アンクルKの他愛もない話

人形劇・影絵劇の台本 BGMを操作しながらナレーター気分になってお楽しみ下さい。

販売不易の鉄則

セールスマン泣かせという評判の高い、無愛想なある老紳士を訪問して、まだ十五分もたたないうちに、連れの男と私と、それにこの無愛想な老紳士とは、クラス会で久しぶりに会った級友のように打ち解けて語り合っていた。

これは私の所為ではなかった。私の連れの男が、相手客の生命である問題について、思いつきの言葉を交わして彼に近づいていったからであった。私はこれまでに、こんなにすばしっこく、また、こんなに完全に話題を展開させていく人を見たことがなかった。この老紳士は一時間たっぷり引き留めた上に、何時でもやって来給えと愛想を言ってくれたりした。それにも拘わらず、町のセールスマンは誰も彼も、このお客を近づきにくい難物といっていた。

その建物を出たときに、私は連れの男にその術を伝授してくれまいかと願ってみた。

『いや、何でもないことですよ。相手客の何処に一番興味があるかを見つけただけのことです。それさえ見つけることが出来れば、手に負えない人だって、そうむずかしいものではありません。』という彼の答えであった。

『なるほど、それは存じています。昔から商売上にはよく言われていることで、つとめてお客に近づきになろうと努力する。そして、お客が話したいことを話題に取り上げるという風にするのです。しかし、私が知りたいのはそのことではありません。お尋ねしたい点は、あのように、お互いに琴線に触れあうようなような興味をどうして引き出したかということなのです。』と私は聞きかえした。

『油断なく気を八方にくばっていることです。』

『それから……』

『あなたは、あの壁に懸かっている額をご覧になりましたか。』

『えゝ』

『あれをお読みになりましたか。』

『いゝえ、ちょっと見ただけですけど。』

『読んでみなさるとよかったのに、あれが話の切掛になったのです。セールスマンが欲しいのは、ああいう切掛からです。』

このセールスマンは若い頃は新聞記者だったのです。ご承知の通り、新聞記者というものはときたま、思いもよらぬところから、旨い種を拾い出すコツを心得ているもので、いつも活眼を見開いている人のことである。新聞記者というものはこうした抜け目のない識別眼を養っているもので、これをわれわれは新聞記者の眼力といっているが、何事でもものを見抜く眼力それである。

このような眼の使い方をセールスマンが訓練していけば、販売成績がとみに増加することは請合いである、と彼は確信している。これこそ万古不易の鉄則である。

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