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美術館春の定期上映会“ようこそ、アート映画へ”
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二日間で4プログラム8作品が上映されたのだが、僕が観ることができたのは、二日目Dプログラムの2本のみ。さすが芸術映画を標榜するだけあって、両作とも常軌を逸したいびつさがなかなか見事な作品で、とりわけ両作品のオープニングにおける凝りまくった画面構成に、両作り手の個性がストレートに現れていて強烈だった。 先に観た『アンチクライスト』は、四日前に観たばかりの『ブラック・スワン』のダーレン・アロノフスキーの痛々しさが児戯に映るほどに凄まじく、改めてトリアーの怪物ぶりに感嘆した。夫婦の営みに勤しんでいる最中の深夜に起き出た我が子の転落死に見舞われ、悲嘆・苦痛・絶望という三人の乞食の訪れに精神を傷めた女性(シャルロット・ゲンズブール)に対して、夫という近しい身でセラピーに臨むことが如何に無謀で愚かなことか、思い上がったセラピスト(ウィレム・デフォー)が完膚なきまでに叩き潰される話だった。 それにしても、トリアーの容赦ない徹底ぶりには恐れ入る。キリスト者でない僕には、本作のどの部分が取り立てての反キリストなのか見当がつかなかったが、首を絞められていたときの妻の顔の鬱血した生々しさは、その形相の凄まじさとも相まって演技の域を超えた迫力で、思わず慄然とさせられた。また、彼女が夫の性器をまさぐりつつ己が股間に鋏を当てたときは、夫に挿入させてそのままちょん切ろうとしているのかと思ったのだが、自身の陰核を切り取る自傷行為という、もはや自罰を超えた錯乱だったことに唖然とした。しかもそれを局部のクローズアップで映し出すのだから恐れ入る。 夫に対して見せる攻撃性と親和性の交互の波のありようが生々しく、ただの絵空事には映らないところに凄みがあったように思う。とはいえ、たとえ絶頂目前にあったとしても、伝い歩きの息子が二階の窓から落ちようとしているのを目撃して、中断できないということはなかろうと思ったり、あれくらい雪の降り積もった庭にあの高さから落ちても、赤ん坊なら死にはしないという気がしなくもなかったが、それを言っては始まらないという気になった。 妻の見舞われたこの悔悟と自責は、先ごろ観た『八日目の蝉』の恵津子の“施錠をせぬまま赤ん坊を置いて出て誘拐されたことへの悔悟と自責”どころではなかろうが、いずれにしても、取り返しのつかない事態を招いたことでの錯乱ぶりとしては、両者に通じるところがあったのではないかと思えるくらい、キャラクター的には近いものを感じさせる二人だったような気がする。 もしかするとアンチクライストというのは、魂の救済を信仰に求めずに精神分析なるものによるセラピーに求める現代人の行為それ自体を指していたのかもしれない。もしそうなら、救済どころか抹殺に至らざるを得なかったセラピストの血まみれの惨敗を描いていた作り手の意図は、何だったのだろう。少なくとも信仰への回帰などではなさそうだが、超自然を志向しているところがあるような気がした。 続いて観た『倫敦から来た男』は、九年前に観た『ヴェルクマイスター・ハーモニー』['00]の監督作品だったので、ワンカットがどういう始まりから展開して終わるのかというカメラワークを追うのに夢中になったが、タイミングを外されたり、一致したりの呼吸を楽しむ感覚が他の作品にはないスリリングさを味わわせてくれたように思う。オープニング・カットは凝るに違いないと思っていたが、それにしても、巨船の喫水線から始まって動き始めたカメラが列車の姿を見送るまでに到る十数分間の動きの豊かな創造性とリズムの緩やかさには圧倒された。近頃目につくジャンプカットの気忙しさの対極にある豊饒感が凄いと思った。 マロワン(ミロスラヴ・クロボット)が鉤付き棒を手に梯子を降りて岸壁に向かっていった後姿を捉えた波止場の場面では、ここでカットかと思いきや、矢庭に寄せる波が激しくなって波頭が跳ね上がり出す映像で時間を繋ぎつつ、遂には彼が一仕事終えて戻ってくる姿を捉えるまで続いていた。最初の30分間で3~4カットしかなかったような気がするが、かと思えば、全くカメラが移動しないまま短く終わるカットがあったりもする。 そのようなカット遊戯に耽っていたせいか、物語を把握するほうが少々お留守になっていたのかもしれない。マロワンが自己所有の小屋と思しき場所に不審者が潜んでいると娘から聞いて、パンとワインを用意して訪ね、「ブラウン!」と名前を呼び掛けた場面に意表を突かれた。二人は、どういう関係だったのだろう。6万ポンドの大金強奪は二人の共犯だったのかと思ったら、小屋の入口が閉じられたまま物音一つしない状態をしばらく映した後に、倫敦から来た刑事と名乗る男(レーナールト・イシュトヴァーン)の元に、マロワンが横取りしたはずの6万ポンド入った鞄を持参してブラウン殺害を告白するものだから、ますます不可解になってしまった。 マロワンという男は、本当に何を考えているのだろう。妻(ティルダ・スウィントン)の言うように、「勝手にぎりぎりまで我慢しといて、最低のタイミングで最低の馬鹿なことをしでかす男」だと呆れていたら、なにやら結果オーライのような顛末に到って、狐につままれた気分になった。原作があるようなのだが、本当にそういう話なのだろうか。釈然としないのだが、物語を楽しむ類の作品ではないような気がするから、その点はよしとすることにした。モノクロ画像の陰影と画面設計の精緻さが何とも堪らない作品だ。なかなかこうは撮れない気がする。実にたいしたものだと思ったが、『ヴェルクマイスター・ハーモニー』['00]の作品的な充実ぶりには及ばないような気がした。 *『アンチクライスト』 参照テクスト:『ドッグヴィル』についての掲示板談義 編集採録 推薦テクスト:「チネチッタ高知」より http://cc-kochi.xii.jp/hotondo_ke/archives/189 推薦テクスト:「映画通信」より http://www.enpitu.ne.jp/usr1/bin/day?id=10442&pg=20110311 推薦テクスト:「TAOさんmixi」より http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1682794182&owner_id=3700229 推薦テクスト:「帳場の山下さん、映画観てたら首が曲っちゃいました。」より http://www.k2.dion.ne.jp/~yamasita/cinemaindex/2011acinemaindex.html#anchor002131 推薦テクスト: 「なんきんさんmixi」より http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1699586442&owner_id=4991935 *『倫敦から来た男』 推薦テクスト:「olddog's footsteps」より http://dogfood.cocolog-nifty.com/latest_footstep/2010/01/post-3312.html 推薦テクスト:「TAOさんmixi」より http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1367291860&owner_id=3700229 推薦テクスト:「おちゃのましねま」より http://plaza.rakuten.co.jp/mirai/diary/201111140001/ | ||||||||
by ヤマ '11. 5.15. 美術館ホール | ||||||||
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