アンクルKの他愛もない話

人形劇・影絵劇の台本 BGMを操作しながらナレーター気分になってお楽しみ下さい。

値段を定めるものは

セールスマンは深遠な思想家、哲学者になる必要はない。販売する時間が無くなるからである。しかし、少し冒険して、価値と欲望と値段について考察してみようと思う。

すべて価値というものは例外なしに欲望によって決定されていく。何ものかを非常に欲しいと渇望するなら、そのものがその人にとって価値を生じてくる。反対に欲しくないものは、その人にとって価値がないものとなる。

ジョン・C・ヴァンダイクは高邁な人格者で作家であったが、健康を害し独りでモジェヴ・デザットというところに療養にでかけた。

土地の先住民たちは彼を好きになり、彼もまた普通の白人のように黄金に有頂天になって喜ぶと思っていた。彼らの好意の印として彼を秘密の金山、途方もなく埋蔵量のある山に案内した。ところがヴァンダイクは黄金にさっぱり興味を示さなかった。その位置を書きとろうともしなかったし、また直ぐに忘れてしまった。それが、彼にとっては何等、価値がなかったからである。他の人にとっては最大の価値があったろうに。

溺れる人にとっては燦然と光り輝くダイヤモンドであろうと何であろうと問題ではない。ただ欲しいものは命である。命が助かるなら、全財産を投げ出しても、一升桝で量るほどのダイヤモンドでも投げ出すであろう。(小学生の時読んだ『失われた世界』の洞窟に閉じ込められたシーンを思い出す)

さて、値段は価値によって決定されてくる。相手が欲しくないものならば、セールスマンは一仙さえも払ってはもらえない。そこらに転がっている石ころにお金をだしますか。

しかし、ラフカデオ・ハーン(小泉八雲)の日本便りによると、多くの裕福な日本人は山から切り出した石に信じられないほど巨額な価格を払っていると書いてあった。彼らにとってその岩石は庭石として価値がある。彼らは競ってそれを買い求めようとしている。かくしてその価格はうなぎ上りになるのである。

 

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