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『バニラ・スカイ』(Vanilla Sky) | |||||
監督 キャメロン・クロウ | |||||
近頃は、何でもてんこ盛りにしないと落ち着かないのだろうか。僕が小さい頃のプロレスで必殺技とされたものをバーゲンセールの商品のように幾つも何度も見せるのが当たり前になったのは、いつからのことなのだろう。映画でも最近はやたらと「ジャンルを越えた」という惹句とともに、従前からの感覚に囚われていると、何だかわけが解らなくなるような作品が続々と現れている。ゼメキス作品の『ホワット・ライズ・ビニース』や『キャスト・アウェイ』、カソヴィッツ作品の『クリムゾン・リバー』などもそういう意味で今年、際立っていた作品だったような気がするし、『AI』もそういう作品ではなかったかと思う。それを一概に好ましくないと僕が思っているわけではないが、この作品などを観ると、やはりどこか勘違いがあるような気がしてならない。 最も釈然としなかったのが、心理サスペンスとも言うべきサイコ・ドラマのなかにヴァーチャル・テクノロジーとしてのSF領域を持ち込みつつ、それを『ザ・セル』のような前提条件とせずに『シックス・センス』ばりのトリックとして使った点だ。結果的に『イグジステンズ』と同様に作り手のなかでも現実と仮想現実とが混乱して、わけの解らない物語になってしまったように見える。 デヴィッド(トム・クルーズ) とソフィア(ペネロペ・クルス)が会ったのは、ジュリー(キャメロン・ディアス)との事故に遭う前の一度だけというのが現実だったのか、あるいはデヴィッドの脳がインプットしたという冷凍保存中の夢のなかで保護員が語るようにディスコで泥酔し、路上に倒れるまでは会っていたのか。それなら、その夢を見ているデヴィッドは、まだ冷凍保存中ということなのか。それとも、そもそも冷凍保存の会社の存在自体が妄想なのか。それならば、その存在を前提に語られることのすべてが妄想になってしまうし、その存在が妄想でないならば、その時点で語られていることのすべてはデヴィッドの夢のなかの話だということになる。従って、現実の部分がどこにもなくなってしまう。そういうなかで、幾分か現実的に辻褄が合うのは、デヴィッドとソフィアが一度しか会ってなくて、ソフィア殺害もマッケイブ医師(カート・ラッセル)も一切合財がすべて妄想だったという場合だが、そうすると最後に「オープン・ユア・アイズ」と語り掛ける声がソフィアのものであることが納得できない。もし、いまだ醒めやらぬ夢だとしたら、高所恐怖症を押して飛び降りるエピソードは何だということになる。最も肝心なのは、マッケイブ医師の存在がリアルなのか妄想ないしは夢なのかを曖昧にしてしまった点だ。それは偏に、冷凍保存による生命維持とオプション・サービスとしての夢を持ち込むことで奇を衒い、物語構造を複雑かつ曖昧にしてしまったことに原因がある。オリジナル版のアレハンドロ・アメナーバルの脚本では、どうなっていたのだろう。未見なので判らない。 旧来のサイコ・サスペンスならば、ジュリーに対してあまりにもの仕打ちだったことへの良心の呵責による錯乱からデヴィッドを現実世界へ引き戻すのがマッケイブ医師の役割であり、彼は間違いなくリアルな存在だったと思う。そして、ソフィアをジュリーと錯誤して殺害したのかどうかが映画の運びの焦点となり、最終的には呵責という贖罪を経て、人間的に成長を遂げたデヴィッドが再び現実世界に戻ってくる力を得る物語になっていたと思われる。すなわち、ソフィアを殺害したという妄想に囚われ、そこから逃避するためにデヴィッドが作り上げた、罠に嵌められた悲劇的な境遇に自分を置く仮想現実の世界から、彼が生還する物語というわけだ。 ところが、この作品では、オリジナル版でさえもその構造がそんなに単純ではなさそうなところに加え、新しいヴィジョンと広がりを持たせたということらしいから、意欲が仇となって破綻したのではないかという気がする。演出や編集の流れも悪く、最近流行の細かいカットの連続技を多用しながらも映画としてのリズムはどうにも緩慢で、特に前半はいささか退屈した。トム・クルーズは、演技のやり過ぎで空回り気味。キャメロン・ディアスの好演は印象づけられるけど、生かされてないようで残念だった。それにしても、一晩に四回も放出というのが男の深い愛の証であり、それを飲みさえもしたということが自分への処遇を権利として保証すべき根拠であるかのようなジュリーの台詞は、いささか御粗末な気がする。 推薦テクスト:「帳場の山下さん、映画観てたら首が曲っちゃいました」より http://yamasita-tyouba.sakura.ne.jp/cinemaindex/2002hacinemaindex.html#anchor000735 | |||||
by ヤマ '01.12.23. 東宝3 | |||||
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