江戸川乱歩の美女シリーズ(北大路欣也版)
テレビ朝日系「土曜ワイド劇場」

第1作『妖しいメロディの美女』['86] 監督 池広一夫
第2作『黒い仮面の美女』['87] 監督 貞永方久
第3作『赤い乗馬服の美女』['87] 監督 貞永方久
第4作『日時計館の美女』['88] 監督 村川透
第5作『神戸六甲まぼろしの美女』['89] 監督 村川透
第6作『妖しい稲妻の美女』['90] 監督 池広一夫
 天知茂版が終了した二年後に再開した北大路欣也版は、主題曲こそ引き継いでいるものの、ドラマのタッチもキャストも総替わりで、人形もマネキンも出て来なければ、美女の入浴・シャワーシーンも登場しない。代わりにカーアクションならぬモーターボートアクションを見せられても、まるで物足りなかった。天知版第2作浴室の美女第12作エマニエルの美女で、その美女ぶりが目を惹いた、叶和貴子と並んで本シリーズを代表する女優と言ってもよさそうな夏樹陽子【小早川涼子】が六年ぶりの登板を見せ、第三作『死刑台の美女』に登場したかたせ梨乃【大道寺綾子】が八年ぶりに姿を見せていたが、再開第1作妖しいメロディの美女では、貴女はもう私の奴隷なのよとの綾子の台詞だけで、レズシーンなど垣間見せないていたらくだった。
 スパイ大作戦というかミッション・インポシブル張りの、再生後に自動消失してしまうカセットテープに笑ったほかには、何の魅力も感じなかった。原作表示された仮面の恐怖王を青空文庫で当たったら、いきなり蝋人形館の話から始まっていて、これを蔑ろにしては駄目じゃないかと思わずにはいられなかった。それにしても、大道寺綾子とは恐れ入った。奇しくも二十日ほど前に「桐島です」を観たばかりの奇遇を思わずにいられなかった。


 先ごろ亡くなった吉行和子や宍戸錠を客演に迎えた第2作黒い仮面の美女を観て、本シリーズは、やはり人形やマネキン、ヌードが出てこないといけないと改めて思った。再開第1作にはそれが欠けているとの指摘があったのかと思われるほど、物語には何ら直結しない黒い仮面のマネキンが何体も現われ、裸婦の大きな石膏像が物語にも重要な位置を占める形で登場し、大部屋女優の着替え場面で剥き出しの乳房を覗かせて、新進女優の青木美也子(白都真理)の入浴場面が設えられていただけあって、物語も面白く出来上がっていたように思う。
 第1作がヴァイオリンの演奏と桜を印象づけて始まったように、第2作がダミアのグルーミー・サンデーで少々スカシた感じで始まったときには少し厭な予感が走ったのだが、杞憂だった。エリカ・マロジャーンの肢体が素晴らしく美しかった映画暗い日曜日にもなった名曲が最後にもきっちり流れることになる調った作品だったように思う。
 ニヤリとさせられた“発想の転換との三角形”といい、キーワード「野獣死すべし」といい、未読の原作『凶器』にそれはないのではないかと思い、青空文庫に当たったが、採録されていなかった。それはそうと、明智小五郎のバードウォッチング趣味は、北大路欣也版では、この後も続くのだろうか。


 明智の趣味がバードウォッチングからバードカーヴィングに変わっていた第3作赤い乗馬服の美女は、天知茂版の白眉たる第17作天国と地獄の美女['82]に加えて、第21作白い素肌の美女['83]にも再登場していた叶和貴子が、三十路に入って再々登板してきた作品だった。人形もマネキンも出てこなかったが、彼女の演じる結城志摩子の異母妹である恵子(酒井彰子)の入浴ヌードシーンも設えられていただけあって、なかなか趣向の利いた潤色の楽しめる作品になっていたように思う。紫水晶のイヤリングが妖しい肌に…との惹句にはやや羊頭狗肉を覚えながらも、何故にそれほど繰返しイヤリングを落とすとの運びに失笑しつつ愉しんだ。
 僕の書棚にもある春陽文庫に収められた原作小説『何者』の結城弘一と結城志摩子を入替えて、弘一をヒロユキ(志垣太郎)にし、伸太郎を伸子(蜷川有紀)に変えていた。そして、従兄妹同士の婚約に三角関係を折り込んだうえでの「ロミオとジュリエット」を仕込み、志摩子が今わの際に自らを“ぶざまなジュリエット”と哀しく呟く悲恋を描いていたことに感心した。やはり叶和貴子が好い。
 いかにも女性脚本家【篠崎好】の手によるものらしく、直截は何ら犯行を重ねていないながら最もタチが悪いのは、志摩子と伸子の間でどっちつかずの優柔不断による弄びを続けたヒロユキだと明言していた。一方的に志摩子に懸想して恵子を殺めるばかりか明智をも殺害しようとし、恩着せがましく執拗に志摩子に迫る画廊経営者の土肥原(三沢慎吾)の配置にも思惑の込められたものを感じた。
 妙に可笑しかったのが伊東温泉で、天知版がそうだったように、この美女シリーズで保養に行くなら別荘でも伊東なのかと、温泉はまるで関係もないのに看板だけ出て来ていたことに笑った。すると、録画を提供してくれた映友から最早、マニアの世界やね。🌏とのコメントが寄せられた。


 監督が村川透に替わり、明智の趣味が再びバードウォッチングに戻った形で始まった第4作日時計館の美女では、携帯電話は登場しないけれどもハッカー事件が話題になっていた。これまでの美女シリーズで採り上げられていないことのほうが不思議な『屋根裏の散歩者』を原作にした作品だったが、覗きよりも原作にはないお宝探しを軸にしているのがミソだったように思う。
 シリーズ肝心要のヌードについては、殺される郷田家当主の万喜子を演じた水野久美による肩から腕までのベッドシーンと、義理の姪の林千絵(朝加真由美)によるボディダブルと見込まれる浴室前の脱衣場面で、そつなくこなしていた。シリーズを担う美女役の郷田千賀子(真野響子)は、せいぜいで明智の胸にしなだれかかるだけで些か物足りなかったが、お話としては、わりと面白かったように思う。屋根裏ならぬ日時計館の庭からの散歩を回り回っての地下室行きとなれば、どちらも屋根裏から見えないところばかりだ。敢えて逆手に取っていたのだろう。面白かったのは、アナログの象徴のような計算尺が出てきたことだ。かの代物を観たのは何十年ぶりになるのだろう。
 それにしても、ろくでなしの弁護士、医師、不動産屋の群がるのが五十二歳の万喜子であって千賀子ではない設えが妙にわざとらしく、何だか可笑しかった。


 シリーズ第5作神戸六甲まぼろしの美女で副題「死者の復讐」とともに示された原作『押絵と旅する男』もこんなふうに『ドリアン・グレイの肖像』(オスカー・ワイルド)のような話だったのだろうか。第4作に続き村川透・吉田剛の監督脚本コンビなのに、明智の趣味が再びバード・カーヴィングのほうに戻っていた第5作は、遂に出てきたマネキン人形!とばかりに期待を抱かせて始まった。美女役の美術カメラマン舞谷藤子を演じる南條玲子の肩から上までとはいえ、シャワーシーンという約束事も踏まえていて、まずまずの面白さだった。
 なにせ明智が自らこの事件はファイルに入れられない、謎を解き切れなかった、解決しきれなかったと洩らす異色作で、ほとんど怪談というかオカルティックな、今で云う“美魔女”の話だったからだ。さすがに三十六年前当時は、いまのような美魔女の存在自体に現実感がなかったから、結局、ドリアン・グレイの肖像のような設えでの怪談話にしていたのだが、江戸川乱歩の時代には、大正十四年の『心理試験』に「もう六十に近い老婆」とのフレーズがあるくらいで、六十になる河野千代が二十代と変わらぬ姿という設えを押絵に歳を取らせる趣向もなくドラマ化するのは無理だったのだろう。
 そういった観点から面白く愉しんだのだが、造りはけっこう雑で、劇中の記事の見出しが傷害ではなく「密室の障害事件」になっていたり、どうして警察が骨董商の福田(根上淳)と瀬島(戸浦 六宏)の死亡現場に直ちに駆けつけていたのか、明智ならずとも「解き切れない謎」が随所にあったような気がする。もっとも、明智が汽車の客室で銜え煙草のまま喫煙しているような大らかな時代の作品ではある。


 北大路欣也版のシリーズ最終作となった第6作妖しい稲妻の美女は、天知版第2作浴室の美女で夏樹陽子が演じた美女役を佳那晃子が演じるリメイク作だった。佳那晃子は、天知版第24作妖しい傷あとの美女からの再登場だ。肩から上までながら入浴場面があり、小さくはあれど操り“人形”が登場していただけあって、まずまずの面白さだったように思う。
 綾子は、チャイナドレスの高橋洋子よりも本作の山本ゆか里のほうが好かった気がするけれど、美女役は夏樹陽子のほうが好みだった。とはいえ、演じていた佳那晃子は、竹本小伝を演じてすっぱり脱いでいた、四十四年前に観たっきりの『ザ・ウーマン』['80]の頃よりも風情があって美しかったような気がする。
 過酷な宿命を負って生まれた重荷の救いを明智に求めたプロポーズ場面がなかなか好かった。明智が僕もつまづいたと告白し始め、今わの際に婚約指輪を嵌めてやる一連の場面は、天知版も含めた本シリーズにおける明智小五郎のラブシーンの白眉だったように感じる。監督は、先ごろ亡くなったばかりの池広一夫だった。




参照テクスト:江戸川乱歩の美女シリーズ【天知茂版】(1話~6話)
参照テクスト:江戸川乱歩の美女シリーズ【天知茂版】(7話~11話)
参照テクスト:江戸川乱歩の美女シリーズ【天知茂版】(12話~16話)
参照テクスト:江戸川乱歩の美女シリーズ【天知茂版】(17話)
参照テクスト:江戸川乱歩の美女シリーズ【天知茂版】(18話~21話)
参照テクスト:江戸川乱歩の美女シリーズ【天知茂版】(22話~25話)
by ヤマ

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