臨床余録
2024年12月8日
Divisions over lecanemab: keeping an open mind
レカネマブをめぐる分裂
The lancet September 23 2024 editorial

 Alois Alzheimer が‘大脳皮質の特異な病気’を記載して100年以上のちの今、薬が病の経過を変える記念碑的進歩を遂げることになった。初の疾患修飾薬であるレカネマブの使用はある国では許可され、別の国では拒否される、その使用をめぐって医学界の中で分裂がみられることになった。その効果や安全性について討論することは必要であるが、臨床家はアルツハイマー病の人の命や生活を変え得る新たなエビデンスや進歩をいつでも受け入れる状態にいなければならない。

 アルツハイマー病の人の脳に蓄積する蛋白、アミロイドβに対するモノクロナール抗体であるレカネマブは、軽度認知障害(MCI)や軽度アルツハイマー病(early Alzheimer’s disease)の人に対して2023年米国FDAで認可された。そして18か月で認知機能の低下がプラシーボに比べ27%減少し、これは病気の進行を6か月遅らせることになり、この治験の結果βアミロイドの病理が確認された。レカネマブは日本、中国、韓国、イスラエルでも認可された。しかし2024年7月26日ヨーロッパ医学機構(EMA)は同じデータをもとにレカネマブの市場参入を拒否した。その理由は薬による医学的利益が薬による有害作用の可能性を上回るとはいえないということである。アミロイドβを取り除くことはアミロイド関連画像異常(AREA)(脳浮腫や微小脳出血)をもたらすことがある。これらはふつう軽度だが、まれに致死的な結果を起こすとされ、薬量の調整が必要となる。

 8月22日UK医学ヘルスケア機構は最も高いARIAのリスクを持つAPOE4ホモ接合を除く初期アルツハイマー病の人へレカネマブの使用を認可した。しかし同時に、国立ヘルスケアエクセレンス(NICE)は臨床的治療効果はあるにしても、それは価格に見合った(cost-effective)ものとはいえない。価格と同様に、診断のコスト、つまり患者選択のためのAPOEの遺伝子型診断のコスト、2週ごとの点滴、ARIAをチェックするための定期的MRI撮影など全体のコストはNICEの許容範囲を優に越える。

 初期アルツハイマー病の人の認知機能低下を遅くするというのはケアするひとのQOLに大きなインパクトを与え得る。しかしNICEがこの効果を適切に評価する装置を備えているかは不確かである。18か月を越えてレカネマブの効果が続くのかどうかのデータも緊急に必要である。
 どのように安全に、よりcost-effectiveにレカネマブが使用されるべきか、今、関連するすべてのステークホルダーによるオープンディスカッションがなされるべき時である。例えば、アルツハイマー病の診断に血中phosphorelated tauを測定することは髄液を調べることと同等の意味をもち、アミロイドPETのかわりになるかもしれない。レカネマブの皮下注射を可能にすることは患者の利益になりコストを減らすことにも役立つ。Ultra-fast MRIは有害事象をモニターする、より現実的な方法かもしれない。特に充たされないニーズをもつ若年性認知症に管理された仕方でレカネマブを使用し、cost-benefit分析をすることで重要な情報が得られるであろう。

 認知症は正常な老化の一部だという誤解が人々のなかにはまだある。アルツハイマー病やその他の認知症は毎年そのため2百万人が亡くなっている怖い病気である。アルツハイマー病の多くの人は正式な診断を受けていない。血液や髄液のバイオマーカーの測定はこのギャップを埋めてくれるかもしれない。認知機能の低下を訴える人がすぐに評価のため専門医に紹介される全面的な改革が必要である。

 レカネマブは驚きの薬(wonder drug)と言ったメディアレポートは役に立たない。しかし、初の疾患修飾薬が出現したことは科学そして社会にとって素晴らしい瞬間(tremendous moment) といってもよいだろう。アルツハイマー病の分野は絶え間ない変化にみまわれている。病態生理、バイオマーカー、そして治療に関するエビデンスが急速に蓄積されている、科学が我々を新しいワクワクするような道の方へ導いてくれる。コミュニテイは心を開いて(open-mind)待たなければならない。

以上が抄訳である。

*EMAははじめは拒否していたが、その後11月レカネマブの使用を認可した。

以下感想を記す。

*まず確認すべきは、レカネマブは認知症を治すくすりではないということである。その進行、つまり認知機能の低下を遅くする。その効果は日々の生活で実感できない程度のもの(約3割遅くする)とされている。

*EBMのリーダー的存在である名郷直樹医師は「レカネマブの効果を吟味する~統計学的有意差と臨床的有意差」というタイトルの論稿を「日本医事新報No. 5235 2024. 8. 24に載せた。レカネマブのメタアナリシス研究の結果を見直し臨床試験では統計学的有意差はあっても臨床的有意差があるとはいえない。臨床試験の結果をみるかぎり、効果が不明確なうえ、副作用のリスクが高い。統計学的有意差のみで認可された薬により、無用な期待を患者に抱かせるのではないかと述べている。

*2週間に1回1時間以上かけて点滴静注する。それを18ヶ月続ける。さらに副作用(ARIA)チェックのための適宜MRI検査、APOE遺伝子検査、髄液検査なども必要とされる。確かに効果の目立たなさに比べて、患者の経済的、時間的負担は大きいと思えてしまう。それでもアミロイドが脳から消えるという画期的病理の結果に支えられてこの治療は進められるのであろう。

*アルツハイマー病を含めて認知症の自然経過には個人差があるのではないか。さらにケアのあり方によっても進み方が違うであろう。Person-centered careによって、認知症はあまり進まないと思われる。(キットウッドは良くなることもあるという)それに対して間違ったケアにより認知症は悪化する。従ってレカネマブによる経過や症状評価にケアの因子を含めて考えないと正確なところはわからないのでないかと思う。




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