天使で悪魔





クララベラ号の積荷 〜悪意の断片〜




  物事は見えない奇妙な糸で繋がっているらしい。
  その糸はまるで意図の様に。
  誰の意図?
  それは、分からない。

  しかしそれは確実に存在し、次第に紡がれていく。
  関わるのはあたし?
  関わるのは……。

  奇妙に意図された運命は次第に紡がれやがて到来する。そして、あたしが歩いた道は引き継がれるのだ。
  あの人に。






  「以上です」
  「ご苦労」
  あたしは一礼して執務室を出た。
  ここはアンヴィルにある戦士ギルドの支部会館。あたしは今、出向という立場でここにいる。
  ある任務を解決しアンヴィル支部長の執務室に入って支部長アーザンさんに事の顛末を報告、それが終わったので部屋に戻ろうと
  一階に下りる。
  ある任務?
  ……。
  ……。
  ……。
  えっと、食い逃げ犯の逮捕。
  別に任務の大きさを問題にしているわけじゃないし、事件に小さいも大きいもない(青島刑事の明言♪)んだけど……まー、いっか。
  事件は事件。
  任務は任務。
  そこに拘る必要はどこにもない。
  それでいい。
  それだけだ。
  それだけ。
  「あらアリス。相変わらず食べちゃいたくなるぐらいに可愛いな肢体……じゃない、戦士の面構えね」
  「……」
  すいませんどこをどう間違えたら『食べちゃいたいぐらいに可愛い肢体』になるのでしょうか?
  この人相変わらず怖いよーっ!
  はぅぅぅぅぅぅっ。
  「任務かしら?」
  「終わりました」
  「そう。……暇なら酒場にでも行かない? 一服盛ってくれるマスターがいる酒場を見つけた……じゃない、良い店見つけたのよ」
  「……遠慮しときます」
  「そう?」
  「……はい」
  じゃあね。
  その女性はそう言って階段を上がっていった。アンヴィル支部の建物は三階建て。どの階に用があるんだろ?
  まあ、どうでもいいけど。
  彼女の名前は今更言うまでもなくフォースティナさん。
  元々は盗賊。
  最初は既婚男性から金品を巻き上げる女性のみで構成された盗賊団の親玉(サイレンの欺き参照)。
  その次はアンヴィルから強奪を繰り返す荒っぽい盗賊団の親玉(盗賊の巣窟参照)。
  結局あたしはそのどちらも関わった。
  ……ああ。二度目の時はフィッツガルドさんも一緒だったな。
  ともかくどちらも関わった。
  二度ともあたしが拘束、アンヴィルの衛兵隊に引き渡した。当分は出れないはずだったけど、身元引受人としてアーザンさんが引き
  取ったのだ。
  何故?
  答えは簡単だ。フォースティナは盗賊の手口を知っている。精通している。
  アンヴィルでは盗賊ギルド(都市伝説的な存在ではあるものの)は活動していないものの、二度も盗賊団を結成したフォースティナ、
  ストランド要塞を拠点にしていたヤルフィ、レレス良品店を襲ってた元従業員のこそ泥に、最近活動していないけどヴァネッサーズ。
  ここには賊が多い。
  その対策としてフォースティナの知識が必要だった。
  その為の保釈であり、身柄を引き取った。
  今のところフォースティナは心を入れ替えたが如く、任務に精を出している。
  さて。
  「休憩しよっと」
  お疲れさまー。


  あたしの名はアイリス・グラスフィル。
  愛称はアリス。
  元々は本部であるコロールに属していたんだけど、ギルドマスターであるヴィレナおば様の逆鱗に触れてしまいアンヴィル行きに。
  いやまあ、あたしが悪いんだけど。
  勝手にヴィラヌスを連れ出した。
  勝手に任務を一緒にこなしていた。それがばれて、あたしは追い出された。
  仕方のない事だと思う。
  おば様の下した判断は正しい。
  
  アンヴィル行き。
  左遷?
  あたしはそうは思わない。何故なら、大規模な支部のある街だからだ。明確な支部長も存在する。
  本部はコロール。
  支部はアンヴィル、シェイディンハル、スキングラード、ブラヴィル、ブルーマ。
  その中でも支部長が存在するのはアンヴィルとシェイディンハルだけ。
  アンヴィル支部長はアーザンさん、シェイディンハル支部長はバーズさん。他の街の支部よりも規模は大きく、影響力も大きい。
  必ずしも左遷ではないだろう。

  ちなみに。
  レヤウィンの支部はブラックウッド団の台頭で閉鎖された。
  そもそも仕事がないし。
  最近出来たもっとも東にある街フロンティアにも支部はない。あそこは冒険者の街だから戦士ギルドは必要ないのだ。

  ブラックウッド団は勢力を伸ばしている。
  レヤウィンは完全に取り込まれた。
  仕事は向こうに流れつつあるし、人材も流れている。それでもまだアンヴィルには仕事がある。
  今一番危ないのがブラヴィル。
  ブラックウッド団は次の足場としてブラヴィルを狙っているのは確かだ。
  だから。
  だから、アンヴィルにはまだブラックウッド団の影響力はない。少なくとも半年ぐらいの間は大丈夫だろう。何故ならブラックウッド団が
  ブラヴィルを取り込んだ後に狙うのはおそらくはスキングラード。
  西に伸びるしかない。
  何故?
  帝都には帝都軍がいる。戦士ギルド絶頂期の頃にも支部はなかった。ブラックウッド団も帝都はスルーするだろう。
  そのままシェイディンハルを勢力下に置く?
  それはない。
  飛び石のような状態で勢力を伸ばす事はしないだろう。東のフロンティアは、前述のような意味でお呼びでない。冒険者がひしめいて
  いるのだからわざわざ何でも屋は必要ないのだ。
  かと言って直接戦士ギルドの本部であるコロールは狙わないだろう。
  狙うならスキングラード。

  ともかく、そういう理由でアンヴィルは比較的まだ任務がある。
  あたしはここで手柄を立てよう。
  たくさん。
  たくさん。
  たくさんっ!
  そうしたらコロールに舞い戻れる可能性は出て来る。きっとあたしの再起の為に、ここに送り込んだのだと信じて。
  ガンバロー♪


  「アリス。アーザンさんが呼んでるぞ」
  「……はーい……」
  寝てたらしい。
  頭がボーっとする。個室が宛がわれているわけではなく、共同の部屋だ。メンバーはここで寝る。
  あたしは誰かから名を呼ばれて目を開いた。
  あー、寝た。
  「……あれ? フォースティナさん?」
  「ちっ」
  「ちっ?」
  寝ぼけているらしい。
  状況判断がよく出来ない。少しずつ冷静に現状を把握しよう。
  あたしはベッドに転がっている。
  フォースティナさんはあたしを組み敷いている……っておいおいおいっ!
  「うひゃっ!」
  「……ふふん。今日のところは、これで勘弁してあげるわっ! でも次はないからねっ! ほほほっ! ほほほーっ!」
  「……」
  「ほほほーっ!」
  「……」
  高笑いして逃げ去るフォースティナさん。
  あ、危ない。
  あのまま寝てたら何されるんだあたしはっ!
  思ったより頭は寝てないらしい。すぐに状況が変なのに気付いたから。
  服は、うん、着てる。
  てか戦士ギルドの皆様、止めてくださいよー。
  「あ、あれ?」
  違和感。
  胸元をまさぐる。
  「あ、あれーっ!」
  あたしってばブラしてないっ!
  何でーっ!
  何されたのあたしは一体何されたのーっ!
  も、もうお嫁に行けないよー。
  「うにゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
  ……フォースティナ。
  ……何気にあたしの冒険におけるラスボスかもしれない。
  はぅぅぅぅぅぅっ。






  深夜。
  「……」
  月下の中、あたしはひっそりとした波止場地区を歩く。
  武装はいつもの通り、鉄の鎧に身を包み、フィッツガルドさんから貰った雷の魔力剣を腰に差している。
  散歩?
  違う。
  任務だ。深夜を選んだのも任務の特性上の判断だ。
  日中の喧騒が嘘のように波止場地区はひっそりと静まり返っていた。
  「……」
  船が見えてくる。
  今現在停泊しているのは幽霊船としてしばらく前まで有名だった船(アンヴィルの幽霊船参照)と、今回調査を依頼された船だけだ。
  支部長のアーザンさん曰く『海賊船との疑いがある』との事。
  依頼主は『港湾ギルド』。
  最近海賊や犯罪結社が横行し利益の妨げとなっているらしく例の船が海賊かどうかを調べて欲しいという要請だ。アンヴィルの衛兵は
  コロールの衛兵に比べて働き者ではあるものの、やっぱり事が起こるまでは憶測では動かない。
  そこで戦士ギルドの出番だ。
  お仕事お仕事。
  ……。
  世界には色々なギルドがあるんだなぁと今更ながら気付く。
  冒険者ギルド、鉱山ギルド、港湾ギルドに、ギルドではないけど山岳協会。世界って広い。
  「これかぁ」
  小型の帆船を目視。
  周囲を見渡す。
  アンヴィルはスキングラードと同じで都市の囲む城壁の中に城はない。スキングラードは小高い丘の上に城がありアンヴィルは小島の
  上にある。いやまあそこはどうでもいいんだけど、アンヴィルの城は波止場地区に隣接している。
  兵士の城と街との出入りの際には必然的に波止場地区を通るし、またあたしがいる場所は城から見渡せる。
  いかに任務とはいえ、立証できない内は犯罪。
  海賊船かもしれないけどそれが判明するまでは不法侵入は不法侵入として処理される。
  ……。
  そ、そう考えると戦士ギルドって意外に荒っぽいかも。
  ま、まあ、今更だけどね。
  「……」
  ギシ。ギシ。ギシ。
  無言を維持しあたしは桟橋を渡る。例の船は接岸されているから、乗り込むのは容易だ。
  「……」
  ギシ。ギシ。ギシ。
  だけど桟橋が軋むなぁ。
  まあいいか。
  もしかしたら海賊かもしれないけど、いずれにしてもこの船の連中はアンヴィル当局を出し抜いていると思っている。身分を詐称して
  も当然ながら見抜かれながら、詐称した事にならない。
  停泊している。
  その時点でアンヴィル当局は『危険がない』と判断したという意味であり『信用できる』という意味でもある。向こうは出し抜いたと思い
  込んでいる、だからこそ無駄な見張りは逆に怪しまれる。だから手薄なのだろう。
  それに深夜。
  寝入っているに違いない。
  ……。
  も、もしかしたら、普通に一般の船なだけかもしれない。
  そ、その時はどうすりゃいいのよー。
  「はぁ」
  溜息。
  まあいいか。
  与えられた任務をこなすとしよう。それがあたしの任務であり、戦士ギルドの意思だ。
  船内に通じる扉をゆっくりと開いてみようとする。
  ……駄目。
  「鍵か」
  当然といえば当然か。
  あたしは懐からロックピックを取り出す。この手の技能は得意ではないけど、平和的に侵入する必要がある。
  平和的ではない侵入方法?
  簡単よ。
  扉を蹴破る。
  だけどそれやると目立つし、音がうるさいから。
  カチャカチャ、カチャリ。
  ビンゴっ!
  鍵が開いた。あたしは扉をゆっくりと開けて中に侵入した。
  「……」
  思えばあたしも成長したなー。


  「……何よこの匂いは……」
  鼻を手で覆いながら狭い船内をあたしは歩く。
  聞えるのは2つだけ。
  波で船が揺れる音と船員達のであろう、イビキだけだ。しかしこの匂いはなんだろ。ただ不衛生なだけ、という匂いではないと思う。
  ケモノ?
  そうだね、動物の匂いだ。
  「……」
  無言。
  無言。
  無言。
  あたしは無言で船内を徘徊する。
  港湾ギルドが海賊船ではないかと疑うのだから、よほど念入りの調査をしたのだろう。そうでなければ戦士ギルドも依頼として受け
  ないし、あたしにゴーサインも出さないだろう。疑うべき箇所があるからこそ送り込まれたのだ。
  ……。
  いやいやいやっ!
  そうでなければあたしが困るっ!
  そうじゃなきゃただの犯罪者になるだけだしっ!
  戦士ギルドって本気で荒っぽいかもー。
  はぅぅぅぅぅっ。
  「……」
  下に。
  下に。
  下に。
  闇雲に潜入したわけではない。
  この手の船の構造図はちゃんと参考資料としてアーザンさんが用意してくれていた。この船の構造的に、財宝系を置いておくには
  船底だろう。今のところ船員には遭遇していない。そりゃまあ当然か。ともかく遭遇していない。
  あたしは息を潜めて船底に向かう。
  「あー、最初の任務に似てるかも」
  最初の任務。
  それは帝都での海賊退治だ。
  いやまあ、海賊は誰かに皆殺しにされたんだけどさ。その後流される形でオルミルさん救出の為に乗り込んできたブラックウォーター
  海賊団(突然の出立参照)を返り討ち。船内での戦いはあの時学んだ。
  あれから。
  あれから、あたしは成長した。
  思えば長い間頑張ってきたんだなー。
  しみじみ、です。
  「あれ?」
  誰かの怒声が聞える。
  船底はすぐそこだ。
  叫んでいるのは1人。その場に誰かいるのかは知らないけど、叫んでいるのは1人だ。あたしは腰の剣に手を這わせる。
  忍び寄る。
  ぎぃぃぃぃぃぃっ。
  船底に繋がる扉を開ける。鍵は掛かっていなかった。
  そこには1人の男がいた。
  そして無数の羊と牛。
  ……なるほど。匂いはこれか。家畜を船に飼っている?
  まあ、食料なのか売り物なのかは知らないけど、別におかしい事ではない。どちらの理由でも成り立つ。ただおかしいのは叫んでいる
  男だった。一瞬世話役かと思ったけど、腰にカトラスを差している。
  世話役だとしたらおかしい。
  だって武器なんか持って世話をしてたら危険じゃないのよ。
  ヒステリックな男性。
  「ちくしょう俺は海賊だぞお前らなんかの世話なんかしたかないんだよどちくしょうめーっ!」
  そして腰のカトラスを……駄目っ!
  バッ。
  あたしは飛び込む。
  キィィィィィィィィィィィィィンっ!
  相手のカトラスを弾き飛ばし、体当たり。海賊(今のところ自称)は体勢を崩し、その場に倒れた。
  グチャ。
  「……あっ」
  そのまま、その、牛さんに踏み潰されました。多分死んでると思います。うっわエグイ死に方だー。
  結局こいつは何者?
  そしてこの家畜は一体何?
  まあ、これは事故だからあたしの所為じゃない……と思いたいっ!
  ガサガサ。
  男の衣服を漁る。あれ?
  「手紙?」
  一枚の羊皮紙が出て来る。
  その内容は……。


  『船長へ』

  『忠告ですぁっ! 油断しちゃいけませんっ! もしまたレヤウィンの監視兵がコソコソ嗅ぎ回りやがったらイカリを上げて
  こんなつまらねぇところからさっさとズラかりやしょうっ!』

  『法を破って牛を盗んだぐらいで一生獄中なんて真っ平ごめんだっ! 絶対にごめんだっ!』

  『船長の事は尊敬していますが自分も他の皆も今の仕事に就いたのは海賊らしい事がしたいからなんですぜ。殺したり奪ったり
  ぶち壊したりっ! 深緑旅団戦争で荒れ果て隙だらけのレヤウィンにまで行って牛泥棒はないでしょうよっ!』

  『あと、羊盗むのもごめんだっ!』

  『俺らは羊の面倒を見る為に海賊になったんじゃねぇっ!』

  『フィルチー一等航海士(海賊っ!)』


  「海賊、か」
  それも何故か家畜専門らしい。
  で、こいつはそれが嫌で嫌でたまらなかったらしい。まあ、意味は分かる。帝国の法律として盗んだ金額は関係ない。
  犯した罪の回数が全て。
  金貨10万枚盗もうが家畜盗もうが同じ罪。そして等しく重い。
  「これで決定だね」
  こいつらは海賊だ。
  この羊皮紙は証拠になるし、レヤウィンに問い合わせれば決定的になる。他にも何か盗品があるかも知れない。
  チェックメイトだ。
  その時……。

  「な、なんだ、てめぇっ!」
  「……」
  野太い声に答える代わりにあたしは一歩踏み出し、刃を振るう。男の右耳は削ぎ落とす。
  ペチャ。
  嫌な音を立てて耳が落ちた。
  「うぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
  船内に響く。
  こいつらが海賊なのはもはや明白。
  剣を振るうのに躊躇いはいらない。そして他の海賊が集まって来ようが関係ない。
  今まで静かに侵入していたのは犯罪を犯しているのかどうかが分からなかっただけ。既に判明した以上、排除は躊躇わない。
  それでも。
  それでも、警告は必要だ。
  だから殺さなかった。
  「うるせぇぞ、てめぇら」
  海賊達を掻き分けて1人の男が進み出る。
  服装が違う。
  高級船員か……いや、普通に船長と見るのが普通か。
  「俺の名はパゾーン・パトネイム船長だ。それで、てめぇはなんだ? 殴り込んできて船員傷つけて、まさか五体満足で帰れるだなんて
  思っちゃいないよな? 血の気の多い野郎どもの巣窟に来た報いを受ける気は?」
  「脅しのつもりですか?」
  「つもりだよ」
  「だったら、拒否します」
  「なにぃっ!」
  バッ。
  船長が動いた。
  思ったよりも早い動きだ。だけどあたしはもっと早い。
  雷の魔力剣が鋭い唸りを上げて船長のカトラスを両断、切っ先が天井に突き刺さる。船長は蒼褪めた。
  チャッ。
  あたしは剣を突きつける。
  ざわり。
  船長&船員達は一歩下がった。
  「動くな」
  『……』
  「貴方達を戦士ギルドの名の元に逮捕します」
  『……』
  あたしの宣言に海賊達はうなだれた。
  任務終了。
  思えばあたしも成長したものだと改めて思った。大人になったなぁー。
  ……しかし任務はここでは終わらなかった。
  実はまだ続いちゃったりもする。
  それは……。





  牛&羊泥棒の海賊達を甲板に並ばせて、詰問しているレックス隊長。
  アンヴィルの衛兵隊長だ。
  元々は帝都で伝説の義賊グレイフォックスを追い掛け回していた名物男だ。どういう経緯かは知らないけどアンヴィルに転任した
  らしい。前回の任務で会っただけなのでさすがにそこまで突っ込んだ質問は出来ないけど。
  ヒュゥゥゥゥゥッ。
  風が吹く。
  潮風が気持ち良い。
  「任務完了だな」
  「はい」
  あたしは頷く。
  言ったのはレックス隊長……ではなく、アンヴィル支部長のアーザンさん。何故ここにいるかって?
  答えは簡単だ。
  アーザンさんが戦士ギルドのメンバー五名を引き連れて自発的にここに来た。
  ……いや。
  正確には違うか。
  実は密告があった。ここで『何かが起きる』という密告があった。手紙での密告。
  信憑性は分からなかったもののアーザンさんは一応出張ってきたらしい。
  アンヴィル衛兵隊が出張ってきたのも、私が『海賊逮捕したよー』と報告したからではなく、戦士ギルドの時と同じように密告の手紙を
  受けたから。
  深夜にも拘らず、波止場地区には総勢で20名が屯している。
  戦士ギルド7名(私とアーザンさんも含む)、アンヴィル衛兵隊はレックス隊長を含めて13名。計20名。深夜にしては多い人数だ。
  ……。
  だけど物々しすぎない?
  結局ここの海賊達しか犯罪者いないし。
  デマだったのかな?
  レックス隊長は尋問を部下に任せ、あたしの方に来る。
  「また君か」
  「はい」
  「前回(不死者の悪意 〜戦士ギルドからの依頼〜を参照)も世話になった。君にはいつも世話になるな。感謝する」
  「いえ、任務ですから」
  帝都の名物男は熱血漢として有名だったけど……意外に礼儀正しくて、紳士的。
  何気にアンヴィルの女性から絶大な人気らしい。
  ……あたし?
  あたしは別に、かな。
  さて。
  「ヒエロニムス・レックス隊長。お初にお目に掛かります。自分は……」
  「存じています。戦士ギルドのアンヴィル支部長アーザン殿」
  「そ、そうです」
  「我々は実は密告を受けてここに出張って来た。支部長の貴方直々に出てきた以上、もしかして戦士ギルドにも密告が?」
  「そ、そうです」
  「なるほど」
  押さえ込まれてるなー。
  何気にアーザンさん、押しが弱い性格みたい。レックス隊長に押さえ込まれている。この場に出張ってきている勢力の一角である
  戦士ギルドを束ねる支部長なのにまともな切り替えしが出来ていない。
  まあいいや。
  それにしても密告、か。
  この海賊の事なのかな?
  だとしたらわざわざ衛兵隊が出張るほどではないとは思うけど。まあ、わざわざ出張ってきたから報告する手間は省けたけど。
  解決はあたし達がしても、拘束した海賊の取調べは衛兵の領分。
  都合は良い。
  「……あれは」
  「……?」
  レックス隊長、あらぬ方向を見る。声の中には驚きと疑いが込められていた。
  あたし達も見る。
  「あっ」
  小さくあたしは声を上げた。
  白銀の鎧。あれは帝国軍の仕官が纏える鎧だ。それが岸辺に立っている。従えているのは全て帝都兵。確かに帝都軍巡察隊は街道
  を巡察している。しかしそれは単独行動。
  士官が従えているのは10名。
  ただの巡察にしては多すぎる数だ。もしかしたら帝国軍にも何らかの密告が?
  タタタタタタッ。
  小走りに仕官の元に走るレックス隊長。
  あたしとアーザンさんは顔を見合わせ、表情に浮かぶ感情が一緒のものだと気付くと同時に走り出した。
  気になる。
  隊長は仕官の前で恭しく一礼。
  その士官は腕が一本なかった。隻腕だ。
  「ご無沙汰しております。ヴァルガ将軍閣下(反乱ごっこの終焉を参照)」
  「ヒエロニムス・レックスか」
  「ご無沙汰しております」
  「……」
  将軍、かぁ。
  つまり帝都にいた頃の上官という事かな。隻腕の将軍は何故か不快そうな顔をした。
  ……違うか。
  不快というよりは邪魔そうな顔をしている。
  それは何故?
  レックス隊長もそれは感じ取ったらしい。ただヴァルガ将軍とは違いレックス隊長の方が人として上の模様。
  礼儀正しい態度は崩さず接する。
  「将軍閣下」
  「何だ?」
  「何故アンヴィルに? 視察だとは聞いておりませぬが。視察にしてもこんな夜分に……」
  「黙れヒエロニムス。私は元老院の勅命で動いている。アンヴィルの衛兵の知った事ではない。無礼ではないかっ!」
  「無礼はそちら」
  「な、何っ!」
  「自分は今、アンヴィル伯爵家の部下。そしてここはアンヴィル伯爵家の領域。勅命とはいえ、我々を通してもらわねば」
  「ヒエロニムス・レックスっ!」
  「ご無礼を」
  ……うわぁ格好良いなー……。
  アーザンさん、また影が薄くなったなー。大将格なのは変わりないのにこの差。何なの?
  それにしても元老院の勅命か。
  何なのだろ?
  気になるけどレックス隊長とヴァルガ将軍は相対したまま、別の世界に入り込んじゃってるから口が出し辛い。それに戦士ギルドの
  メンバーは、世間的な立場としては市民。帝都軍の将軍、都市軍の仕官との対話に介入する立場ではない。
  黙って聞き入るしかない。
  その時……。
  
バチバチバチィィィィィィィィィィィィィィィィィィィっ!
  『……っ!』
  闇に包まれた海に向って雷の魔法が放たれた。
  度肝を抜かれる。
  戦士ギルド、アンヴィル衛兵隊、帝国軍、海賊。全員が水面を奔る電撃を見つめる。
  そして気付く。
  その一瞬の輝きに照らされて一隻の船がこちらに向かってきているのを。
  大きな船だ。
  一瞬だからサイズは分からないけど……ガレオン船級の大きさ。
  「嘘だろおいっ!」
  叫んだのは、海賊の船長だった。
  「何がおかしいの?」
  あたしは問う。
  「波止場には無作為に停泊出来るわけじゃねぇ。嵐とかの場合はともかく、普通は立ち入れる時期、停泊出来る期間は決まってる」
  「だから?」
  「だからおかしいんだよ。俺らだって船乗りだ。そのルールは守ってる。あんなでかい船が来る予定はない……はずだ」
  「……」
  闇を見透かす。
  目を凝らして船のあった方向を見る。
  じぃー。
  「……あっ」
  船は次第にコースを変えていく。
  ゆっくり。
  ゆっくり。
  ゆっくり。
  船足は遅いし大型船だから小回りが利かない。しかし数分掛かったものの、分かった。ガレオン船は方向展開した。
  街とは別の方向に。
  「あれは……東に向っているな……」
  レックス隊長が呟いた。
  東?
  海路でシロディールの街に接岸する場合はアンヴィル、レヤウィン、ブラヴィル、もしくは帝都。
  アンヴィルを避けてた?
  だけどそれは何故?
  「……気になるな」
  確かに。
  レックス隊長の呟きにあたしは心の中で同意した。それに対して将軍は露骨に不快感を示す。
  「馬鹿げた事をっ!」
  「何故でしょうか?」
  「あの雷の魔法に驚いたに決まってるっ! それに停泊のルール? 海は広いんだ。ここでは穏やかかもしれんが、ここに到着する
  までに嵐に遭遇する事もあるだろう。下らん詮索はやめて、その海賊どもを逮捕して喜んでろっ!」
  「閣下の指図は受けません。私は既に帝都の仕官ではないので」
  「な、なにぃっ!」
  「海賊達よ。船を出せ。我々に協力すれば、極刑は免れる。そう私が進言する。約束する。信じろ」
  そして……。



  追撃は始まる。
  闇に照らされた水面を統べるようにあたし達の乗る海賊船は、謎のガレオン船を追う。
  相手は大型。
  当方は小型。
  大小ではこちらが劣っているものの、こちらの方が小回りが利く。それにガレオン船には大量の物資が積んであるのか船足が遅い。
  やがて程なく追いついた。
  どごぉぉぉぉぉぉぉん。
  船で体当たり。
  海賊船の船長は碇を降ろす様に指示し、さらに繋留索で謎のガレオン船と繋ぐ。
  これでガレオン船は動きが封じられた。
  こちらの船が重石となった。
  動きを封じられる。
  「行くぞっ! 衛兵隊っ!」
  「戦士ギルドも行くぞっ!」
  レックス隊長は衛兵隊に鼓舞。
  支部長アーザンさんは戦士ギルドを鼓舞。あたしは剣を抜き放ち、喚声を上げて船に乗り移る。
  海賊みたい?
  ……ま、まあ、ノリはそうだよね。
  だけどこれは正式な手入れだ。アンヴィルの治安を握るレックス隊長にとってこの行為は合法だし、戦士ギルドにも同じような権限が
  元老院から与えられている。だから全て合法。それに、いきなり相手をシバキ倒してるわけじゃないし。
  わらわらわら。
  甲板にガレオン船の乗組員達が溢れ出てくる。
  手にはカトラス。既に抜き身だ。
  異様な光景。
  相手は既に臨戦態勢。
  こっちを海賊だと思ってるのかな?
  ……ま、まあ、乗ってた船は海賊船だけど。
  さて。
  「我々はアンヴィル衛兵隊であるっ! この船を捜索する。断るなら……分かるな?」
  レックス隊長が高らかに宣言した。
  レックス隊長以下衛兵達は皆、衛兵としての正式装備をしている。正規の衛兵である事の証明のような代物だ。普通はこう宣言され
  たら相手は聞く耳を持とうとするだろう。しかしここにいる連中は違う。敵意を逆に剥き出しにした。
  何故?
  答えは2つあると思う。どっちかは分からない。もしかしたらどっちもかもしれない。
  1つは反骨精神。衛兵が生理的嫌い。
  1つはお尋ね者もしくは犯罪行為実行中。
  さあ、どっち?
  ……。
  あっ。
  今更だけどアーザン哀しそう。レックス隊長に良いところ持って行かれたからかな?
  確かに今のところ格好良い場面この人ないし。
  マイナーって辛いなー。
  「斬れっ!」
  その叫びが決定的だった。相手は一斉に切り込んでくる。
  結局、結末はこれか。
  相手が何者かすら分からない状況ではあるものの、こうなった以上は力で制圧するのが普通。……力攻めの結末多いなー。
  「戦士ギルドの力を……っ!」
  「アンヴィル衛兵隊っ! アンブラノクス伯爵夫人への忠誠心の為にっ! そして市民の剣として戦えっ!」
  ……アーザンさん、寂しそうだなー。
  またレックス隊長に良いところを持ってかれた。影の薄い人物に決定っ!
  まあ、それはともかくー……。
  「煉獄っ!」
  ドカァァァァァァン。
  迫り来る船員の1人を吹き飛ばす。それが合図となり、衛兵隊&戦士ギルドが切り込む。
  ぶつかり合う双方。
  ただ戦闘はそう長引く事はないだろう。
  「はぁっ!」
  素早い突きを繰り出して相手の心臓を貫く。あたしの持つ剣は魔力剣。それもフィッツガルドさんお手製の、強力な雷の魔法が込めら
  れている。コロールにいた頃に鍛冶屋に調べてもらったところ、こんなに強力なものはまずお目に掛かれないらしい。
  フィッツガルドさんに感謝。
  ともかく。
  ともかく、貫かれた男は電撃の威力でそのまま焼き尽される。
  まずは1人っ!
  「やあっ! はあっ! たあっ! ……もう、しつこいなーっ! このぉーっ!」
  群がる面々を的確に貫く。
  甲板という限定された足場の戦闘では突きが最適。戦闘はいきなり激化の一途ではあったものの、それも数分であっという間に終息
  へと向いつつあった。こちらは全員完全武装。対する向こうは船員であり、兵士でも戦士でもない。
  船の操舵の際に完全武装はありえない。
  完全武装と平服。
  どちらが有利かは、言うまでもない。
  ただ相手の方が人数が多い。次々におかわりが甲板に出て来る。数で圧倒されるのだけが心配ではあるものの、ある意味で杞憂で
  もある。正式な訓練を積んだ衛兵隊、実戦で腕を磨いている戦士ギルド。
  このコラボの前に船員が敵う筈がない。
  「たあっ!」
  「……ぎゃ……」
  それに一刀の元に屠っていけば数の差はさほど響かない。
  もちろんフィッツガルドさんお手製の剣を持つあたしだからこそ言える台詞だけど。
  その時……。

  「あれをっ!」
  牛&羊泥棒の海賊船長が叫ぶ。彼ら海賊は戦闘には参加せずに傍観の立場。まあ、別にいいんですけど。
  夜の闇に彩られた水面を指差している。あたしは見る。
  目を凝らして、しっかりと。
  「……あっ」
  逃げる。
  逃げる。
  逃げる。
  ガレオン船から脱した小船が一艘、浮かんでいる。いや遠ざかって行く。闇の彼方に。
  関係ない小船?
  それはないと思う。
  ここは海のど真ん中。
  小船でこんな近辺を徘徊するには適さない。十中八九、ガレオン船から脱した者が乗っている小船だ。
  追ってっ!
  そう言おうとするものの、乱戦は続いている。
  キィィィィィィィィィィィィィィィィィンっ!
  「邪魔っ!」
  「がぅっ!」
  迫り来るガレオン船の乗員の剣を弾き、白刃の一閃の元に屠る。敵が多すぎる。とてもじゃないけどあの小船の事を気にする余裕が
  ある者はいない。レックス隊長は気付いているようだけど、彼もまた手が回らない。
  わらわらと甲板に謎の船員達が沸いて出てくる。
  なんなのこの連中はっ!
  「攻撃攻撃攻撃ーっ!」
  敵の船長と思われる人物が叫ぶ。
  総力戦だ。
  「煉獄っ!」
  ドカァァァァァァァン。
  フィッツガルドさんのオリジナル煉獄の五分の一の魔法を放ち、船長を吹っ飛ばす。
  小船は、いい。
  とりあえずは目の前の敵を倒す事に専念しよう。
  そして……。





  結局。
  結局、小船に乗って逃げた者の消息は不明。私は翌日、支部長アーザンさんからそう聞いた。
  レックス隊長がわざわざ報告しに来てくれたらしい。
  何故波止場地区に、何故あのタイミングで帝都からヴァルガ将軍が来たのかもまた不明。判明のしようがない。ドサクサ紛れに帝都
  に帰ってしまったからだ。
  レックス隊長はアンヴィルの衛兵隊長であり、管轄はアンヴィルのみ。
  帝都の将軍に詰問する権限を持たない。
  少なくともアンヴィルにいない以上は、手が出せない。戦士ギルドも帝都では何の権限も持たない。
  全ては迷宮入りだ。

  ガレオン船はカストール商会という貿易会社の所有物だった。
  船員も全て同会社に所属している。
  貿易会社というのは隠れ蓑で、実際には港湾貿易連盟とかいう犯罪結社の連合体に属する、一組織だったみたい。カストール紹介に
  関しては密告があり、アンヴィル衛兵隊が介入。
  一斉捕縛に踏み切った。
  ここにカストール商会は壊滅した。
  ……しかし小船で逃亡した人物は謎のまま。そして港湾貿易連盟も組織の一つが欠けただけで、今だ存在している。
  なんか悔しいなぁ。
  正義って、意外に脆い。
  正義って……


  船倉には大量の魔力武具。
  拉致されたミスティックエルフの女性が20名。
  アンヴィル衛兵隊は武具を押収、女性達を保護した。女性達はサマーセット島に無事に送り届けられるらしい。
  よかったなぁ。


  あっ。そうそう。
  牛&羊泥棒の海賊連中は、レックス隊長の取り成しで罪一等を減じられた。
  悪党との約束も護る。空手形は切らない。
  レックス隊長って高潔だなぁ。
  まあ、罪一等減じられても懲役か20年だから、結構長いけどね。











  拿捕されたガレオン船の一室(豪華な特別室)に残されていた書状の文面。
  小船で逃亡した者が残したと思われる。


  『偉大なる首領へ』

  『貴方様から与えられた今回の任務の重要性は万事心得ております。この任務が終わり次第、私は支部で指揮を取ります』

  『港湾貿易連盟と提携してサマーセット島で大量の魔力装備を購入しました。また、欲得で動く議員諸君に献上するミスティックエルフ
  の女性を20名、拉致しました。アンヴィルに到着次第、愛玩用のエルフは元老院の使い走りに渡します』

  『今回の任務は我々の決起に必要な準備。それは万事心得ております』

  『貴方の忠実なる臣下として私、アジャム・カジンは生涯従う事を誓います』










  今回の話の裏話はヴァネッサーズ編に『港湾貿易連盟 〜義賊の美学〜』になります。お読み頂ければ分かり易いかと。