雪のいと高う降りたるを 例ならず御格子まゐりて 炭櫃に火おこして 物語などして集まりさぶらふに
「 少納言よ 高炉峰の雪 いかならむ」 と仰せらるれば 御格子あげさせて 御簾を高くあげたれば 笑はせ給う。
人々も「 さることは知り 歌などにさへ歌へど 思いこそよらざりつれ。
なお この宮の人にはさべきなめり」といふ。
雪のいと高う降りたるを 例ならず御格子まゐりて 炭櫃に火おこして 物語などして集まりさぶらふに
「 少納言よ 高炉峰の雪 いかならむ」
と仰せらるれば 御格子あげさせて 御簾を高くあげたれば 笑はせ給う。
人々も 「 さることは知り 歌などにさへ歌へど 思いこそよらざりつれ。 なお この宮の人にはさべきなめり」
といふ。
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雪の多く降り積もった日のことでした。
いつもと違って格子を降ろして炭びつに火をおこして、 皆で色々おしゃべりをしている時でした。
定子様が 少しいたずらっぽい ご様子で 突然お尋ねになったのです。
「少納言。 香炉峰の雪はいかならむ? 」
私は答えないまま、 ひとに格子を上げてもらいました。 それから 雪景色が見えるように 自分の手で すだれ を高く持ち上げたのです。
定子さまは お笑いになりました。
他の人たちが
「 香炉峰の雪は簾を上げて看る という漢詩の古典は知っているけれど、 黙って簾を上げるって気が利いてるわ。 定子さまのお側には
本当にふさわしい人だわ 」
って言ってくれました。
私 もう嬉しくて嬉しくて。
<枕草子 第二百九十九段 より>
他愛ないエピソードのようですが、 敬愛する 定子 の笑顔を得て、 しかもその面前で他の人たちに褒められた嬉しさで 書き残さずには
いられなかったのでしょう。
枕草子にたびたび登場する 中宮定子 は千年もの間に数多くの 定子ファン を生んできました。
( 中宮は ちゅうぐう と読み天皇の正室つまり后のことです。 定子は普通は ていし と読みますが さだこ と読まれることもあります )
権力者 藤原道長の娘 彰子の入内以来、 不遇に追いやられながら 常に明るく優しい笑顔を絶やさず 仕える人たちに慕われる人でした。
清少納言は不遇におかれた定子には胸を痛めなかったはずはありません。 しかし定子については 明るい光の中で微笑んでいる姿しか
描いていないのです。
この段は
格子などを下ろして建物内は暗かったけれど きっと外の明るく美しい雪景色を見たかった定子の意を察して格子を開け 簾を上げた清少納言の機転 と解されることが多いようです。
つまり
定子と知的なやりとりを交わして嬉しかった とか
自分の機転を他の人の言葉を借りて自賛した とか
しかしそうではなく 定子のために出来るだけ明るく面白く振舞って 定子の館の雰囲気を少しでも明るく盛り上げよう
と懸命につとめる清少納言の姿を表している と解釈すべきではないでしょうか。
だた
この段が書かれた時期は不明とされます。
定子生存中なのか 死去後の回想によるものかはっきりしません。 299段なので後期の作だとも考えられますが。
定子はさまざまな不幸に左右された人ですが そのことに胸を痛めながら 定子のために出来るだけ明るく振る舞う清少納言の姿として解釈しました。
< 枕草子について >
清少納言が文を残し始めたのは 仕えていた中宮定子から当時は高価だった 料紙 を下賜されたことが直接のきっかけとされます。
この定子とはまるで運命的な出会い で定子なくしては枕草子は生まれなかったのです。
さまざまな理由があって定子は不遇に置かれることになります。 清少納言は中宮という身分にふさわしくない
古びた館に追いやられるなど政治的ないじめにあう定子を守りたてながら共にに戦い、その定子が若くして死去するまで忠勤をつくし孤軍奮闘する
のです。
清少納言が勝気な言動をするのは 不遇の中宮を守るためには自分が強く闊達に振舞わざる得なかったためと考えられます。
内実は ”繊細で心に弱い一面を持つ人”
だったのではないでしょうか。
仕える定子のことや自身のことも 悲しくつらいことは一行も書けない ということからそう考えられるのです。
わざと書かない というよりも とても書けないのです。
現代でも日記を書く人の中にそんな人は少なくありません。
楽しいことや嬉しいことばかりを書き残して 悲しくつらいことは一行も書けない という心の弱い人です。
枕草子の表立った華やかなことの記述のうちに
”かくれた悲しみ”
を感じ取る人たちが少なくないはずです。
著者が 表面的な振る舞いはともかく 繊細で心に弱い一面を持つ人だったことが 枕草子が千年以上も多くの人達に読み続けられる不朽の名作
となったゆえんではではないでしょうか。
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