『ニーチェの馬』(The Turin Horse)
監督 タル・ベーラ


 馬が言うことを聞かなくなり、井戸の水がなくなり、家を出ても行き場がなく、火種さえなくなっても、眼前にジャガイモある限り、超人の如く敢然と運命を受け入れ、食わねばならぬ。それが人生だ、などという哲学を開陳され、天地創造の六日間とは逆の“喪失の六日間”の次の七日目は、皆さんでお考えを、と言われているような映画だった。

 154分もの長尺作品をわずか数行に要約してしまうのもどうかと思うが、十年前、僕がタル・ベーラと最初に出会った作品であるヴェルクマイスター・ハーモニー['00]ならいざ知らず、本作がキネ旬の外国映画ベストワンに選出されたと聞くと素直に賛同できない気分だ。

 勿論こういう映画はあっていいし、というか、なければいけないし、このような画面に対峙することで得られる鑑賞体験というものは、自分の映画観賞の感度メンテナンスのうえでも大事なことだと思う。だが、率直な感想として、圧倒的な政治的主題が明確で、1シーンを押し切る長回しカメラの効果が絶大だった『ヴェルクマイスター・ハーモニー』や、物語は二の次でカット構成やカメラワークに芸術的な意匠を凝らしていた前作『倫敦から来た男』['07]に比べて、確信的に寄り付きにくさを指向し、脱色モノクロや相変わらずの長回しなどの凝り様を敢えて無造作に見せようとしている外連が、少々嫌らしいなという気がしなくもなかった。

 そのように感じられたのは、倫敦から来た男観賞時に掴んだ“カットのタイミングとカメラ移動へのシンクロ遊戯”を今回も試みながら、前作と違ってあまりにも外されたことにあるのかもしれない。前作では、外されるにしろ、ぴたりと重なるにしろ、そこに納得と共感があったのだが、本作では、ほとんどそれが得られなかった。カメラがこう動いてカットがこう切れるのなら、今度はこうだろうと思わせてくれるリード感が前作にはあったのに、本作では、長回しのカットを追うことを重ねていくうちに、却ってそれがほとんど感じられなくなっていって、シンクロどころか外れっ放しだったのだ。しかも納得感がゼロで、まるで僕の姑息な遊戯をはぐらかすことで「素直に委ねて観よ」とたしなめられているような気さえしてきたのだった。そういう押しつけがましさが本作にはあって、そこのところが気に入らなかった。

 だが、高知県立大学文化学部の主催による無料上映会として開催された今回の企画自体には大いに刺激を受けた。なかでも、指導に当たる准教授監修のもと、哲学・倫理学研究室の8名の学生が26頁にわたるパンフレットを製作し頒布していることが目を惹いた。本作の三大特長ともいうべき、長回し・音響・ニーチェについて簡潔な解説を加え、哲学・倫理学研究室らしくニーチェの基本概念として【永遠回帰】【力への意志】【超人】【ディオニュソス・アポロ】【ニヒリズム】【ルサンチマン】について、自分たちの咀嚼した言葉での紹介を簡潔に添えるばかりか、それらの基本概念をキーワードにした関連映画の紹介も加えていた。

 学生たちにより抽出された古今東西の映画作品は、【永遠回帰】:『スカイ・クロラ』['08邦画]、『恋はデジャ・ブ』['93洋画]『2001年 宇宙の旅』['68洋画]【力への意志】:『地獄に落ちた勇者ども』['69洋画]【超人】:『スーパーマン』['78洋画]、『DEATH NOTE デスノート』['06邦画]、『ロープ』['48洋画]【ディオニュソス・アポロ】:『ベニスに死す』['71洋画]、『イノセント』['75洋画]、『憂国』['66邦画]【ニヒリズム】:『メランコリア』['11洋画]【ルサンチマン】:『神曲』['91洋画]、『クリスマス・ストーリー』['08洋画]、『悲恋』['44洋画]

 挙がるべくして挙がっている王道作品もあれば、意表を突かれた作品もあって実に楽しかった。これで言えば、僕が想起するのは三十年近く前に観た『木靴の樹』['78]だ。当時二十六歳、生きる意味というのはもしかすると御大層な“自己実現”などではなく、かくのごとき日々の繰り返しを粛々と受け入れ全うしていくことに他ならないのではないか、などと思わされ、いささか宗旨替えを迫られたように感じて動揺した覚えがある。そのとき直ちにニーチェを想起したような記憶はないのだけれども、今回、本作を観、学生たちの製作したパンフレットを読むなかで、そのような刺激を得た。そして、エルマンノ・オルミ監督の『木靴の樹』は、本作のようにこれ観よがしではなかったような気がした。

 そのほか関連作品として言及されていた映画は、ルー・サロメ 善悪の彼岸['77洋画]エルミタージュ幻想['02洋画]台風クラブ['85邦画]、『ミッドナイトクロス』['81洋画]、『リスボン物語』['95洋画]

 学生たちは、このような形で映画作品にアプローチすることで、映画観賞に対する地平が大きく変わっただろうし、哲学を観念性でもって解するのではなく、身に引き寄せて考えるうえでの触媒としての映画の効用にも開眼したことだろう。その研究成果をこうして社会に開くことへの喜びや緊張を彼らが味わうことは意義深いし、読ませてもらうほうも興味深い。実に好企画だった。

 映画の企画上映事業を開館以来二十年近く展開している高知県立美術館にも公立文化施設として、このくらいの研究成果の発行は事業実施の前提にしてほしいと思うのだが、僕の記憶するところでは、'01年に郷土出身の気骨のカメラマン三木茂特集を行った際に、36頁にわたる小冊子を発行したことが一度あるだけだという気がする。いささか残念で仕方がない。自前で製作する人材を欠くのなら、県立同士ということで、県立大学文化学部とタイアップするなりして取り組んでもらいたいものだと思った。




推薦テクスト:「TAOさんmixi」より
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1832607753&owner_id=3700229
推薦 テクスト:「チネチッタ高知」より
http://cc-kochi.xii.jp/hotondo_ke/13020301/
by ヤマ

'13. 1.18. 県民文化ホール・グリーン



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