天使で悪魔





反乱ごっこの終焉





  作戦失敗。
  計画は漏れ、待ち伏せされていた。
  魔法の粉(火薬)の件を帝国が知らなかったので、おそらくは初期の作戦しか知っていたフェイリアンの密告だろう。
  私達は失敗したのだ。
  私達は……。

  魔法の粉が王宮の至るところを吹き飛ばす。
  失敗こそしたものの逃走経路の確保は出来た。帝国は爆発で指揮系統が混乱し追撃もままならない。
  私はブレイズの3人を討ち果たし、王宮を脱出。
  波止場地区を目指す。






  「しつこいっ!」
  追いすがる帝都兵を一刀の元に屠る。
  アカヴィリ刀は兜ごと相手の脳天を断ち割る。脳漿と大量の血を噴出しながら兵士は盛大な音を立てて転がった。
  ひゅん。
  ひゅん。
  ひゅん。
  空気を裂いて飛んでくる数条の矢を転がって回避。
  タタタタタタタ。
  いちいち相手していられない。
  私は走って逃げる。
  既に舞台は王宮から波止場地区近辺へと移行している。潮の香りが強くなってくる。あの門を越えれば波止場地区だ。
  しかし逃げれば逃げるほど追撃は増す。
  追撃を殺せば殺すほどさらに増し、既に三部隊分の兵力が私の追撃をしていた。
  ……しつこい。
  「反逆者がいたぞっ!」
  「討ち取れっ!」
  肉薄してきた帝都兵2人。私の手にあるアカヴィリ刀が唸りをあげて、1人の兵士の顔を真っ二つに裂く。
  血走る鮮血。
  「よくも同胞をーっ!」
  「はぁっ!」
  キィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィンっ!
  「……がは……」
  ドサ。
  剣ごと両断。帝都兵2人を数秒で沈める。そのまま私は走り出す。相手にしていたらキリがない。
  ある意味で内乱状態の街。
  ……。
  いや。帝都に動乱を仕掛けたのは私達なのだが。
  市民は誰も出歩いていない。
  皆、家に閉じ篭っている。
  私達が王宮に攻撃を仕掛けるよりも前に閉じこもっていた。何故なら港湾貿易連盟が広範囲に渡り犯罪を展開していたからだ。
  市民はそれを恐れ屋内に留まっている。
  アイスマンはそれを見越して犯罪結社の連合を動かしたのか?
  だとすると、すごいな。
  結果としてこの動乱には巻き込まれないのだから。
  「ちっ。またか」
  ひゅん。
  ひゅん。
  ひゅん。
  走って逃げる私の背後から、矢を射掛けて来る帝都兵。
  神経を背後に集中させるだけなのがまだマシか。私の進行方向には基本的に敵はいない。矢を回避しつつ走る。
  何故進行方向に敵はいないのか?
  つまり、兵士はまだ混乱から回復していないのだ。
  指揮系統は麻痺したまま。
  今、帝都兵は戦力を三つに分散させている。
  1つは王宮襲撃の私達の追撃。
  1つは地下迷宮とも呼べる下水道に潜伏する反政府組織の討伐。
  1つは港湾貿易連盟が指示している、広域に渡る犯罪の鎮圧。
  自然、私達を追うのは王宮から追撃してくる面々であり、その他の兵士達は基本私が何をしようとしていたか知らない。
  だから道の封鎖とかはしていない。
  今のところはな。
  帝国も馬鹿じゃない。そろそろ指揮は回復するだろう。
  それまでに逃げなければ。
  指揮系統が麻痺している間に逃げる。それが今、私がしなければならない事だ。
  それにしても……。
  「皆は無事か?」
  それが分からない。
  走りながら心配になるものの、杞憂だと自分に言い聞かせる。
  王宮でブレイズを引き受け、皆を逃がした。それからまだ合流出来ていない。しかし無事に決まっているじゃないか。
  ……無事に。
  「鬼火っ!」
  『うわああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!』
  ドカァァァァァァァァァァァァァンっ!
  突然追撃してきた兵士達の一角が爆発で吹っ飛ぶ。
  死んだのがどれだけいるかは知らないが追撃速度は鈍る。
  「後で会おうぜ大将っ!」
  カイリアスの声だ。
  どこからの援護かは知らんが、正直助かる。
  「ああっ! 後で会おうっ!」
  私も叫び返す。
  兵士達は突然の魔法で周囲を警戒している。次の攻撃があるのではないかと、その場から動けなくなる。
  帝国兵はどうやら魔道戦力ではないらしい。
  つまり、魔法が使えない?
  ……。
  考えてみれば帝国最強の集団であるあのブレイズ達も魔法を一切使わなかった。いや、使えなかった。
  どうやら帝国上層部はあまり魔法を推奨していないらしい。
  まあ、好都合ではある。
  数の上でも勝る兵士達が魔法まで使われたら面倒過ぎる。
  タタタタタタ。
  ともかく付け入る隙ではある。
  私は速度を速め、走ってこの場を離れる。
  その時、背後から大地を駆ける音が響く。人の走る音ではない、これは馬の蹄の音。
  走りながら後ろをちらりと見る。
  逞しい軍馬に跨った3人の兵士。その内の1人は銀色の鎧。王宮の外だから近衛兵ではなく、部隊の士官クラスか。
  「反逆者を討ち取るぞっ!」
  『はっ! ヴァルガ隊長っ!』
  ……ヴァルガ?
  確かグレイランド襲撃をしてきた部隊の隊長の名前だった気がする。
  襲撃を指示したブレイズはあの世に送った。
  これは都合がいい。
  「……良いタイミングで来てくれたよ」
  消してやる。
  私は進行方向を転換、今来た道を逆送する。つまり軍馬に跨って突っ込んでくる連中に、突っ込む。
  「反逆者めっ!」
  「虐殺者めっ!」
  ヴァルガの声。
  私の声。
  それが同時にはもり、そして私達は互いに交差する。アカヴィリ刀はこの時、再び血を吸った。
  馬に乗り疾走して来る際に生じる運動エネルギーがプラスされる事により攻撃力は倍化される。速度が増せば増すほど威力も増す。
  そう、私の攻撃力もヴァルガの攻撃力も。
  ヴァルガはすれ違い様に私の一撃をまともに受けて落馬した。攻撃が右に逸れたものの、右胸から右腕を大きく切り裂いている。
  助かるかどうかは知らん。
  しかし腕は使い物になるまい。
  主を失った軍馬は止まる。
  残り2騎が私に向って突っ込んで来る。……と思ったら……。
  ガンっ!
  突然路地から出てきたカジートが戦槌を振るい騎乗していた1人を吹っ飛ばす。堪らず落馬する兵士をカジート……クレメンテと行動
  を共にしていたらしい至門院の2人が刃を容赦なく突き立てる。
  「ぎゃっ!」
  兵士絶命。
  片腕を失った仕官は後ろも見ずに逃げていく。追い撃とうとした瞬間……。
  ドカァァァァァァァァァァァンっ!
  遠方から爆発音。
  私が来た方向だ。おそらくはカイリアスがゲリラ的に暴れまわっているのだろう。
  お陰で敵の足止めが出来る。
  「兄貴っ!」
  警告の声。
  しかし最後の騎兵もまた、仕官同様に背を向けて逃げ出した。相手は馬だ、追撃しようがない。それにそんな暇もない。
  これで当面の敵はいないわけだ。
  「クレメンテ、他の皆はっ!」
  「わ、分からない。エルズは先に波止場地区に行ったよ、船を待たせてる」
  「そうか」
  カイリアスはあっちで暴れてる。
  「アイスマンは?」
  「アイスマン殿は分からない。他の同胞と共にいるのは確かだと思うが……」
  答えたのはクレメンテではなく至門院の1人だった。
  消息不明か。
  しかし当初の予定では波止場地区に停泊しているガストン船長の海賊船に乗り込み、帝都を脱出する。それが計画だ。アイスマンも
  その通り動くはず。今探し回るのは得策ではない。ここは海賊船で待つのが得策だろう。
  幸い軍馬は二頭いる。
  それぞれに二人乗りして行けば問題ない。
  当然騎乗して移動すれば目立つものの、波止場地区は眼と鼻の先だ。このまま疾走するに限る。
  「クレメンテ、乗れ」
  「ああ」
  二頭の軍馬が街を疾走する。


  「止まれっ!」
  「あれは帝国の軍馬だっ!」
  「不埒っ!」
  「止めろっ! 門を閉鎖しろっ!」
  ……うるさい。
  波止場地区に繋がる門に布陣している帝国の小隊。数は6名。口々に騒ぐ4名と、必死で門を閉ざそうとする2人。
  おそらくこの部隊は不審な者の出入りを制限する為の任務を帯びている。
  ならば残念だな。
  任務達成は、無理だと知れっ!
  『ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!』
  二騎の軍馬が道を阻もうとした帝都兵を跳ね飛ばす。
  突破。
  蹄の音と振動が体に響く。
  波止場地区に侵入。
  港湾貿易連盟のチンピラ達はほぼ一斉捕縛されたらしく、帝都兵の姿は少ない。つまり監獄へと連行したのだろう。
  その為、波止場地区は手薄だ。
  もちろん兵力はゼロではない。警戒の為に居残った部隊が今だ展開しているものの、やり過ごすのは訳がない。
  行けるっ!
  「ぎゃっ!」
  その時、併走していた軍馬に乗っていた至門院の騎手が小さな悲鳴を上げて落馬した。首筋に1本の矢。
  ちらりと後ろを見る。
  ちっ。撒いた連中が追いついて来たのか。
  「手綱を取れっ!」
  「う、うわ……」
  「手綱をっ!」
  「うわああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
  騎手の後ろに乗っていた至門院のメンバーは手綱を掴む事も出来ず、そのまま落馬。
  軍馬は爆走していた。
  この勢いで走っていたのだ。落馬した衝撃は計り知れない。
  即死か、重症か。
  「兄貴っ! あいつは……っ!」
  「……」
  「兄貴っ!」
  「……」
  疾走。
  このまま逃げ切る。
  助けたいのは山々だが……いや、無理だ。この状況では無理だ。全滅か、2人だけ生き残るか。そのどちらかだ。
  私は神ではない。
  私は……。
  「……」
  「……」
  無言で馬を走らせる。
  主を失った馬は途中まで併走していたものの、途中で向きを変えてどこかに走り去った。
  走る事数分。
  船が見えて来た。
  ガストン船長の海賊船だ。
  スラム街の近くにある波止場に停泊している。一説ではスラム街は盗賊ギルドの温床らしい。港湾貿易連盟とは違う、義賊の集団。
  まあ、特に関係ない情報だ。
  兵士は近辺にはいない。
  追撃して来た連中も、しばらくは大丈夫だ。軍馬の速度に人間が敵う筈がない。
  撒いたのだろう。
  ……おそらくは。
  「ガストン船長っ!」
  バッ。
  馬を船の側に止め、飛び降りる。
  クレメンテもだ。
  ダンマーの船長が甲板から、私達を見下ろしている。
  「待ってたぞ」
  「すまん」
  「いいや。いいさ。お前らはエルズの連れだ」
  「エルズは?」
  「俺の寝室で待ってるよ。俺をな」
  「何?」
  「あいつは良い女だったよ。ふふふ……はっはははははははっ!」
  チャッ。
  アカヴィリ刀を構える。
  ドタドタドタ。
  海賊達が船長の周りを固めた。手にはカトラス。海賊は5名。戦って制圧するには容易いが……血気は駄目だ。少なくとも状況が分
  からない。それに制圧するのはいいが我々では船は操れない。
  クレメンテも私に習い、戦槌を構えた。
  「エルズに何をした?」
  「何もしちゃいないさ。……ああ、いや……そう言ったらお前は信じるか? まあ無理だろうな。だからこう言おう」
  「……」
  「あいつはうまかったぜ」
  「貴様っ!」
  タッ。
  桟橋を駆け上がり、刃を振るう。
  鮮血が飛び散った。
  「ぎゃあっ!」
  船長を庇い、海賊の1人が肉の壁となって果てる。……正確には、ガストンが手下を盾にしただけだが。
  しかし。
  しかし、だから何だ?
  「はあっ!」
  容赦なく刃を振るう。
  海賊など物の数ではない。全て切り倒すのに、10分も掛からなかった。
  「ば、馬鹿なぁっ!」
  ガストン、悲鳴を上げて逃げ出す。
  逃がすかっ!
  「うがぁ」
  小さな悲鳴。
  ガストンではない。声は背後からした。
  「……あに、き……」
  ドサ。
  「クレメンテっ!」
  「……仇を……」
  「クレメンテっ!」
  「……姉貴の……俺の……村の……」
  「……安心しろ。私が、必ず」
  「……それでこそ、兄貴……だぜ……」
  「……」
  「……」
  兵士達が再び追いついて来たのだ。埠頭には弓矢で武装した兵士達が勢揃いしていた。数にして30。
  全員血祭りにあげてやるっ!
  だがその前に……。
  「ガストンっ!」
  「うぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
  ザバァンっ!
  エルズの声とガストンの悲鳴が重なる。そして水面に波紋。
  血が広がっていく。
  「エルズっ!」
  兵士に気を取られていた為、見ていなかったものの……おそらくはエルズがガストンに刃を突き立て、そのまま海に一緒に落ちたの
  だろう。相打ちなのか、それとも……。
  「包囲しろっ!」
  確認の状況は許されない。
  兵士達は桟橋を渡り、船に駆け上がってくる。
  気勢を殺ぐっ!
  タッ。
  駆け上ってくる兵士を迎え撃ち、胴を薙ぐ。苦痛の声を上げて水面に沈む。
  桟橋を渡ってくる以上は、常に一対一。
  一刀の元に屠っていけば問題はない。殺戮の刃を振るう。
  「ぎゃっ!」
  「ぐぅぅぅぅぅぅぅっ!」
  「……っ!」
  次々と沈める。
  ギィィィィィィィィィィィィンっ!
  しかしさすがに限度がある。アカヴィリ刀は軋んだ音を立てて、そのまま折れる。
  「今だっ!」
  殺到する帝国兵。
  数はさらに増えている。私は大きく飛び下がり、クレメンテの戦槌を掴む。そしてそのまま走り、桟橋に打撃っ!
  ドゴォォォォォォォォォン。
  『うわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!』
  桟橋は崩れ、兵士は海に落ちた。
  鋼鉄の鎧だ。
  おそらく溺死だろう。
  ひゅん。
  ひゅん。
  ひゅん。
  埠頭に立つ兵士達から矢が放たれる。
  私は慌てて回避。
  桟橋を破壊した為に船に侵入してくる術は兵士達にはない。しかし矢を寸断なく降らされれば勝ち目はない。
  1人では船も出せない。
  ……どうする?
  ザシュ。
  「……なっ……」
  腰に何かが刺さる。
  熱い一撃。

  ゆっくりと振り向く。その人物はボズマー。死んだと思っていた、ユニオだった。そのユニオが私に刃を突き立てている。
  「……っ!」
  「悪いなマラカティ。これが仕事なんだ」
  グググググッ。
  ナイフに力を込め、傷を抉る。
  力が次第に失せていくのが分かる。ユニオの刺し口は的確だ。力を失い、血を失い、意識すら失いそうになる。
  ……いや。
  カラン。
  戦槌が転がった。
  意識すら失いそうになる、ではなく既に意識は半分飛んでいる。
  「……」
  ドサ。
  私はその場に崩れ落ちた。
  力がまるで入らない。ただ、遠くの意識の中で兵士達が近付いてくる足音だけが聞えてくる。
  ここで、終わりか。
  ここで……。
  「私は元老院直轄組織アートルムの特別捜査官ユニオであるっ! この者の身柄は元老院で預かるっ! 下がれ雑兵っ!」