む遊歩道には所々に休憩用のベンチがあるだけ、遊具施設等が全く無いみんなで家族で楽しめる公園です。
 またこの公園は梅や桜の名所としても知られ、春には多くの花見客が訪れます。
 公園の北端部分には細長い小さな池があり、鯉や鴨、亀、ハスの花などが咲いています。


 
 芝生広場の周りは遊歩道、ジョギングや散歩などが楽しめる
 
 芝生広場は緑濃い木立に囲まれている
 
 
 細長い池には鯉や亀などがいる
 
 
 梅園  木立の中の遊歩道
   
 子供たちも芝生の上を思い切り駆けたり跳ねたりして遊んでいる



一等馬券所建物の遺構がある公園
 本園の芝生広場から道路を渡った蓑沢の街区にも円形の芝生広場、若干の遊具類があるスロープの芝生の広場があります。
 ここには、かつて競馬場であった頃の一等馬券所の建物の遺構があります。建物は閉鎖され中に立ち入ることは出来ませんが、間近に見ることは出来ます。
 建物の真下には広場があり、競馬場であった頃の写真や解説文が掲出されていますので、当時賑わった頃の様子を少し思い描くことが出来ました。
 本園の芝生広場とは違い、ここは眺望がよくランドマークタワーやみなとみらい地区の高層ビル群、丘陵地に建つ住宅街などを見ることができます。


 
 
 
 
 一等馬券所の建物と説明掲示板
 この建物はアメリカ人建築家J.Hモーガンによる設計。他にも横浜山手に残るベーリックホールや山手111番館も同氏の設計によると云う。
他に二等馬券所、下見所もあったとのことですが取り壊されて今は残っていません
 
緩やかに丸く膨らんだ円形広場
   スロープのある遊具広場
 
 ランドマークタワーや高層ビル群を眺めることが出来る



 根岸競馬記念公苑
 芝生広場の隣には根岸競馬記念公苑が併設されています。慶応2年(1866年)に完成した競馬場は翌年から昭和17年(1942年)に幕を下ろすまでの76年間競馬が行われたと云うことです。
 公苑入口には「馬の博物館」があり、馬についてのいろいろな展示物を見ることが出来ます。また公苑の奥まった所には「ポニーセンター」がありサラブレットやミニチュアホースなど様々な品種の馬が飼育されています。


 
 馬の博物館(銅像は五冠馬 神賛)
 
 ポニーセンターと飼育されている馬たち



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