『A.I.』(Artificiial Intellience)
監督 スティーヴン・スピルバーグ


 人間とは何物で、その生にどんな意味があるのかなどという疑問は、いくら歳を重ねても答えの見つからないものだから、普段あまり意識していなくても、心の奥底には未だにしかと潜んでいることを琴線に触れる形で、呼び起こしてくれるような作品だった。人は、存在として人間「である」のか、人間「になる」のか、人間であることを決定づけている属性とは、何なのか。

 素朴に愚蒙にも、肌の色が違うとか、使う言葉が違うとか、異形であるとかいった理由で、人として見たうえで見下す以前に、人間としてすらイメージできない文化が当然のものとされていた時分の人間観は、単純で判りやすかったが、もはやそのような人間観に立てる者は、ほとんどいないはずだ。知能や感情や表現力でもないことは、植物状態になったからといって人間ではなくなったという認識を持てないことからも判ることだが、かといって、生き物すべてを人間と同一視はできない。人間だとイメージしているものから、その属性をこれは決定的ではないといって剥ぎ取っていくと、まるで玉葱の皮を剥くようにして、芯がなくなってしまうようなものだ。しかし、玉葱は、皮を剥ぎ取る前には疑うべくもなく、確かに存在していたはずである。そういった人間存在の根源に関わるアイデンティティが哲学的な観念の世界だけでなく、現実を脅かすものとして立ち現れる日が、目の前にまで来ていることを目の当たりにしたような気がする。

 この映画では、感情は、刺激に対する複雑で高度な反応として記憶の集積と学習効果でメカニズムによる開発が可能だとしても、それでは説明のつかないものとして“夢”とか“願い”といったものに重きを置いていた。まさしく、スピルバーグの真骨頂だ。

 それにしても見事な創造だ。映像テクノロジーもさることながら、それらで圧倒して観せるだけではなく、役者の演技の力も見せつけてくれた。オスメント少年やジュード・ロウの表情のあるロボット顔などというデリケートな表現の見事さには驚かされた。しかもきちんと精巧さに差をつけてある。とりわけ、退院してきたマーティンにモニカが読み聞かせてやっている童話「ピノキオ」から人間になれる可能性を情報として得たときのデイビッドの微妙な表情は、絶品だ。まるで人間のような表情というのを人間が演じることの奇跡を目撃したように思った。

 しかし、そんなこと以上に唸らされたのは、過去のさまざまな遺産として持っているイメージをふんだんに連想させながら、借り物には見えない創造性に満ち溢れた豊穣な映画世界を繰り広げたスケール感だ。石の礫のエピソードがあって、2000年の時間経過を提示されると、性交によらずして生まれ、復活するデイビッドにはキリストのイメージが投影されるし、そうなると彼の巡った旅の途上で出会ったものに聖書の物語が偲ばれたりしてくる。童話でのピノキオは、たまたま見た目が木の人形だったから、人間になったことを自分の目で確かめられたが、見た目が人間そっくりのデイビッドなればこそ気づいて驚く余地がない姿に、ピノキオだって見た目以外は人間になる前となった後で何も変わってはいなかったことに今さらにして気がついたり、眠るという行為と眠りという言葉の意味深長さに感銘を受けたりもした。神なき時代において、神のイメージを負託されるべきものとしての異星人に説得力を感じながら、『未知との遭遇』を思い起こし、月の形状をした飛行船に『ET』を思い出す。頭髪からの再生は『ジュラシック・パーク』だし、ロボット狩りは『アミスタッド』だ。ほかにも『ガタカ』があればこそのジュード・ロウの起用ではないかとか、ウィリアム・ハートからは『アルタード・ステイツ』だとか、さらには『ブレード・ランナー』『時計仕掛けのオレンジ』『未来世紀ブラジル』『猿の惑星』など、およそこれまでのスピルバーグとは繋がらなかった、僕の好きな映画がかぶさってくることが楽しくて仕方がなかった。

 特筆すべきだと思われるのは、人間を模索するうえで、スピルバーグがセックスのイメージを避けなかったことと大人から子供に到るまで、ロボットに比べてちっとも取り柄のない人間たちの思い上がりや情けなさを描きながら、ファンタジックなテイストを失うことがなかったことだ。そして、このいささか人間であることに引け目を感じさせるような物語を綴りながらも、二千年後の場面では人間であることの喜びを観る者に取り戻させ、残していってくれたことだ。

 ここがお説教にならずに、喜びとなっているのが見事だ。涙する人間であること、眠りにつくことのできる人間であることの幸福を感じないではいられない素敵なエンディングだった。50年の時間を「しか」と表現したデイビッドが一日を永遠のものとして味わうところに意味がある。毎日の日々も、そしてまた最期の時にも、安らかな眠りに就きたいものだとしみじみ思った。




推薦テクスト:「K UMON OS 」より
http://www.alles.or.jp/~vzv02120/imp/a.html#jump22

推薦テクスト1推薦テクスト2 :「チネチッタ高知」より
http://cc-kochi.xii.jp/jouei/ai2.html
http://cc-kochi.xii.jp/taidan/ai.html

推薦テクスト:「神宮寺表参道映画館」より
http://www.j-kinema.com/rs200106.htm#A.I.

推薦テクスト:「銀の人魚の海へ」より
http://www2.ocn.ne.jp/~mermaid/ai.html

推薦テクスト:夫馬信一ネット映画館「DAY FOR NIGHT」より
http://dfn2011tyo.soragoto.net/dayfornight/Review/2001/ai.html

推薦テクスト:「BELLET'S MOVIE TALK」より
http://members.tripod.co.jp/bellet/movie/review82.html

推薦テクスト:「camela con vista」より
http://www2.odn.ne.jp/~cbe64580/cinema2001/ai.htm
by ヤマ

'01. 7. 4. 松竹ピカデリー2



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