『ニンフォマニアック』(Nymphomaniac)
監督 ラース・フォン・トリアー

 巷では鬱三部作と称されているらしい連作の第一作アンチクライスト['09]を2011年の美術館映画企画で観、第二作の『メランコリア』['11]を2012年にあたご劇場で観ながらも、最後を飾る『ニンフォマニアック vol.Ⅰ vol.Ⅱ』['13]については、一向に観る機会が得られずに来ていた。

 第一作の映画日誌に記していた作り手の“信仰への回帰ではない超自然志向”が、イメージ的にも顕著になっているように感じられた第二作『メランコリア』に関しては、観賞時にあの偉そうなトリアー、どこ行ったよ~(笑)。トリアーともあろうものが、タルコフスキーだのキューブリックだのビスコンティだのを想起させる映画を撮って、どうすんのよ。いきなりブリューゲルの『雪中の狩人』が出てきたうえにノスタルジアのドメニコを思わせる第九と蝋燭と来るし、今さらながらの2001年:宇宙の旅的な惑星とクラシック音楽の組合せに唖然。 第一部「ジャスティン」での上流階層の豪邸でだらだら続くパーティの感じは、ジャスティン(キルステン・ダンスト)のメランコリアというよりも、金と暇を食い潰している頽廃感のほうが強かったように思う。 第二部「クレア」への転調は、さらに訳が分からなくなったのだが、作り手的には、終末感への囚われがあるのかもしれないとは思った。 それにしても、キルステンの乳房、やや垂れ気味で張り不足ながらも、その分、人工色のまるでない量感に驚き。しかし、あれでカンヌ国際映画祭主演女優賞って、どうなんだろうね(笑)。と記したメモを残してあるだけで、映画日誌にはしていない。

 そうか、本シリーズ不滅の主演女優シャルロット・ゲンズブールが演じる自称ニンフォマニアの女性の名前が「ジョー」だったりするのは、まるで断酒会もどきの断色情会のせいだったのかと彼女が「マイ・ネイム・イズ・ジョー」と発するのを観て思わずニヤリとしたが、相変わらずトリアー作品らしい不謹慎と挑発が随所に窺えて、呆れるやら、笑うやらであった。だが、少々能書きが過ぎるように思っていたら、彼女がセリグマン(ステラン・スカルスガルド)と出会うに至るまでの半生を、夜を徹して語り終えた最後に、ジョーの語る色情狂について彼が、ジェンダーを替えてみると何も特別なことでもないのではないかと指摘する正鵠に、いくら若い時分のこととはいえ、毎日7,8人というのは男には無理かもと思いつつ、ちょっと感心させられた。ところがすかさず、この運びでセリグマン、それはないだろうという強引極まりないトリアーの卓袱台返しが最後に飛んで来て、彼のこの病気は、鬱以上に治らないんだなと呆れた。

 人間の性についての強い問題意識と精神科医への根深い不信、豊かな教養による遊びが満載で、とても面白く観られたのだけれども、作り込んだ画面で見せるトリアー作品ならではの美しいショットが少ないのは、少々物足りなかった。

 十五年近く前に観たドッグヴィルに係る談義のなかで触れた森岡大阪府大教授(当時)による「いわば主人公の脳髄の内部で、チェスの駒のようにあやつられる人間たちの暗黒世界」というのは相変わらずなのだが、「超自傷的な映画」という点では、鬱三部作の最後ともなれば『アンチクライスト』のような痛ましさではなく、『ドッグヴィル』的な不遜な挑発のほうが前面に出て来ているような気がする。とりわけ本作での“雪の夜のマルセル”によって『アンチクライスト』を想起させて肩透かしを食らわせるところや、前述のラストのセリグマンの描き方にそれを感じた。

 オウムの空中浮揚を想起させるようなオーガズムによってローマ皇帝クラウディウスの皇妃メッサリナと大淫婦バビロンを召喚する12歳の少女ジョーと違って、ある種、生々しくもあったミセスH(ユマ・サーマン)の夫の不倫相手宅への子連れ乗込みを描いた第三章が、可笑しくも怖くて最も面白かったように思う。最も呆れたのは、フィストファックを“サイレントダック”と形象していた第六章「東方教会と西方教会(サイレントダック)」だった。それにしても、フィボナッチ数列3+5のわずか8突きで前後のヴァージニティを一度に捨て去ったジョー(ステイシー・マーティン)がその後に足し合わせていった性体験の幅広い質量に唖然としながら、この先、トリアーは、一体どうなっていくのだろうと思わずにいられなかった。




推薦テクスト1推薦テクスト2:「TAOさんmixi」より
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1934021616&owner_id=3700229
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推薦テクスト1推薦テクスト2:「映画通信」より
http://www.enpitu.ne.jp/usr1/bin/day?id=10442&pg=20141026
http://www.enpitu.ne.jp/usr1/bin/day?id=10442&pg=20141101
 
by ヤマ

'18. 3. 4. DVD



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